28:リュオンの過去

 私以外に誰もいない第二食堂で、冷え切ったスープを口に運ぶ。


 食堂の端に置かれた柱時計は午後一時過ぎを指している。


 ネクターさんが用意してくれた朝食はもはや昼食となってしまった。

 硬くなったパンを飲み下しながら思い出すのは少し前のリュオンとのやり取り。


 怒鳴ってしまった直後、我に返った私はリュオンに謝罪した。


 ――ごめんなさい、恥ずかしくてつい……もう二度と言わないわ、許して。


 昨日も私は彼に同じことを言ってしまった。私のために必死になってくれた人に対して「馬鹿」などと、失礼極まりないことを。


 自分の言動が信じられなかった。


 他人に「馬鹿」なんていままで言ったことがなかったのに。どんな仕打ちを受けようと負の感情は全部押し込めて、常に相手のことを考えてきたのに。


 ――本当にごめんなさい。


 深く後悔しながら頭を下げると、リュオンは気にした風もなく「大げさだな、謝らなくていいよ。元はと言えば冗談を言ったおれが悪いんだから」と笑った。


 ――むしろおれは嬉しいよ。セラはいつも他人の顔色を窺って、微笑んでばかりいるからな。おれにだけ怒りの感情を表すのはおれを信頼して甘えてる証拠だ。もっと怒ってくれていいよ?


 まさかそんなことを言われるとは思わず、面喰っていると、リュオンは「それよりリンゴ」と何事もなかったかのように促した。


 私はすりおろしたリンゴを彼の口へと運び、食べ終わったリュオンに眠るよう促した。


 リュオンは素直に身体を横たえた。


 でも、すぐには眠ろうとせず、熱に潤んだ瞳で、なんだか嬉しそうに私を見た。


 熱と痛みに苛まれて苦しいはずなのに、私は彼に暴言を吐いたのに、どうしてそんなに嬉しそうなのか聞くと、彼は「いまここにセラがいるのが信じられない」と答え、初めて自分の過去を打ち明けてくれた。


 彼は孤児で、両親の顔も覚えていない。

 書類上ではユリウス様と同じ十九歳の彼だが、本当の年齢は誰にもわからない。


 物心ついたときには王都の貧しい孤児院で暮らしていた。


 非常に珍しい男性の魔女である彼に孤児院の子どもたちは冷たく、事なかれ主義の大人たちは誰も庇ってくれなかった。


 私はレアノールの魔法学校で魔法が使えず虐められた。

 彼はその逆で、魔法が使える魔女だから虐められた。


 ある日、悪質ないじめっ子たちに地下倉庫に閉じ込められた彼は空腹に耐えかね、頑丈な扉を破るために魔法を使った。


 ただ鍵を壊すつもりだったのに、その魔法は彼の意に反して暴発した。


 彼は後に『大魔導師』の称号を得るほどの絶大な魔力を持っている。


 劣悪な環境下で育ち、きちんとした教育を受ける機会もなく、制御方法も学んでいない彼の魔法は強力すぎた。


 幸い怪我人こそ出なかったものの、彼が放った魔法のせいで孤児院は炎に包まれた。


 孤児院の子どもたちや大人たちに激しく糾弾されたリュオンは貧民街へと逃げた。


 子ども一人で生きていけるほど現実は甘くはなく、飢え死にしそうになっていたときだ。私と出会ったのは。


 私に背負われて行った診療所で、リュオンは気の良い医師から栄養たっぷりの食事を与えられ、患者に混じって身体の回復に努めた。


 その一方、リュオンが『ユリウス様の猫化を解除できる魔女』になるかどうかもわからないというのに、友人の医師から魔女を保護した連絡を受けた伯爵夫妻ははるばるラスファルからリュオンに会いに来た。


 リュオンから事情を聞いた伯爵夫妻はすぐに問題の孤児院を管理・運営していた公爵家に連絡を取って損害賠償金を支払った。


 伯爵家と公爵家の間で行われた話し合いによって事件は一件落着し、リュオンが罰を受けることもなくなった。

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