第17話 偽りの神様

 ショータにとって、感情を持つ相手というのは全てが交流のある人達だった。

 それは両親や親戚であり、友達であり、先生であり、知り合いであった。


 唯一例外があるとしても、困っている見知らぬ人に対し、親切にしたいという感情。その位のものだった。


 だからショータは知らない。世の中には無差別な悪意がある事を。

 見ず知らずの他人が突如、悪意をぶつけてくる事をショータは知らない。

 

 だから気づけない。自分の死が、誰かの悪意によるものだということに。


 本来であれば、10本のゲームをクリアした時点で眠りに就き、翌朝には気怠さを感じながらも母に叩き起こされ、残りの夏休みを満喫する。

 それがショータの本来辿る未来だった。


 そこへ、突如介入する一つの悪意。

 見も知らぬ存在によって、ショータは若くして命を落とした。

 そいつは今回もまた、ショータの死に様を見て嬉しそうに笑っていた。


「ブハハハ! 早速死におったのじゃ! ストーリーが始まる前に死ぬとか、こやつは本当に面白過ぎるじゃろ! ブハハハ!」


 通称のじゃロリ、ショータがそう呼ぶ存在は、純粋に人の死を見るのが好きな奴だった。何人もの人間をゲームの世界に連れて来ては、死にゆく様を見て欲望を満たす。


 自らの手で殺めないのは死そのものではなく、それまでの工程、所謂いわゆる死に様が好きだからだ。


 だからこそ、相手が死にたくないと望めば、ちゃんと死ねなくする。

 死にたがる様もまた楽しめるから。

 そういう類の、ある意味では純粋な悪意。


 そいつは今まで、数々の人間をゲームの世界に引きずり込んでは、主人公に仕立て上げ、どう死んでいくのかを観察することで己の欲求を満たしていた。


 だが、それも次第に満足が出来なくなってきていた。

 このゲームの特性上、プレイする人間の殆どが成人男性。しかも大体の者は似たルートを辿り、どいつもこいつも似たり寄ったりの死に方をした。


 何度も見た同じ死に様。最初は笑えていたそいつも、次第に飽きが来る。

 たまには別のルートを辿り、別の死に方をする奴も見てみたい。


 そう思った矢先に、偶然見つけた面白そうな事をしている一人の少年。

 少年は既にふらふらで、それでも己の信念と戦い続けていた。

 ゲームの本数は残り2本。体力も限界に近い。一体最後はどんな死に様を晒すのか、ハラハラしながら行く末を見届けた。


 ゲームを更に一本クリアして、次が最後の一本になった。

 最後の一本に関しては10秒に一度は寝落ちしていた。

 そんな極限状態の中、遂に少年は全てのゲームをクリアしてみせた。


「ブワッハッハ! こやつ、やりおったのじゃ!!」


 久々の充足感。人間が死んでいないのに、こうも満たされた気持ちになったのは初めての事だった。


「それにしてもまぁ……何と阿呆な事をする奴じゃ」


 今までゲームの世界に連れて来たどの勇者よりも興味を惹かれた。

 もしアイツが勇者になったなら、どんな死に方をするだろうか。きっと、今までで一番笑えるだろうにと思った。

 だから連れて来る事にした。


 そいつはそっと悪意を忍ばせる。

 現世とは違う異空間から、少年のすぐ脇に淫獄クエストのゲームソフトをそっと置いた。

 案の定、少年はすぐにゲームをやり始めた。


 何千何百という死を見て来たそいつには手に取るようにわかる。

 少年はもうすぐ死ぬ。

 そして予想通り死んだ。


 ただ、死んでも尚コントローラーを操作するとは思っていなかった。

 それを見た時には腹が捩れる程笑った。

 コンティニュー画面などただの演出であり、選択に係わらず連れてくるつもりだった。

 

 しかも何度も死にたいと願ったから、何度も死ねるようにしてやった。

 予想を越えてくるゲーム好きな所には好感が持てた。

 これは期待し甲斐がある。


 そして期待通り、いや、期待以上に早くも一回目の死を迎えた。

 最初の死はストーリーに全く関係のない隠し要素を引いて自滅。

 早くも歴代勇者が誰もやらなかった死に方に心が高鳴る。

 興味が一向に尽きない。


 コンティニューのスキルを渡していなければ、危うくこれで終わる所だった。

 楽しい時間はもっと長く続いてもらわねばならない。


「せっかくプレゼントもやったのじゃ、もっと楽しませてもらわんとな」


 そいつの言うプレゼントとは、敢えて黄金等級を与えること。

 そいつは、過去の全ての勇者に対して、理由をつけては黄金等級を与えていた。


 『本当は鉄等級からなんじゃが、レベルアップも面倒じゃろうから特別に黄金等級にしといてやるぞ』

 『特殊なスキルを与えてやるから、今回は虹色ではなく黄金等級になってしまうぞ。なぁに、虹色等級なぞ会えたら奇跡じゃ』


 そんな具合にだ。

 大体の勇者は、黄金等級に満足してゲームを始める。

 それがいつものやり口だった。


「グフフフ! これから2週目が始まるようじゃの。中途半端な強さが百害にしかならない事を、存分に味わうと良いのじゃ」


 弱ければ殺される。それでも、目立たなければその他多数として生きる未来も選択出来たかもしれない。

 

 しかし、黄金等級ともなればそうはいかない。中途半端なその等級は、強者であると同時に、絶好の餌でもある事を理解しなければならない。


 何故ならこのゲームのタイトルは『淫獄クエスト』。主なターゲット層は成人男性である。


 登場する主要なキャラは全て女性であり、勇者と対等以上に渡り合える強者と位置付けられた者達である。


 そんな世界に、男であり、史上初の若年であり、黄金等級という極上の餌を投げ入れたなら、虹色等級捕食者が群がらない訳がなかった。

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