第45話 再開

「ノエちゃん。この間はありがとうね。」

「ノエリアちゃん、この間のジャムも美味しかったわよ。シェフ様にお礼を言っておいて!」


 今日も今日とて森へ足を運んだ帰り道。

 その道すがら、最近はこうして話しかけられることも多くなったわ。

 というのも、改革活動の一環として、ヘマさんと考案したいくつかの料理のレシピをバシリオさんと完成させて、公爵家のシェフ、バシリオさんの名前で公開したのよね。


「皆、変化は嫌うけれど、新しいものに興味が無い訳じゃないのよ。私の事を応援してくれる人もいるし。それに、『公爵家』から配られた物なら絶対に食いつく。だから名前を出させてもらえないかしら? 公開されたレシピの料理がこの村で作れるって気づけば真似する人もいるはずよ!」


 とのヘマさんの作戦通り、レシピを元に、家でお菓子作りをする人なども増えているみたい。布教活動は着実に実を結んでいるわね。


「それは良かったです。バシリオさんの作る料理、とっても美味しいですよね! お礼、ちゃんと伝えますね。」


 村の食堂のメニューにもオビダットパイという名前で、例のベリーパイが追加され、隣町の人が足を運ぶようになったらしいわ。

 確かに村を見渡してみても、心なしか村人以外の人の出入りが多くなった気がする。

 そろそろお昼だし、ちょっと食堂へ偵察にいってみましょう。


「あら、いらっしゃい。ノエリアちゃん。これからお昼かい?」

「はいっ。女将さんのオムライス食べたくて。空いてますか?」

「もちろんさ。あ、そうそう、あんたの所のシェフ様の菓子を参考にして、花のサラダを作ってみたんだ。今後ランチにつけようと思ってるんだけど、ちょいと試しに食べて行かないかい?」

「え! いいんですか? 食べます。楽しみだなぁ。」

「じゃ、ちょいと待っててね!」


 女将さんは初めて会った時から元気な方だったけれど、前よりずっと生き生きしている気がするわね。

 店の中も賑わっているし、ここだけなら廃村の気配なんてまるでないわ。

 やっぱりヘマさんが村長の娘っていうのが強いわよね。…って、あら?


「ティナ?」


 座った席の横をサッと通り過ぎて行った銀髪の女性に思わず口が動いた。

 長身にスレンダー体型の美女のワインレッドの瞳がパッチリと私の目を見つめ返してくるわ。


「あ、ごめんなさい。知り合いに―――」


 似ているかと言えば全く似ていない。

 そもそもティナは妖精だし手のりサイズだし、こんな所に居るはずもないのに、咄嗟にその名が出た理由は自分でもさっぱり分からなかった。

 けれど、それよりこの場をさっさと納めないと、気まずい空気が流れているわ。


「あ、喧嘩中の友人の事を考えていたんです。引き止めてごめんなさい。」

「んと…あの、大丈夫。私こそごめんなさい。えっと…また後で!!!」


 美女は焦った様子でそのまま食堂を出て行った。


「また…後で?」

「嬢ちゃんは本当に、間が悪いのな。」


 周囲の雑音の中に、スズキさんの呆れ声が混ざる。

 どういう意味か聞こうと思ったけれど、直後に料理が運ばれてきたので一旦の思考停止した。


「凄いなぁ。この短期間で、この料理が村人主体で出来上がった事に感動するわね。この調子なら、オビダット守れるんじゃない? ポッドお爺さんの森守れるかも! ヘマさんが味方で本当に良かった。」


 思い描いていた以上の、色鮮やかな花サラダを目の前にウキウキしてしまった私の頭からは、美女のことはすっかり滑り落ちていくのだった。



 **



「やっちゃった…」


 食堂で食事をしていたらヘマさんがやって来て、一緒にサラダを食べながらまた話に花を咲かせてちゃって、屋敷に帰るのが遅くなってしまったわ。

 今日はポプリの営業成績について、商会の方がわざわざ出向いてくれるって話があって、間に合うように帰る予定だったのに…とにかく走るしかないわね。


 庶民の装いのいいところは、スカートの裾が軽くて動きやすい所よね。

 ただ、足場の悪いところでは裾が引っ掛かるから、いつか見た目はスカートなワイドパンツとかサロペットとか欲しいわ。


 って、今はそれどころじゃない!!


「た、だいま戻りましたっ。」


 屋敷の玄関ホールに息を切らせて滑り込む。

 間に合ったかしら? って、あら? 誰もいない…


 これは間に合わなかった感じ?


 いつもなら出迎えてくれるアンナの姿も見当たらない。代わりに、談話室から微かな話し声が聞こえて来ていた。


 砂埃を軽く払い、汗を拭って息を整えてから扉をノックする。


「あ、噂をすれば。ですね。」


 そんな声が聞こえて来て、扉が開く。

 出迎えてくれたアンナの向こうに、執事のウゴさんとバシリオさん。それにお客様が2名。

 しかもそのうちの1人はさっき食堂でぶつかった美女だった。


 成程ね。

 ここにいるって事は、事情を知っているって事だから、あの時はきっと咄嗟に私の偽名とか忘れちゃって話が出来なかったんだわ。

 って、あら。もう一人のお客様はルシアじゃないの。


「お久しぶりです、プレセア様。」


 私の視線に気づいたルシアがペコリと頭を下げるので、つられてペコリと頭を下げる。

 それで思い出す、レオガディオ様が卵を預かった件!

 あぁ、すっかり忘れてたわ。

 帰っていくレオガディオ様には一応伝えておいたけれど、私自身はその後ティナと喧嘩しちゃったから聞けずじまいになってるんだった。

 あれ、どうなってるんだろう…?


「プレセア様が全然帰って来ないから来てしまいました。」

「それは、ごめんなさい。」

「まぁ、私としてもやる事が色々ありましたからいいんですけど。あ、これ、公爵様から預かった書類です。」

「ありがとう。」


 ルシアからポプリの売り上げに関する書類を一式受け取る。


 あれ?

 でもこの書類をルシアが渡して来るって事は、この美人さんは…?


「あ、紹介しますね。こちら、プレセア様が屋敷を留守にしている間に入った使です。チコさんに庭師のスキルを買われていまして、こちらの屋敷の庭を整えるために一緒に来ました。さ、挨拶をしてください。さん。」

「えっと…プレセア、さま、よろしくお願いしま…した? 」


 ペコリと頭を下げる、たどたどしいご挨拶にどこか懐かしさを覚えて、頭の中に、小さな妖精が浮かんでくるわ。


「あなた、やっぱティナだったのね。」


 似ても似つかない容姿なのに、ついその名を溢してしまったのは、彼女とどこかで繋がって居るから? それとも、彼女が私の相棒であるからかしら?

 なんでもいいわ。

 唯一無二の存在。大切な存在。

 姿形が変わっても、それが誰か分かるくらいの絆がちゃんとあったんだわ。

 それがこんなに嬉しいなんてね。


「使用人になるなんて、すっごく頑張ったのね。ティナ。」

「プレセアー。あいたかったぁー。ごめんなさぁい。」


 さっきのご挨拶の頑張りはすっかり消えて、大口開けて子どもの様に泣き始めたプレセアに、ルシア以外の使用人がオロオロとし始めるけれど気にせず私はティナを抱きしめた。


「ティナは何も悪くないでしょ。約束を破ったのは私なんだし、怒って当然よ。まぁ、音信不通になっちゃったのはちょっと寂しかったけど。ごめんねティナ。」

「うー。ティナ、頑張るから、プレセアの傍に居てもいい?」

「勿論。頑張る必要なんてない。居てくれなきゃ困るわ。」

「プレセアーっ。」


 ぎゅーっと抱きついてくるティナは、人間の姿に成っても可愛い。

 だけど、ティナの向こう側で呆れと心配の表所を浮かべているルシアの視線が痛くなってきたから、そろそろ抱擁を外しましょう。

 積もる話は後ね。


「お二人は、本日付でこちらの屋敷に配属されるそうですが、公爵様よりいただいている任が別にあるそうなので、プレセア様のお世話は引き続き私が担当させていただきます。」


 まだ泣いていたティナをルシアが回収した所で、コホン、と咳払いしたアンナが指揮をとる。

 ここで詮索をして来ないあたりがアンナの素敵な所よ。

 色々聞きたそうな顔は隠してないから、後で質問攻めには合うだろうけどね。


「分かったわ。じゃあルシア、ティナ、これからよろしくね。」

「はい。」

「うん!」

「…ティナさんが公爵様に雇われた以上、腕は確かなのでしょうが、公爵家の品位が下がらぬよう、その言葉遣いについては私が直々に指導します。」

「ぅ…アンナの指導、怖い…。」

「ティナさん、これもプレセア様のためですよ! それから、名に敬称を付けるのを忘れています。「アンナさん」です。」

「プレセアの為… アンナさん、ティナ、頑張る! よろしくお願いしました!」

「はい。頑張りましょう。」


 なんだかんだで面倒見の良いアンナは、ティナと一緒に、エイエイオーと片腕を挙げている。

 微笑ましいわ。


 それにしても、ティナが人間の姿に成るなんて、相当の努力があったに違いない。

 そうしてまで、側に居てくれるティナの為に、私に何が出来るかしら?

 ティナに負けないように、私ももっと頑張らないといけないわね!!

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