第44話 友達

 中庭に、紅茶とパイの甘い香りが漂っている。

 本当は、頃合いを見て私から声をかける予定だったのにすっかり話に夢中になってたからなぁ。丁度小腹もすいていたし、アンナ、ナイスだわ!

 ここ最近はおやつは食べていなかったけど、今日は特別。だって、今日は新種のパイのお披露目会でもあるんだから。


「なにこれ、すっごく美味しいんだけど! しかも可愛い。何こブルーベリーパイ。」

「気に入ってくれました? それ、森に生えてる酸っぱすぎて食べられないベリーの実で作ったパイなんですよ。」

「え! 嘘。これ、サワベリーなの? あ、確かに良く見るとブルーベリーじゃない。えー全然酸っぱくないじゃない。」

「そうなんですよ。ビックリですよね。食用ではあるって聞いたので、バシリオさんと一緒にお菓子に出来ないか考えてみたんです。」


 この屋敷で食事を提供してくれているシェフのバシリオさんは流石はお父様が用意してくれただけあって、その腕は超一流。少し話しただけでも多彩な技術を持っている事が分かったから、サワベリーと呼ばれる鳥も食べないベリーの実をつかってパイを作りたいと相談したの。

 パイじゃなくても良かったんだけど、ベリーパイの話を聞いた後だったし、スズキさんも大満足の出来栄えよ。

 よっぽど嬉しかったのか、私が味見した残りを全部食べちゃって、アンナに「流石に1ホールは食べ過ぎです!」と私が怒られる羽目になったけどね。


 サワベリーの酸味はかなり手ごわくて、どれだけ砂糖を入れても全く効果が無いくらいだったけど、バシリオさんが酸味を相殺する食材をいくつか試してくれて、程よい酸味のベリージャムを作る事が出来たの。

 それに数種のベリーと見栄え良き食べられる花を乗せて見た目も可愛いパイが完成したわ。


「ねぇ、ノエリアちゃん。 このパイのレシピ聞いてもいい?」

「勿論ですよ。バシリオさんが私でも作れる簡単なレシピを作って下さったので、写しを差し上げますね。オビダットにない材料は隣町で十分手に入るそうですから是非作ってみてください。」

「ありがとう。 こんな美味しいパイ、都会に出ないと食べられないと思ってたから幸せだわ。サワベリーなら捨てる程実ってるし、勿体ないから明日から毎日焼くわ。で、皆に布教する。」

「いいですね! 食いついたら、是非仲間に入って貰いましょう。」

「ふふっ。村おこし隊結成ね。隊長はノエリアちゃん。」

「いやいや。ヘマさんがやって下さいよ。私がやったら、他所から村を荒らしに来た人になっちゃいます。」

「村荒らし? んー確かに、ノエリアちゃんと仲良くしてるの、父がいい顔しないのよねぇ。色々やってる事を知ったら、ノエリアちゃんを追い出しそうだわ。あの人は頭が固いし考えが古いから、私がちょっと動くのでも小言言ってくるし。」

「…やっぱりですか? 最近挨拶しても目を合わせてくれない気がしたんですよね。」

「ごめんね。根っからのよそ者嫌いなのよ。我が父ながら困った人よね。」


 とはいえ、それは仕方がない事だとも思っているわ。

 実はオビダットの財政については、お父様も村長さんに何度か警告をしていたらしいの。

 もちろん、それを理解する事も無く「御冗談を。公爵家は我々を守護する盟約をお忘れですか」と、聞き入れなかったみたいだけど。


 それが視察の途中から、「本当にこの村を見捨てたりしませんよね?」とお父様の顔色をうかがい始めたそうなのよね。

 それはある意味ではお父様の作戦通りだったのだと思う。

 だって、私の兄という名目でやって来たレオガディオ様は、服装こそ庶民をなぞっていたけれど、所作は洗礼されていたし、かなり鋭い目で村を見ていたもの。

 レオガディオ様の身分をワザと疑わせる事で、オビダットの未来を掲示してたのだと思わわ。


 そんな怪しい一行から1人残るなんて状況、村長さんとしては戦々恐々に違いないわよ。

 お陰で私は不自由なく過ごしているけれど、花や木の実を貰う許可を取りに行くたびに断れずに心底煩わしく思っている事でしょうね。


「村長さんには、村を守る責任がありすからね。私達とは見ている物も違うんでしょう。でも、私と仲良くしている事で、ヘマさんに不利益があるのは考えものです。」

「ん? あぁ。いいのよあの人の話は話半分にしか聞いてないから。元々私は都会に憧れてたし、外の子にも積極的に声を掛けるタイプだったから、これがいつも通りだし。それに、何言われたって私はノエリアちゃんと友達止めるつもりも無いし。」

「友達…?」


 久しく聞かなかった言葉に一瞬とまどう。

 貴族界には、無能令嬢と仲良くしようとする同年代はいなかったから。


「あれ? 違った?」

「とんでもないです。嬉しいです。友達」


 初めて出来たかもしれないに心が弾む。

 しかもそれが、近い価値観で同じ方向を見れる人だなんて、最高じゃない。


「私、ヘマさんとなら何でもできる気がします。これからもよろしくお願いします!」

「ノエリアちゃんってば大袈裟よ。」


 …なんて、ヘマさんは言うけど、絶対大切にしよう。

 大きな秘密は抱えているけれど、出来る限り誠実でありたいわ。


「ところで、このベリーパイを見て、花を使った別のお菓子も考え付いちゃったんだけど。」

「え? どんなのですか? 出来そうだったらバシリオさんに相談してみます!!」


 感慨深さに浸っていたのもつかの間、私よりも外の世界を肌で感じて来たヘマさんのアイディアは湧き水の様に溢れて泊まる事が無い。

 プレセア貴族ではなかなか出会えない庶民ならではの視点は、利益を加味しない分、おもちゃ箱をひっくり返したみたいに面白くて聞いていて本当に飽きないわね。


 おかげでまた、私たちはお喋りに花を咲かせすぎ、ヘマさんが帰ったのは日も落ちてあたりが暗くなった頃だった。

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