13:とある宮廷魔女の受難(2)

 号泣する両親の姿を思い描いてニヤニヤしながらお茶を飲んでいたそのとき、扉がノックされた。


「ココ。筆頭宮廷魔女が貴女をお呼びです。いますぐ塔の最上階へ行きなさい」


 ――ぐふっ!!?

 危うくお茶を噴きそうになり、私はむせ返った。


《賢者の塔》の頂点に立ち、国王にすら意見を許される筆頭宮廷魔女からの呼び出しなど不吉の前兆でしかない。


 少なくとも基本給の増額といったありがたい話でないことは確実だ。


 脳が激しく混乱する。


 なんだ、私は一体何をした?

 必死になって過去の記憶を掘り越しても、筆頭宮廷魔女から呼び出されるほどの悪事を働いた覚えはない。


 行きたくない。

 猛烈に行きたくない――が、行かないわけにはいかない。


「……承知しました」


 私は立ち上がった。

 断頭台の階段を上る死刑囚のような気持ちで。





 二時間後。

 私は宮廷魔女の証である金の刺繍が施された黒のローブを羽織り、多くの都民で賑わう王都の中央広場に立っていた。


 目の前の噴水広場では子どもたちが噴き上がる水と戯れ、母親や恋人たちが噴水の縁に座って談笑している。


 死んだ魚の目で平和な光景を眺めていると、その腰に剣を下げた二人の男性が私を見つけて歩いてきた。


 一人は歴戦の戦士の風格を漂わせる、右頬に傷痕を持つ筋骨隆々な赤髪青目の大男。

 もう一人は貴族らしき、細身の金髪緑目の男性。


 彼らも私と同じく死んだ魚の目をしている。


 この任務に全く乗り気ではないらしい。同士だ。友よ。


「……初めまして。宮廷魔女のココです。よろしくお願いします」

 私は肩口で切り揃えた灰色の髪を揺らして頭を下げた。


「中央騎士団所属のブラッドだ」

「同じく中央騎士団所属のエミリオ・クライトです。よろしく……若いね。いくつ?」

 少しでも重い空気を紛らわせようと思ったのか、エミリオは砕けた口調で言って微笑んだ。


「十八です」

「えっ。十三歳くらいかと思った」

「……宮廷魔女になれるのは十五歳からですよ」


 ごめんごめん、と笑うエミリオを見つめて、私はほんの少しだけ唇を尖らせた。


 彼が誤解したのは身長のせいだろう。

 私の背は150センチにも満たず、大柄なブラッドとは頭一つ分以上の差がある。


「僕は二十歳。ちなみにブラッドさんは二十七だよ」

「年齢などどうでもいいだろう。呑気に雑談している場合か。これが王命である以上、俺たちは速やかに任務を果たす義務がある。イノーラと良く似た人物が目撃されたというボスタ港へ向かうぞ。ついてこい」


 ブラッドが歩き出したため、仕方なく私もエミリオも雑談を止めて後に続いた。


「よくこんな任務にやる気を出せますね、ブラッドさん。僕は正直、いますぐ騎士団寮に引き返して布団をかぶって寝たいです。この一日をなかったことにしたい」


「同感です」

 私は右手の中指で眼鏡を押し上げ、ため息をついた。


 筆頭宮廷魔女から聞いた話はこうだ――あろうことか、クロード王子が手引きしてイノーラは貴人用の牢から脱走し、そのままクロード王子と共に逃亡した。


 イノーラの隣の牢に収監されていた罪人が二人の会話内容を聞いていたのだが、イノーラは「こうなったのも全部セレスティアのせいだ、セレスティアが自分に呪いをかけたに違いない」と酷く恨んでいたらしい。


 セレスティアを逆恨みしていたというならば、イノーラは失踪したセレスティアの足取りを追うだろう。


 そしてそれは、皮肉なことに追手である私たちにとって好都合だった。


 国王は私たち三人にイノーラとクロード王子、さらにセレスティアの捕縛を命じた。


 表立って軍隊を動かさないのは出来る限り内密に、穏便に済ませたい理由があるからだ。


 イノーラとクロード王子の件は単純に、王家の醜聞だから。


 セレスティアの件はより深刻だ――


 周知の事実としてセレスティアがいなくなった途端にイノーラの魔力は大きく減衰した。


 そこから導き出される結論はただ一つ。

 セレスティアは魔力増幅アイテムと同じ力を持っていたのだ。


 本人が自覚しているかどうかは定かではないが、セレスティアには並以下の魔力しか持たない魔女を《国守りの魔女》に押し上げるほどの力がある。


 もしこの事実が公になれば世界中の国がセレスティアを求めるだろう。

 その途方もない価値を考えれば、彼女を巡って戦争が起きてもおかしくはなかった。


 国王はセレスティアが他国の手に渡ることを危惧している。


 仮にセレスティアが敵国であるウルガルド帝国の大魔導師級の魔女に与した場合、間違いなくレアノールは滅びる。


 それも、ただの魔法の一撃で。


 だから国王は筆頭宮廷魔女の口を通して私に極秘任務を授けた。


 セレスティア・ブランシュを捕まえて、余の前に連れて来い、と。

 もしも彼女が他国にいて、レアノールに戻る意思が見られないならば殺せ、と。


 エミリオと並んで青空の下を歩きながら、何度目かわからないため息をつく。


 国の重鎮たちの間でどんな駆け引きがあったのか知らないが、一体何故私に白羽の矢が立ったのか。


 平民だから任務に失敗して死んでも構わないと思われたのか。

 私の才能に嫉妬した貴族の嫌がらせか。それともその両方か。


 脳裏を過るのは、魔法学校でいつも俯いていたセレスティアの寂しそうな横顔。


 私はこれからあの子を捕まえて国王に引き渡さなければならない。


 王命に逆らえば私は反逆者として田舎にいる家族共々殺される。

 それはエミリオもブラッドも同じ。


 ああ、全く――クソみたいな話だ。

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