捜査本部が設置され、所轄の刑事も神奈川県警の刑事たちも、一つの部屋に集まる。


「まずは死因から」

「はい」


 刑事の一人が立ち上がる。


「解剖の結果ですが……」


 少し言い淀んでから「病死です」と言った。


 室内が一瞬、ざわついた。岩山田も「え」と声を出してしまった。そして同時に、遺体から感じられた違和感の正体が少し見えた気がした。


「死因は脳梗塞です。顔面の損傷も指の火傷も、生体反応はありませんでした。死後に損壊されたものと思います。肺にも水は入っておらず、死んでから海に遺棄されたことは間違いないでしょう」

「身元は?」


 別の刑事が立ち上がる。


「身元につながる所持品は一つもなく、遺体が遺棄された際に犯人によって処分、ないし、持ち去られたものと思われます。指紋は焼かれていますし、顔がつぶされているので、DNAデータを過去の事件と照合しているところです」

「防犯カメラは」

「はい。釣り場の駐車場には防犯カメラがありますが、不審な行動の人物は写っていません。釣り人ばかりです。また、入れ替わりはあるものの、あの場所から釣り人が一人もいなくなることはほとんどなく、お互いがお互いに、不審な行動はなかったと証言しています。何より、あんなところからフェンスを越えて遺体を捨てたら、目立ってしょうがいないので、やはり別の場所から遺棄され、流れ着いたものと思われます」

「よし。まずは身元の洗い出し。それと、付近の海、または川沿いの防犯カメラを調べろ。病死だとしても死体損壊と死体遺棄であることにかわりはない。全力で捜査に当たってくれ」

「はい」


 捜査員たちは返事をするが、いまいち覇気がないのは仕方のないことだな、と岩山田は思った。殺人と、死体損壊・遺棄では、罪の重さが全然違ってくる。捜査の方法も気合いもずいぶん違う。死因が「病死」と判明したのだから、捜査員は半数以下に削減されるだろう。


 横で、鈴木は首をかしげていた。長い前髪が揺れて、丸いかわいらしい目が隠れる。


「どうした、敬二」


 隣に座っていた岩山田が声をかける。


「いや、なんで病死だったのに、わざわざ顔をつぶしたり指紋焼いたり、めんどうなことしたのかなーと思ったんです」


 岩山田は、にっと口だけで笑った。


「それを調べるのが、我々の仕事だろ」

「はい、その通りですね」


 鈴木は、ふふっと笑った。岩山田には「女みたいだな」という時代錯誤な印象を与える鈴木の笑顔だが、聞き込みなどでは人当たりがよく、岩山田のような強面よりずっと役に立つことがある。一般の人への聞き込みは特に、岩山田は怖がられることがあるため、鈴木のかわいらしい笑顔は、重宝されているのだ。




 岩山田と鈴木は、遺体が発見された海から一番近い川沿いの、防犯カメラをあたっていた。橋の近くにはだいたい水位を計測するためのカメラがついている。河川の防災目的であるため、録画されていることは少ないが、最近では映像をクラウド上に保存している自治体もあるから、一つずつ調べて問い合わせないといけない。


 岩山田は自分の目でじっくりと観察した遺体を思い出す。あれを遺棄するとなると、一人では無理だろう。大人二人は必要だ。女手だけでも無理だろう。


 蒸し暑い中、日差しに耐えつつ二人で草むらを歩き、防犯カメラを探していると、鈴木のスマートフォンが鳴る。


「はい、鈴木です。はい。はい。え、十年前の? わかりました」

「なんだ」

「身元がわかったようです」

「おお、早いな、前科持ちか?」

「それが、十年前の、未解決の強盗事件の犯人のDNAと、一致したそうです」

「は? なんだそれ」

「十年前にあったコンビニ強盗の犯人の遺留品に、ニット帽があって、そこに毛根の残った毛髪があったそうで、そのDNAと一致したと」

「十年前の強盗犯が、今頃になって病死して、誰かに顔をつぶされて指紋焼かれて、海に捨てられた?」

「ということみたいです」


 そう言って鈴木は首をかしげ、岩山田は眉間に皺をよせ、「なんか変な事件だな」とつぶやいた。


 防犯カメラ映像をしらみつぶしに確認して、何の収穫もないまま、日曜日は終わった。


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