13:仲良くなりたい

   ◆   ◆   ◆


 私がエンドリーネ伯爵邸の別館で働き始めて半月が経った。


 朝。


 全体的に素晴らしく好みであるお仕着せを着た私は、一階にある立派な厨房でネクターさんの助手として働いていた。


 手際よく野菜を洗って水を切り、真っ白な皿に盛りつけていく。


 私がサラダの上にトマトを飾る一方で、ネクターさんは焼きたてのパンの上にベーコンと卵を乗せていた。


 ネクターさんは物腰柔らかな男性で、亜麻色の髪とモスグリーンの瞳をしている。

 年齢は四十二歳。


 代々料理人として伯爵家に仕えている家柄の出身で、十三歳のときから見習いとして働いていたそう。


「どうでしょう?」

 サラダを盛りつけた皿を見せると、ネクターさんは「合格です」と微笑んだ。


「やはり女性がいると屋敷が華やかになりますね。もうこの屋敷の中で女性を見ることはないのだろうかと懸念していましたので、セラが来てくれてとても嬉しいですよ」


「そう言っていただけて光栄です。ノエル様には二階に日当たりの良い素敵な部屋まで用意して頂きましたし、侍女としてお役に立てるように頑張ります」


 私が挨拶した後、すぐに二階へと引き返していったノエル様は、なんと私の部屋を整えてくれていた。


 てっきりノエル様には歓迎されていないと思っていたから驚いたし、感動した。


 感謝の言葉を述べると「侍女の部屋を用意するのは主人の役目でしょう」とそっけなく言われた。


「セラはいまでも十分役に立っていますよ。昨日、ユリウス様が感心していましたよ。セラはよく気が利く子だと」

「本当に!?」

 私はぱあっと表情を輝かせた。


 ユリウス様は少し近づいただけで牽制するように私を睨む。

 私がいると不機嫌そうになる。


 でも、その裏で働きを褒められていたのか。

 侍女としてこんなに嬉しいことはなかった。


「ええ。さあ、ちょうど良い時間です。私は食卓の準備を整えますから、セラはノエル様を起こしてきてください」

 壁に掛けられた時計を見て、ネクターさんが穏やかな声で言う。


「はい」

 ノエル様は今日、エンドリーネ伯爵家と交流が深いスタンレー卿とお会いになる約束がある。


 本来はユリウス様が伯爵夫妻と共に行かれる予定だったのだが、万が一にもユリウス様が猫になってしまうことは他人に知られてはならないため、ユリウス様の精神が安定するまで嫡男としての仕事は全てノエル様が行っている。


 ノエル様は十四歳のときに国軍に入り、それから二年ほど王都の国軍宿舎で暮らしていた。


  多彩な才能を持つ彼は国軍の中でもめきめきと頭角を現し、十六歳にして近衛部隊の隊長まで上り詰めた。


 三か月前、ノエル様は忙しい任務の間を縫ってユリウス様の結婚式に出席した。


 そこで兄の身に起きた不幸を目の当たりにしたノエル様は一年の休暇を取って実家へ戻った。


 本当は国軍を辞めるつもりだったのだが、上から引き止められて休暇扱いになったそうだ。


 私は階段を上り、三階の西棟の角部屋へと向かった。


「ノエル様。朝です。起きてください」

 軽く握った拳で扉をノックする。


「起きてるよ」

 扉越しにくぐもった声が返ってきた。


 内側からガチャリと扉が開き、侍女の手を借りずとも身支度を整えたノエル様が現れる。


 同じ屋根の下で暮らし始めて二週間。


 そろそろ、少しくらいは気を許してくれても良いのでは……と思うのだが、期待に反してノエル様は全く隙を見せない。


 人形のように整った顔は常に無表情で、男性にしては高めの声は常に一定のトーンを保ち続けている。


『お前をまるで信用していない』と態度で示されているようで、少々寂しい。


 昔はよく笑う子どもだったとネクターさんは言っていたけれど、ノエル様の満面の笑顔なんて想像もできない。


 私もいつか、ノエル様の笑顔を見ることができるだろうか?


「おはようございます、ノエル様」

 今日もノエル様の役に立たなかったことを悲しみつつ、頭を下げる。


「おはよう」

 ノエル様は相変わらず表情を動かすことなく私の横を通り過ぎた。


 ……うーん、どうしたらノエル様との距離を縮めることができるんだろう……。


 高い給金が貰えればそれでいい、なんて私には割り切れない。


 主人と良好な関係を築きたいと思うのは、我儘なのかしら?

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