四章 男の失踪 1
林の家は、室内もきれいに片付けてあり、掃除も行き届いて、清潔であった。喜美子の性格か。整理整頓された居間に案内される。ソファに座って待っていると、喜美子は冷たい麦茶を運んできて、刑事たちの向かいに自分も座った。
「昨日の夕方に出かけたきり、主人が今朝になっても帰って来なくて、電話をかけても携帯電話の電源が切られていますし、心配になってあちこち連絡してみましたが、どなたも主人の行方を知っている人がいなくて、今警察の方に相談に行ってきたところです」
喜美子は項垂れながら話す。顔色が悪く、疲労の色が見えた。夫が行方不明ともなれば、心配だろう。
「ご主人は、昨日どこに出かけたんですか?」
「ちょっとパチンコ屋、と言っていました。ときどき一人でパチンコ屋さんに行くことはありましたから、何の不思議にも思わず、そのまま見送りました」
「それで、帰って来なかった」
「はい。でも、パチンコ屋さんを出るときだったのか『まあまあ勝った』って連絡はあったんです」
そう言って喜美子は自分のスマートフォンの画面を見せてきた。そこには確かにメッセージが届いていて、日にちも時間も、喜美子の話す通りだった。日曜日の二十時すぎ。
「だから、ほんの十分もすれば帰ってくると思っていたんです。でも、どれだけ待っても帰ってこなくて。一晩待ちましたが帰ってこなくて、それで朝一番で警察の方に相談に行きました。一応防犯カメラなどは調べてくれるって言ってましたけど、大人の失踪は自分の意思で出ていくことが多いから、と言われてしまいました。つまり、主人が家出をしたと思っているようです」
確かに大人の失踪は、事件性が明確でない場合はあまり捜査しないことが多いな、と岩山田は思う。
「家出をするような心当たりはありますか?」
「いいえ、まったく」
喜美子の横に座って、母親を支えるようにしていた息子の行斗にも聞いてみたが「思い当りません」と静かな返事が返ってきた。十八歳のはずだが、岩山田にはどこか暗い疲れた印象に見えた。父親が突然失踪したら、こうなるものか。
鈴木は、まだ一晩帰っていないだけなのに、お通夜みたいな暗さだな、と思っていた。
「それで、刑事さんたちは、主人のことではないなら、うちに何の御用なんですか?」
喜美子はゆっくりと顔をあげた。
「実は、十年前に横浜であったコンビニ強盗事件のことを調べ直していまして。詳しいことは言えないのですが、当時、ご近所にお住まいでしたよね?」
喜美子は少しの間、上を向いて考えた。
「十年前のコンビニ強盗ですか? ああ、あったみたいですね。うちにも、警察の人が来ました」
「そのときのことで、何か新しく思い出すことはありませんか?」
「新しく、と言われましても……当時も話しましたが、強盗があったらしい時間に、私たちは家にいなかったんですよ。主人が珍しくドライブに行こうなんて言いだして、車でぶらぶら走っていました。オービス……っていうんでしたっけ? あれで確認していただけたはずなんですけど」
「はい。当時、ご自宅の近所のカメラで林さん宅の車が撮影されているのは、確認されています」
「家に帰ってからも、特に何かあったわけでもなく、強盗があったこともしばらく知らなかったくらいなので……あの、そろそろいいですか? ちょっと疲れているので」
喜美子は確かに顔色が悪かった。夫の帰りを寝ずに待っていたのかもしれない。
「あ、はい。すみません。ご協力ありがとうございます。ご主人、帰ってくるといいですね」
岩山田は腰をあげながら言った。
「はい。ありがとうございます」
喜美子は小さな声で返事をした。
「どう思う?」
歩きながら岩山田は鈴木に聞いた。
「なんか、お通夜みたいに暗かったですね」
「ああ、憔悴している感じだったな」
「強盗犯が死んだ翌日に行方不明になるって、怪しくないですか?」
岩山田は顎を撫でる。
「うーん。そうだな。関係があるのか……はたまた偶然か。強盗犯の遺体は土曜の夜に発見されている。林克行が家族に最後に会ったのは、昨日、日曜の夕方だ。もし林克行が死体損壊と遺棄に関係しているとして、どうして土曜に犯行を行ったあと、普通に家に帰ってきた? そのまま普通に過ごすならまだしも、どうして日曜の夕方から行方不明になった? わからない」
岩山田はほとんど独り言のようにぶつぶつと呟いて、歩いた。鈴木がふと振り向くと、林家の庭に大きなヒマワリが咲いているのが見えた。
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