あっという間に一杯目をたいらげた鈴木は「すみません、おかわりください」と、白米のおかわりを注文した。「はいはい」と言いながら茶碗を運んできた女性に岩山田は声をかける。


「あの、ここで林さんって方が働いていましたよね?」

「え! 林さんのことご存じ? ねえ、あの人どこ行っちゃったか知ってる?」

「林さんが失踪なさったのは、ご存じなんですね」

「知ってるわよー。昨日奥さんから電話が来てね、パチンコ屋さんに行ったまま帰ってこないって。夜、店にくることなんてないから、うちには来てませんよって返事したんですけど、今朝になっても帰って来ないらしいから、私たちも心配していたのよ」


 ねえ、あんた。といって女性は厨房を振り返る。


 店主が出てきて「あなたたちは、林さんのご友人ですか?」と言った。


「警察のものです」


 そう言って岩山田は警察手帳を見せた。店主は、ふんと鼻を鳴らす。鈴木は、白米をかきこみながら、警察に嫌な思い出でもあるのかな、と密かに思った。


「林さんは、どんな方ですか?」

「どんなって言われても、仕事は丁寧だし、穏やかだし、良い奴さ。少し内気な性格なのか、接客は苦手だったけど、料理は腕が良かったな。わしが教えることも、飲み込みは良かった。今は夏休みだから暇じゃが、ここらの大学が始まるとこの店もてんてこ舞いじゃ。そんなときでも、黙々と調理に集中してくれて、とても助かっておった」


 店主はふんっと鼻を鳴らしながら話す。癖なのかもしれない。


「林さんの、お写真ってありますか?」

「写真なんか撮らんな」

「そうですよね」


 岩山田は、鈴木の言っていた通り、林克行の失踪と強盗犯の死体損壊が無関係とは思えなかった。こんな偶然は珍しい。珍しい偶然というのは、もはや偶然ではない。それ以上の何かがあるはずだ。そう思って、少しでも克之の情報が欲しかった。克之の家でも喜美子が「写真を撮る習慣がない」と言って写真は手に入れられず、ここでも写真はないようだ。


「林さんに何か特徴はありますか?」

「特徴ねえ。思い浮かばないなあ。背はわしより大きくて、ちょっと小太りの、普通のおじさんじゃ」

「小太り、ですか」

「ああ、そうじゃな。デブとまではいかないが、痩せてはいないな」

「あら、林さんは、おデブさんのうちに入るんじゃないかしら」


 そう言って店主の妻がふふふと笑う。そうか、小太りか。岩山田は何か引っ掛かりを覚えた。林克行も、食事に困っていなかったのだ。それどころか、頼られている職場があり、心配してくれる家族がいて、それなら克之はどうして失踪などしたのか。岩山田には、やはり強盗犯の死体損壊が関係してくるとしか思えないのであった。




 会計を済ませ、店を出る。


 ふと鈴木の頭に一つの仮説が浮かぶ。まさかそんなはずは……と思うけれど、否定もできない。


「岩山田さん。ちょっと考えたことあるんですけど、聞いてくれますか?」


 捜査本部に戻る助手席で、岩山田は顎を撫でている。


「ああ、なんだ?」

「林克行が、強盗犯ということはないですかね?」

「ん?」

「十年前、何があったのかはわからないけれど、林克行はコンビニで強盗を犯す。何も盗らずに逃げたが、店員に怪我をさせてしまった。怖くなった克之は、家族と一緒に車で逃げようとして、アパートに戻ると、すぐに車に乗った。その運転姿がオービスに残っていた。しかし、着の身着のままではどうしようもなく、翌日何事もなかったかのようにアパートへ戻り、その後すぐに八王子に引っ越し、強盗の罪悪感から真面目に働いていた。どうですか?」


 岩山田は考える。


「悪くはないと思う。それなら強盗犯が忽然と消えたわけは、わかる。強盗犯と林克行、二人いると思っていたが、本当は一人だったということだな」

「はい。強盗犯が別にいると考えるから複雑なんじゃないでしょうか」

「じゃ、海で死んでいた男は、林克行か?」

「……そう、なりますね」

「顔をつぶして指紋を焼いたのは、誰だ?」

「奥さんの喜美子と息子の行斗……?」

「なんのためにだ?」

「えーと、なんでですかね」

「携帯電話のメッセージは偽装工作か?」

「そう……なりますね」


 うーん……とうなり、岩山田は顎を撫でる。林克行が強盗犯の死体遺棄に関わっているのではなく、林克行自身が強盗犯。その考えは、悪くないように思える。しかし、あの家族が何のために克之の死体を遺棄する必要があるだろうか。



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