31:耳障りな笑い声

    ◆   ◆   ◆


 今朝がた三人がバートラム様に呼び出された用件というのは街の防衛に関する話だったらしい。


 なるほどそれは侍女が聞くわけにはいかない大事な話だ。


 誰かに命の危険が迫っているとか、街の付近に天災級の魔獣が出没したとか、そういった緊急事態が起こっているわけではなさそうで安心した。


「ユーリ様。マルグリットが触れても大丈夫でしたし、今日は丘から少し離れてルブース川沿いを歩いてみませんか? 西区に向かって、第二公園に着いたら引き返す。そんな感じでいかがでしょう」


 全員が昼食を済ませた昼下がり。

 私は屋敷の外で風に吹かれながらユリウス様にそう言った。


 ユリウス様の隣にはノエル様とリュオンがいる。

 この二人がいればどんなトラブルが起きようと怖くはなかった。


「……そうだな。いまの時期なら公園の向日葵も見ごろだろう。勇気を出して行ってみようか」

「はい」


 私は何も言わずとも差し出されたリュオンの手を握り、ノエル様とユリウス様の後に続いて歩いた。


 こうして手を繋いでいればリュオンが私の魔法の効果対象となる。


 他の魔女が私に接近しても影響はなく、私の力が知られることもないのだ。


 つまり、必要に駆られて私はリュオンと手を繋いでいるのであって。


 リュオンが私の指の間に指を絡めて、まるで愛し合う恋人同士みたいにしっかり手を繋いでいることに深い意図はない。


 そうだ、そうに決まっている。


 四人で他愛ないお喋りをしながら丘を降り、通りに出て川沿いの道を歩く。


 良い天気だからか、土手にはちらほらと人がいた。


 敷布の上でバスケットを広げてお菓子を食べる親子連れ、階段に並んで座る恋人、魚釣りをしている人。


 人通りが多くなってきたなと感じたところで、リュオンが歩きつつ組み上げていた魔法陣を起動した。


 ユリウス様の全身が仄かな金色の光に包まれ――光の粒子はキラキラと輝き、そのままずっとユリウス様の周囲を漂い続けている。


 これが夜であれば目立って仕方なかっただろうが、昼間の強い日差しの下であれば目の錯覚でごまかせる程度のものだった。


 仮に魔法がかかっていることがばれたところで支障はない。


 一週間前の散歩中、「ユリウス様の周囲の光はなんだ」と尋ねてきた中年男性にリュオンは「日焼け防止魔法です」と適当なことを言い、男性は疑問が解消されたことに満足して立ち去った。


 この事例が証明している通り、相手が一般人であればかかっている魔法の種類などわからない。


 相手が魔女であっても同じだ。


 変身魔法は禁止魔法。真っ当な魔女ならそもそも知識として習得する機会がない。

 ましてや変身魔法の解除魔法など知るはずがなかった。


 私の前を歩いているノエル様はふと、武器の具合を確かめるように腹部に触れた。


 この街では治安維持のために兵士以外の帯剣は禁止されており、外から来た人間は街の入り口で武器を預けることになる。


 もちろん街中に暮らす人間も例外ではなく、ノエル様もリュオンも無手だった。


 でも、それは見かけだけの話。


 リュオンは懐に護身用の短剣を。

 ノエル様は羽織った外套の下に投擲用のスローイングナイフを何本か隠し持っている。


 この前、興味本位でノエル様の腕前を見せてもらったのだが、ノエル様は指と指の間に挟んだナイフを全て遠く離れた的のど真ん中に命中させていた。


 それでいて「ナイフはあまり得意じゃないんだけどね。ぼくは父上と同じ双剣使いだから」とさらりと言ってのけた。


 得意ではないナイフであの腕前ならば、双剣を持ったら一体どれほどの強さを発揮するのか……冷や汗が流れた出来事だった。


 平気な顔を装ってリュオンと手を繋ぎ、皆で談笑しながら陽光を反射して眩しいくらいに輝く川面を眺めていると。


 ――くすくす。


 耳障りな笑い声が聞こえた。

 私は会話を中断して斜め前方を見た。


 ユリウス様を見て笑っているのは緑で覆われた土手に座る二人の女性。

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