24:寝坊してしまいました!

 私を家族の一員として迎えることを許してくれたユリウス様とノエル様に改めてお礼を言った後、私は本館に行って伯爵夫妻に深く頭を下げた。


 伯爵夫妻と話し込んでいるうちに夜も更け、ランプ片手に別館に戻るとサロンには誰もいなくなっていた。


 みんなそれぞれの部屋に戻ったようだ。


 明かりを落としたサロンは暗い。

 閉ざされたカーテンの外から絶えず聞こえる雨の音が耳につく、それほどの静寂。


 私は煌々と輝くランプをテーブルに置いてサロンの長椅子に座った。


 リュオンが座っていた場所――天鵞絨が張られた長椅子の表面をそっと撫でてから、変態的な行為をしていることを自覚して顔が熱くなる。


 ――少しでもセラのためになると思ったらおれはなんでもやる。


「~~~~っ」

 彼が耳元で囁いた言葉をまざまざと思い出して、私は両手で顔を覆った。


 あの台詞は反則だと思う。

 だって、私のために命懸けで魔獣と戦って、傷だらけになって。


 さらに私を抱きしめて、あんなことを言われたら――もしかしたら彼は私のことが好きなのでは? などと、とんでもなく都合の良い勘違いをしてしまいそうになるではないか!!


 ――泣くことで少しでもセラの気分が晴れるなら、この先いくらだって付き合うよ。


 そういえばそんなことも言われたわよね、ともう一人の自分が意味深に笑い、もう一人の自分が恥ずかしさに頭を抱えてのたうち回り、あんなの愛想に決まってるじゃないと冷静なもう一人の自分が冷めた声で言う。


 頭の中はもう大混乱。


 落ち着けセラ、彼が優しくしてくれたのは何も特別なことではない。


 彼は困っている人を放っておけないお人好しだから、たとえ相手が私でなくたって同じことをしたはずだ。


 たまたま私がとんでもない魔法を持っていたから、伯爵夫妻の庇護下にいたほうがいいだろうと思って、善意で対処してくれただけ。


 そうだ、そうに決まっていると、頭ではわかっているのに。


 何故私の顔はこんなにも熱く、ドキドキと胸が鳴っているのだろう?


「…………寝ようっ」

 私はすっくと立ち上がってランプを持ち、二階の自室に戻った。


 しかし、寝間着に着替えて布団に潜り込んだ後も。

 私の頭を撫でたリュオンの手の感触とか、彼の手の温かさとか、意外と硬い胸の感触とか。


 拗ねた顔が可愛いとか、怒った顔はちょっと怖いとか、 無邪気な笑顔とか――そんなことばかり考えてしまい、どうにも眠れないのだった。




「すみませんネクターさん、寝坊してしまいました!!」

 いつもより二時間も遅刻してしまった翌朝、私は大慌てで厨房に駆け込んだ。


「おや、おはようございます。そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。ユリウス様たちの朝食の片付けはもう終わりましたし、特に急いでやることはありません」


「本当に申し訳ありませんっ」

 じゃがいもの皮むきをしていたネクターさんに向かって、私は深々と頭を下げた。


 ああ、大失敗だ。

 これでは伯爵夫妻の養女になったから気を抜いたと叱責されてもおかしくはない。


「本当に大丈夫ですから。私はこれまで一人で厨房を担当してきたんですよ? それに、この屋敷に住んでいるのは私を含めてたった五人です。本当は一人でも余裕なんですよ」


「……すみません……」

「ええ、反省の気持ちは十分に伝わりましたから、もう謝らないでください。起きたばかりでお腹が空いているでしょう? 第二食堂に朝食を用意しています。食べてください」

 第二食堂とは、厨房に隣接した使用人用の食堂のことだ。


「ありがとうございます。食べたら精一杯働きますので、私の分の仕事を残しておいてくださいね! 下ごしらえでもお皿磨きでも何でもしますから!」

「いえ、私の補助は良いので洗濯をしてもらえますか。リュオンが寝込んでいるため、ノエル様が洗濯をしてくださっているんですよ」


「それを早く言ってくださいっ!!」

 私はお仕着せの裾を翻し、全力で洗濯場に走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る