03:8年ぶりの再会
「――、もしかして、貴女は」
「大丈夫じゃないですっ!!」
彼が何か言いかけるよりも早く私は立ち上がって喚いた。
「これのどこが大丈夫に見えるんですかっ!? どうしてくれるんですか、私の串焼きが、百デリルがっ!!」
滂沱の涙を流しながら青年の腕を掴み、泥まみれの串焼きを指す。
「え? ええ、ですから申し訳ないと」
困惑を示すように、瞬きの回数を増やす青年。
「申し訳ないの一言で済まされて堪るものですかっ!」
通行人たちが好奇の目でこちらを見る中、私は涙目でまくしたてた。
「全財産をはたいたんですよ! 犠牲になった豚に感謝しつつ英気と活力を養って、どん底状態でもめげずに家と職探し頑張ろうって思ってたのに! あなたのせいで全部台無しです! もう最悪ですっ!!」
「家と職探し? 家も仕事もないんですか?」
青年は金糸の髪をさらりと揺らして首を傾げた。
ただそれだけの動作が憎たらしいほど絵になる人だ。
「ええそうです、家も仕事もありませんよ! 詳しい事情が聞きたいならお話ししますけど、その前に弁償を要求します! このままでは背中とお腹がくっついてしまいます! 食べ物の恨みは恐ろしいんですよ! 串焼きが食べられなかったせいで餓死したら末代まで祟りますからね!」
「それは怖い」
青年は笑っている。
串焼きを求めて泣く女がそんなにおかしいのだろうか。
こっちは真剣だというのに! 魂の訴えだというのに!
たかが串焼き一つでと思われてるのかもしれないけれど、私にとっては文字通り命の糧だったのよ!?
伯爵令嬢だった頃のように、淑やかに微笑んで「お気になさらず」とか言えるわけないでしょう!
今の私はほとんど無一文なのだから!!
「では迷惑をかけたお詫びに奢りましょう。どうぞ遠慮なく、好きなものを好きなだけ食べてください」
私はぴたりと動きを止め、疑惑の眼差しで彼を見た。
「……好きなものを好きなだけ? 遠慮なく?」
「ええ。貴女が望むままに、何でも奢りましょう」
「本当に!? ありがとうございます!!」
喜び勇んで頭を下げると、青年は耐えられなくなったように笑い出した。
「……そんなに笑わなくても良いじゃないですか。私は本当に困窮してるんですよ」
恥ずかしさに頬を染めて俯く。
「そのようですね。八年前とはまるで立場が逆です。一体どうしてそんなことになったのか是非聞かせてください、セレスティア・ブランシュ?」
「え……?」
私はぽかんとして彼を見つめた。
レアノール王国を出て海を渡り、遠く離れたロドリー王国のこの街で暮らし始めて約二か月、私は「セラ」という偽名を使ってきた。
本名を知る人なんているはずがないのに――待って、いま彼は何と言った?
「八年前って……」
思い出す。
八年前の秋、私は家族旅行でロドリー王国を訪れた。
夜も更けた頃、両親が眠っているのを良いことに高級宿を抜け出したイノーラを追いかけて――妹に何かあれば私が折檻される――私は厚手のケープを羽織って外に出た。
帰ろうと訴える私を無視して妹は好奇心の赴くままに王都を歩き、道に迷って人気のない路地裏に入り込んだ。
そこで私たちは壁に背中を預けてうずくまっている男の子を見つけた。
恐らく貧民街の子どもなのだろう。
襤褸切れのような服を纏った男の子はお世辞にも清潔とは言い難く、妹は顔をしかめて鼻をつまんだ。
私だけが近づいて身体を改めてみると、彼は転びでもしたのか、右腕に擦過傷を負っていた。
彼はぐったりしていてなされるがまま。
服で見えない箇所にはもっと酷い怪我をしているかもしれない。
私は妹に魔法で治すように頼んだけれど、妹は嫌だと言った。
怪我を治してやったところで私に何の利益があるの。
どう見ても礼に足るお金や上等な品物を持っているとは思えない。魔力の無駄。
こんなのよくある話でしょう。
見なかったことにして、放っておけばいい。
みすぼらしい他国の貧民が死んだって私には何の関係もないわ。
妹が冷たくそう言って立ち去ろうとしたから、私は彼女の前に跪いて懇願した。
蝶のブローチをくれるなら治してあげてもいい。妹が言った。
そのとき私が胸元につけていた蝶のブローチは誕生日に両親から貰った宝物だったけれど、私は了承した。
妹は渋々ながら男の子に手をかざして治癒魔法を使った。
妹の手から放出された淡い金色の光は男の子の身体を包み込み、怪我を治して消えた。
それでも男の子はうずくまったまま動こうとしなかった。
心配する私をよそに、妹は私の胸から蝶のブローチを奪い取って背中を向けた。
私はくれぐれも気を付けて帰ってねと言って男の子を背負った。
妹はそんな汚らしい人間によく触れるわねと、呆れ果てた顔をして歩き去った。
昼間に両親と観光したときに見つけていた診療所に向かって歩き出すと、私の背中で男の子が何か言った。
男の子が喋っているのはレアノールで使われているミドナ語ではなくロドリー語だったから、何を言っているのかは全然わからなかった。
結局伝えられたのはお互いの名前だけ。
私が「セレスティア・ブランシュ」と名乗ると、男の子は「リュオン」と名乗った。
やがて診療所に辿り着き、医者にリュオンを託して去ろうとすると、彼は私の手を握って何か言った。
それが「ありがとう」という言葉であることは、ロドリー語がわからなくてもわかった。
「あなた――リュオンなの!?」
八年前に出会った男の子の魔女その人だったの!?
「正解。久しぶり」
目を見張るほど美しい青年へと成長した彼は嬉しそうに笑った。
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