12. 親友と孤独

 アルト様に助けられた日から三日が過ぎた。

 あれ以来、私に手を出してくる人はいなくなったけれど、その代わりに増えたものがある。


「傷付いている時に申し訳ない。貴女さえ良ければ、僕とお付き合いして頂けませんか?」


 目の前にいるお方のように、私を婚約者にしようとする殿方の数が一気に増えた。


 それもそうよね、アリスと仲が良いということは、王太子殿下にも認められている。

 そんな私に利用価値を感じない方がおかしい。


 でも、傷付いていると分かっていて口説きに来るって、どういう神経をしているのかしら?



 学院を卒業して間も無く結婚というのが今の貴族の間では慣例になっているのだけれど、まだ私は16歳の誕生日を迎えていない。

 通う期間は3年間だから、あと1年半は学院生活を送ることになっている。


 そういうわけだから、婚約を急いだりはしていないというのに……。


「申し出は嬉しいのですけれど、お断りしますわ」

「そうですか。時間を取らせてしまって申し訳ない」

「いえ、大丈夫ですわ」


 それだけの言葉を交わすと、目の前の殿方は足早に離れていった。

 今回の方はすぐに引き下がってくれて良かったわ……。


 さっきの方はネチネチと延々と……。ええ、アレは忘れましょう。



 嫌な記憶を消し去り、足音を立てず急いで廊下を進む。

 今日もアリスとお昼の約束をしているのだけれど、大分待たせてしまっているから。


 

「待たせちゃってごめん……」


 いつもの席に着くなりそう口にする私。

 料理がまだ運ばれてきていないのが救いね。


「私達もさっき着いたところだから、気にしなくていいわ」

「ありがとう。今日はアルト様はいらっしゃらないのね?」

「ええ、また魔物狩りに行ったそうよ」

「懲りないわね……」

「ええ……」


 本当に疑問なのだけれど、次期宰相様がこんなので大丈夫なのかしら?


「ここだけの話、魔物は王都……それもこの学院にいるそうよ」

「……どういう意味?」

「人の形をした魔物よ」


 まさか、と思った。


 アリスの言葉をそのまま受け取れば、王都の中に人に化けている魔物がいることになる。でも、それが事実ならお父様から話があるはず。

 でも、そういう話は一切無かった。


 そうなると、考えられるのは一つだけ。何か良くないことをしている人が学院にいる。

 魔物という例え方からして、その良くないことがかなり危険だということも察せられる。


 今まで感じていた不安の正体はこれかもしれない。

 私がそこまで考えた時だった。



「貴女、よく堂々と殿下をアリスさんから奪おうとできますわね? 呆れを通り越して感心してしまいますわ」


 聞き覚えのある不快な声が聞こえてきた。

 振り返ってみると、嫌な笑みを浮かべたセレスティア様がそこにいた。


「セレスティアさんこそ、私の交友関係に口を出さないで頂けませんか? はっきり言って、邪魔ですわ」


 庇ってくれるのは嬉しいけど、言い過ぎじゃないかしら?


「そんなに大事なのね、お友達のこと。でも、無駄よ。

 アリスさん、その女を放置してると殿下を取られるわよ? 早く消した方が身のためよ?」


 何が目的なの?

 そもそも何を言っているの?


 セレスティア様、気でも狂ったのかしら?

 目的が全く読めない。


「セレスティア嬢、私はアリス以外を愛することはない。交友関係に口出しするつもりも無い。

 私の方針に文句でもあるのか?」

「いえ、そうではありませんわ。アリスさん、本心を言ってくださるかしら?」


 苛立ちを隠そうともしない殿下を全く気にせずに言葉を続けるセレスティア様。

 ついに殿下が立ち上がり、息を吸った時だった。


「私達から離れて」


 アリスの口からそんな言葉が飛び出してきた。

 私は耳を疑った。


 でも、殿下も驚いているから、聞き間違いというわけでは無さそうね。


「え……?」

「ごめん、私達の前にもう姿を見せないで。レオンを奪おうだなんて、絶対に許さないから」

「分かったわ」


 声はアリスのものだけれど、その気がした。


 一体なにがあったというの?



 私の疑問に答えてくれそうな人はアリスしかいないのだけれど、そのアリスが私を拒絶している。


 今の私は……孤独になったのね。

 そんなの、絶対に受け入れられないわ。

 

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