22:リュオンの帰還
サロンで兄弟がどんな会話をしたのかはわからない。
でも、三十分後にサロンから出てきたノエル様は少しだけ目を赤くしていて。
大広間でそわそわしながら手を組んで待っていた私を見て、なんだか照れくさそうに笑った。
「心配かけてごめんね。ありがとう、もう大丈夫」
初めて見るノエル様の笑顔に、胸の奥がじいんと痺れた。
それから一時間後。
「お二人が無事仲直りできて良かったです……」
私はしみじみしながらネクターさんと一緒に厨房で四人分――うち、一人は猫用の浅い食器である――の食器を洗っていた。
今日、私がこのお屋敷に来て初めて兄弟は一緒に食卓を囲んだ。
かたや床の上で食事をする猫、かたや椅子の上で食事をする人間。
会話するには身長差――体長差?――がある。
しかし、それを気にする様子もなく、兄弟はこれまでの空白の期間を埋めるように互いによく喋り、給仕役として立っていた私の胸を温かくさせた。
「セラの頑張りのおかげですね。伯爵夫妻もさぞ喜ばれることでしょう。後はリュオンにユリウス様を人間に戻してもらうだけですね」
綺麗に完食された皿を洗いながら、ネクターさんは微笑んだ。
「はい。それにしても、リュオンは王都で何をしているんでしょう? 彼が六日も外出するのは珍しいんですよね?」
ネクターさんから泡塗れの皿を受け取り、水で丁寧に泡を落として水切り用のかごに置く。
「ふふ。それは帰ってからのお楽しみですよ」
「……やっぱり教えてくれないんですね」
伯爵夫妻はもちろん、ユリウス様もノエル様もリュオンの外出理由を知っている。
リュオンは彼らに仕えている身なので、外出許可を得るために用件を明かすのは当然だ。
でも、エンドリーネ一家だけではなく、ネクターさんも本館の侍女たちも全員リュオンの外出理由を知っているみたいなのに、何故か私には教えてくれない。
この半月の間に仲良くなった本館付きの侍女のマルグリットたちは、ネクターさんと同じく「ふふふ」と笑っていた。
あの笑みは一体どういうことなのだろう。
なんでみんな意味ありげに笑うのだろう。気になって仕方ない。
「セラ。リュオンが帰ってきたぞ」
開けっ放しの厨房の扉からひょこっと黒猫が姿を現した。
首だけ覗かせているものの、厨房の中には入ってこない。
「えっ、いつの間に」
皿を洗う水の音で外の音はほとんど聞こえていなかった。
「わかりました、後で行きます」
「いえ、ここは私に任せて、いますぐ行ってきなさい。リュオンの外出理由が気になっていたのでしょう? この六日間どこで何をしていたのか、本人から聞いてきなさい」
「すみません。ありがとうございます」
私は手を洗い、ユリウス様の後に続いた。
「セラ。驚かないよう先に言っておくが、リュオンは怪我をしている」
サロンに向かって歩きながら、ユリウス様は気づかうように私を振り返って言った。
「えっ!? どうしてですか!?」
「まあ、色々あったんだろうな……でも、命に別状はないから心配は要らない」
開けっ放しの扉からサロンに入ると、長椅子に座ってノエル様の手当てを受けているリュオンがいた。
リュオンの左の前腕には目を背けたくなるほど酷い傷があった。
ノエル様はリュオンの前に屈んで清潔な包帯を手に取り、いままさに巻こうとしているところだった。
テーブルの上には救急箱。
そして、リュオンの足元には血で汚れた上着と黒い鞄が置いてあった。
「セラ、久しぶり。ただいま。元気そうで何より」
リュオンは私に気づいて明るく笑った。
でも、リュオンの顔色は青ざめていて、明らかに具合が悪そうだ。
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