169 vs審判Ⅳ『私から見た私は生きていて、君から見た私は死んでいる』




 メアリーは鎌を握ったまま、階段で上層階へと向かう。


 漂う空気は、強いて言うのなら『タワー』と戦ったときに似ていた。


 もっとも、それよりずっと湿っぽく、重苦しい感覚があるが。


 かすかに香る血の香りも、そんな雰囲気を引き立たせる。


 殺気なのか、歓迎されているのかわからない淀み――そこに何よりもユーリィらしさを感じた。


 彼女は底しれぬ相手だ。


 だがメアリーからすると、ユーリィの相手というのは相対的に・・・・気は楽だ。


 気兼ねなく殺せるから。


 誰かが介入して、邪魔をすることもないから。


 カラリアを殺したあの女を、好きなだけ痛めつけることができる。




「ユーリィ、どこですかー? 出てきてください、早く殺し合いましょうよ!」




 引きずった鎌でガリガリと階段に傷を刻みながら、上を目指すメアリー。


 呼びかけた声が、誰もいないビルに反響する。


 すると、上の階の踊り場に人影を発見した。


 外見以上に、纏う雰囲気がカラリアに似た、ユーリィではない女性――




「ユスティアさんって、そんな見た目だったんですね」




 カラリアから話は聞いていたが、実際に対面するのは初めてだ。


 無表情のユスティアはメアリーに手のひらを向けると、光の帯を放った。


 あまりの早さに回避できず、メアリーの頭が、上から半分蒸発する。


 彼女は視界が塞がれたその状態のまま飛び上がると、ユスティアに斬りかかった。




「魔術評価30万――どうりで、カラリアさんも歯が立たないはずです」




 すれ違いざまの一振りで、彼女は細切れになった。


 肉片は溶けて床に沈んでいく。


 同時にメアリーの頭部も再生していった。


 そして彼女が復活した視覚で最初に見たのは、壁に花の蕾のような肉塊が、いくつも付着した光景。


 それはぶしゅっと血を撒き散らしながら咲いて、中からユスティアが吐き出された。


 それら全ての“個体”が、魔術評価30万という数値を叩き出しているのだ。


 こんな物体・・を何体も、何十体も同時に操れるのだから、天使の力すら得ていないカラリアやディジーが勝てるはずもなかった。


 彼女たちは糸で操られた人形のように立ち上がると、手のひらをメアリーに向ける。


 再び光が放たれる。


 またたく間に視界は白に包まれ、熱がメアリーの体を、周囲の地形もろとも溶かし尽くす。


 その熱気は、放ったユスティア自身の体を焼くほどである。


 光が消えると、そこに残っていたのは、半分ほど溶けてしまい、いびつな形になった階段の残骸と、黒焦げになったメアリー。


 直前で『女教皇ハイプリーステス』の障壁を作り防御は試みたようだが、それでもカラリアと同程度の被害を受けている。


 そこに上から降りてきたユーリィが現れた。




「ふふふ」




 彼女は笑いながら右腕を変形させる。


 ボコボコと泡立ちながら肥大化する腕。


 皮は弾け、内側から現れた赤い肉がなおも膨らみ続ける。


 そして手のひらで人を握りつぶせるほどの大きさまで成長すると、メアリーに接近した。


 すると、そんなメアリーの体を引き裂いて、内側から骨の腕が現れた。




「まるで孵化じゃないか」




 ユーリィは興味深そうに目を見開くも、逆に自分がメアリーの腕に掴まれてしまった。


 そのまま力任せに振り回し、壁に叩きつける。


 右の壁にぶつけた反動を利用して左へ。


 最初こそ骨の折れる音が聞こえていたが、やがて少しずつ水っぽい音になり、あたりを血で汚した。


 その最中にメアリーの再生は完了する。


 立ち上がった彼女は、肉塊となったユーリィを見て一言、「汚らしい」とつぶやくと、『節制テンパランス』の炎で焼いて灰に変えた。


 灰色の粉になって散らばるユーリィ。




「怖い子になったね、メアリー王女は」




 すると、上の階から新たなユーリィが降りてきた。


 メアリーは彼女に向けて言い放つ。




「ユスティアを生み出すことを禁じる」




 『節制』がユーリィの能力を縛る。


 ユスティアの生成を完全に封じられたわけではない。


 だがそれを行おうとすると、急に魔力の通りが悪くなる。


 不自由に感じた彼女は言った。




「やっぱり怖い子だ。けど、姉さんを産めないぐらいなら死んだほうがマシだな」




 両手で左右から頭を挟むユーリィ。


 彼女はそのまま自分の頭部を潰した。


 ばちゃっ、と水を注いだ風船が割れるような音。


 そして再度、上の階から次のユーリィが降りてくる。


 無言で飛び上がり、斬りつけるメアリー。


 そんな彼女の頭上から、今度は無数のユスティアが降ってきた。


 天井を見上げると、そこにはびっしりと肉の蕾がへばりついており、絶え間なく新たな肉体を生み続けている。


 そうして落ちてきた彼女たちは、さながら空爆のように体内で光を炸裂させた。




「姉さんを花火にするの、夢だったんだ――」




 その光はユーリィまでもを巻き込み、再び周囲の全てを焼き払い、溶かし尽くす。


 だがすでに、そこにメアリーの姿はない。


 光に巻き込まれる前に、『魔術師マジシャン』の転移能力で上の階へと移動したのだ。


 メアリーはひとまず、ミティスがいるはずの最上階への接近を目標に設定する。


 その間、何度もユーリィが立ちはだかった。


 ユスティアが光でメアリーを焼いた。


 だが焼かれたところで、所詮は肉体が傷つくだけにすぎない。


 そんなものはいくらでも再生する。


 何なら今のメアリーには人の肉体すら必要ない。


 骨を使えば自由に移動できる、人間の両足よりも早いぐらいだ。


 だからメアリーは、時に蜘蛛のように、時に猿のように、時に人のように、時に鳥のように、障害物を乗り越えて上へ上へとのぼっていく。




(ユーリィはどこからでも出てきますね。おそらくこのビル全体に、根を張るように存在しているのでしょう。そして、ユーリィには“核”となる部分がない。天使よりも、より大胆に人の姿を捨てた怪物。『審判ジャッジメント』の特性はそこにあると言えるでしょう)




 彼女はもはや、骨に人の肉が付随しているだけ。


 だが思考は妙に冷静だった。


 体と心が切り離されたような気分。


 言い換えれば、世界で起きた出来事が、全て他人事であるかのような、そんな冷めた気分である。


 そうこうしているうちに、メアリーはユーリィの研究室があるフロアに到着する。


 カラリアが絶命した場所に近づく。


 そこにはユーリィが立っていた。


 立って、両手で顔を覆っている。


 目からはぼろぼろと涙、爪が突き刺さった肌からはどろどろと血が流れる。


 さっきまで笑っていたかと思えば、次の瞬間には泣いている。


 それとも、ここに到着するより前から、彼女はこの場所で、自らが殺したカラリアの死を嘆いていたのだろうか。


 どちらにせよ、メアリーから見たユーリィは、とことん理解し難い生き物だった。




「う、うぅっ、うあぁぁあ……どうしてなの、どうしてぇ……カラリアが、私の言うことを聞いてくれないからだよ。どうしてかなぁ、私はこんなにっ、こんなにっ、みんなを愛しているのにいぃぃいいいっ!」




 ユーリィの体が腐り落ちていく。


 そんな彼女を中心に、メアリーは魔力が広がるのを感じた。


 後ろに飛び退く。


 すると、先ほど立っていた場所の地面が変色し、朽ち果て崩れ落ちた。




「おおぉおおおぅっ、うわあぁぁぁあんっ!」


(あれが、ディジーの言っていた反理現象ですか。対処法さえわかれば大した事はありませんね)




 能力そのものは強力。


 範囲もそれなりに広く、範囲内に存在する生命を例外なく殺せるだけのスペックがある。


 だが離れてしまえば大したことはない。


 メアリーは腕を前に伸ばす。




死者百万人分のミリオンコープス埋葬砲ベリアルカノン




 メアリーの腕を吹き飛ばしながら放たれた砲弾は、ユーリィの反理現象――自己肯定コラプションの範囲内に入っても勢いが衰えない。


 確かに腐食はしているが、それ以上の威力があるのだ。




「カラリアぁっ、ごめん、ごめんよ。私が悪かったからぁ――あ」




 砲弾がユーリィの頭を吹き飛ばす。


 彼女の動きが止まり、肉体がどろりと溶けると同時に、反理現象も収まる。




「肉体を破壊したところで気休めにもなりません。さて、どうやって殺しましょうか」




 メアリーは立ち止まり、顎に手を当てた。


 背後からユスティアが生えてきたが、それは背中から伸ばした腕が握りつぶした。




「一箇所でも残っていると死なないようですし、攻撃の威力もなかなか侮れない」


「当たり前じゃないか。だって私はファミリーだから。姉さんと娘が一緒に戦ってくれてるんだから」




 今度は別の場所からユーリィが現れ、襲いかかってくる。


 鞭のように長く変形した腕を振りまわすと、メアリーの頭が右目を中心に四分の一ほどえぐられた。


 彼女の背中から腕が伸びる。


 ユーリィが叩き潰される。


 メアリーはそれら一連の流れを一切気にしていない様子で、思考を続ける。




「そしてあのユスティアさんの体、どうやら天使のような肉の粘土で作る人形と違い、きちんと・・・・人体のようですね。蘇生と呼ぶには中身が空っぽのようですが、彼女が『審判』と『正義ジャスティス』、二つのアルカナを得るに至ったのは、あの他者の肉体を生み出す能力が関係しているのでしょうか」


「姉さんの愛だよ」




 目の前に現れたユーリィが言った。


 メアリーの背中から伸びる腕がそれを叩き潰した。




「カラリアさんを取り込んだ・・・・・と言っていましたね。他人の死体を取り込んで、その複製品を生み出す能力、といったところでしょうか。ですがなぜか、カラリアさんを複製できずに嘆いている」




 新しく生えてきたユーリィが答える。




「嘆く? そう見える?」


「さっき泣いてたじゃないですか」




 メアリーは振り返ると、日常会話を交わすほどの軽さで言葉を交わす。




「あれはカラリアさんの死を悲しんでいたわけではないでしょう」


「さあ、私にもわからないかな」


「それに、カラリアさんの複製を作ることができるなら、とっくにあなたはそうしているはずです。認めたくありませんが、私の気分を害すのに有効ですからね」


「不可能なのは、彼女が私を愛していないからだよ」


「当たり前でしょう、あなたって頭が悪いんですか?」


「ありがとう」




 支離滅裂な反応を返す彼女を、メアリーは再び潰した。


 それとほぼ同時に、壁からユスティアが生まれる。


 即座に骨弾を飛ばすメアリー。


 ユスティアも光を放つ。


 弾丸と光束はすれ違い、互いの頭部を吹き飛ばした。




「うふふふふっ」




 メアリーは無性に楽しくなって笑う。




「ところで、死体って何なんでしょうね。死者って誰なんでしょう。私は生きているんでしょうか。あなたに取り込まれたユスティアが死んでいるというのなら、私も死んでいるとは言えないでしょうか」


「姉さんは生きているよ」


「それで生きている? 道具のように使い捨てられて? 死より悲惨じゃないですか」


「それを決めるのはメアリー王女じゃない」


「あなたでもない」


「姉さんは幸せって言ってるよ。わかる、私の全身に流れるエーテルが囁いてくれるから」


「そもそも、死とは何なんでしょう。死生観って、私も、あなたも、ミティスも、天使も、私も、みんな違うんです。何をもって“死んだ”と認識するのか、それが個々で違うから、私たちの話は平行線で――」




ユーリィ曰く、ユスティアもカラリアも死んでいないらしい。


けれど彼女自身も死んでいて、そして同時に彼女にとって血の繋がっていない相手の存在は無意味だ。


それはつまり死を意味する。


ミティス曰く、この世界の人間は生命ですらないらしい。


だから殺しても罪悪感を覚える必要はない。


生命の定義が違えば、他の価値観も全てがすれ違う。


何もかもが違う。


だから、交わす言葉も、相互理解も、ただただ無意味なのだ。




「わかってくれて嬉しいよメアリー王女。やっぱり姉さんは生きてるんだ、私の定義によればね」


「でも、私の中にいるフランシスお姉様は死んでいます。だから私の定義によれば、あなたのお姉さんはもう死んでるんですよ」


「いいや生きてる」


「死んでます」


「生きてるよ。ほら見て、これのどこが死んでるっていうんだい?」




 床から何人ものユスティアが生えてくる。


 彼女たちは全員が同じ笑顔を顔に貼り付け、笑みを浮かべていた。


 おそらくユーリィの記憶にある、もっとも印象に残っている表情なのだろう。




そうじゃない・・・・・・んですよ」


「現実を見なよメアリー王女」


「私が見る必要もないんです。大事なのは、リュノ・・・がどう定義したのか、なんですから――」




 メアリーは鎌を握り、両手に力を込めた。




喰葬鎌ベヒモスサイズ




 刃が裂け、変形する。


 鋭い牙が並ぶ口が生まれ、彼女はそれを振るった。


 斬撃と同時に、惨殺した相手を喰らう――ユスティアの体はぐちゃぐちゃに噛み砕かれ、メアリーの体内へと取り込まれていった。


 メアリーは連続してユスティアを斬りつけ、ひとり残らず喰らっていく。


 全てを喰らい終えると、鎌をくるりと回して柄頭で軽く床を叩く。




「ほら、やっぱり死んでましたね。つまりリュノの――『死神デス』定義によれば、そのユスティアさんは死体なんですよ」


「……姉さん?」




 ユーリィは自分の両手を見つめた。


 彼女は、何かを喪失した感覚を覚えていた。




「こと死者を操ることに関しては、『死神』のほうが専門・・ですから。あなたが能力の発動に死者を必要とするのなら、それを喰らうことができるのは当然でしょう」


「姉……さん。姉さん、どこ? 私の姉さんは、どこにいったの?」


「ここに」




 メアリーはユーリィに手のひらをかざす。




「ああ姉さん! 私を置いていかないで。もう、どこにも行かないで――」




 放たれた『正義』の光が、ユーリィの首を断った。




「ねえ、さん……」




 頭部が宙を舞い、彼女は悲壮な表情を浮かべる。


 生首が床に落ち、ごすっと鈍い音と共に僅かに跳ねた。


 そのとき、メアリーを囲むように、左右の壁と天井がぐにゃりと歪む。


 そこに赤く巨大なユーリィの顔が現れた。




『姉さあぁぁぁぁぁああんっ!』




 嘆きの悲鳴が響き渡る。


 顔は即座に腐敗をはじめ、その近くにいたメアリーをも巻き込んでいく。


 彼女は自らの肉体が腐っていくのを感じ、動かなくなった腕を捨て、新たにはやした骨の腕で鎌を握った。


 そして、半分以上が腐り落ちた顔で笑みを形作る。




「それもまた、死体でしょう?」




 そう言って、メアリーはユーリィの顔を鎌で喰らった。


 うるさいほどに轟いていた声が、ぴたりと止まる。


 すると前方にユーリィが現れ、呆然とした様子で言った。




「あ……心が、晴れていく……」




 ユーリィは『審判』というアルカナを手に入れ、なおかつ通常の能力と反理現象を同時に扱う奇妙な存在だった。


 首を吊ったことによる臨死体験、あるいは破綻した人格がその現象を引き起こしているのだろう。


 一般的に、反理現象を発動させれば、アルカナ使いの肉体はそう長くはもたない。


 しかしユーリィは、少なくとも一年以上は今の状態を維持しているのだ。


 狂っているから?


 壊れているから?


 否。 それを可能とするのは、『審判』の持つもう一つの能力、傀儡遊戯リインカーネーションだ。


 死者を“登録”し、その複製品を生み出す力。


 彼女はそこに、“死んだ自分自身”を登録した。


 そして複製し、それを量産することで、反理現象を常用していたのである。


 つまりそれは死体・・だ。


 メアリーなら喰らうことができる。


 今、この瞬間、自殺を選ぶほど自らを否定していたユーリィの人格は消え失せた。


 彼女に残っているのはもはや、“正位置”の『審判』のみであった。




「ノイズが消えていく……憎悪が鮮明になっていく」


「今まではそこまで深く知ろうとしませんでしたが――『死神』の定義する“死”は、どうやら私が思っているものと少し違うようですね」


「礼を言うよ、メアリー」


「謹んでお断りします」


「君は『死神』で私を殺そうとしたんだろう。けど、こうなった私は絶対に殺せない。よかった、この世界が滅びる最後の瞬間まで、見事に見届け続けることができそうだ」


「世界を滅ぼす、ですか。どうやら見たところ、大切な装置は壊れてしまっているようですが」


「ああ、真なるワールド・デストラクションなら、カラリアに壊されてしまったよ。私の自信作だったのにね。けれど安心してほしい、『世界』の計画には、最初から私なんて必要ない」


「どういうことです?」


「ミティスなら、単独で・・・この世界を壊せるからだよ」




 ユーリィはメアリーを挑発するわけでもなく、淡々と告げた。




「知っているかい? 『世界』のアルカナは、世界を作るために用意された管理システムなんだよ。それが世界を滅ぼすのに、どうして私が生み出した装置なんてものが必要なんだい?」




 つまり、ミティスは別に、“今”でなくとも、いつだってこの世を滅ぼせた。


 今になったのは、メアリーがステージ上で、もっとも無様に踊ってくれるタイミングを見定めるため。




「そしてお察しの通り、人も神も彼女には勝てない。今の彼女の魔術評価は、確か300万だったかな。あれもね、自由に変えられるそうだよ。当然だよね、管理システムなんだから」


「私が戦っても勝てない、と言いたいのですね」


「そんなことを言うつもりはない。君は勝ち負けに関係なく、彼女に挑むだろうから。ただ……問題としては、ミティスに挑もうにも、私に勝てる見込みすらないということかな」


「私が負けると言いたいのですか?」


「いいや、負けない。でも勝てない。ノイズが消えた今なら、私はこの自己否定エヴォルヴの能力をより精密に扱えるからね」




 メアリーは、このビルそのものを一瞬で消し飛ばせば勝てると考えた。


 だがそのためには、ミティスが邪魔だ。


 そして仮に、ユーリィとミティスを同時に相手にするようなことがあれば、万が一の勝利すら消えてしまうだろう。


 だからといって、半端な攻撃では、ユーリィの言う通り彼女を殺し切ることはできない。




「そんなもの、やってみなければわかりません」




 喰葬鎌で斬りかかるメアリー。


 鎌はユーリィの肉体を喰らう。


 しかしすぐさま彼女は復活し、メアリーの前に立ちはだかった。




「しかし、いざこうなってみると、虚しいものだね。晴れ渡る心は、影も浮き彫りにする。姉さんがもういない寂しさを、嫌というほど感じさせる」




 埋葬鎌ベリアルサイズで細切れにして、埋葬砲ベリアルカノンで吹き飛ばす。




「メアリー王女、君はどうやら私を嫌っているようだけど、実は私はそうでもないんだ。だって、同じ“姉を失った者”だからね」




 『戦車チャリオット』で吹き飛ばして、『運命の輪ホイールオブフォーチュン』でミンチにする。




「きっと君も、違う状況でフランシス王女を失っていたら、私のようになっていたと思うよ。だってメアリー王女も、私と同じように――」




 メアリーはありとあらゆる方法でユーリィを何十回と殺したが、戦況は膠着状態のまま変わらなかった。




「姉に抱かれたいと思っていただろう?」


「ええ、その通りです」




 否定はしない。


 肯定した上で、斬り殺す。


 死体は溶けて、すぐに次が生まれる。




「カラリアさんたちに出会わなかったら、私はあなたのようになっていたのかもしれません」


共感シンパシー、だね」


「だから何なんです?」




 メアリーは体だけでなく、ユーリィの言葉も切り捨てる。




「同じだから、私に裁く資格はないとか、そういう話でしょうか。でしたら無意味ですよ。私は、殺したくてここにいるだけですから」


「そう、私も滅ぼしたくてここにいるだけだよ。やっぱり同じだ。相互理解が進んだね」


「この問答に何の意味があるんでしょうか」


「私を殺せなくてイライラしてるメアリー王女への嫌がらせだよ」




 舌打ちをして、鎌を薙ぎ払うメアリー。




「そしてミティスも、あまり待たされると、飽きて世界を滅ぼし始めてしまうだろう」


「そんなもの――」


「タイムリミットまで私と無益な戦いを続けるか、それともミティスと私を一緒に相手にするか。二つに一つ。選ぶんだ、メアリー王女」


「どちらも選ぶつもりはありませんッ!」




 ユーリィはうんざりするほどに無傷。


 いくらメアリーでも、『彼女の言うとおりだ』と納得するしか無いような状況だった。


 殺そうとするだけ無駄、放置して次に進め――そんな明らかに信じられない誘いに、乗ってしまいそうになるほどに。


 しかし、彼女はユーリィを斬り続けた。


 いくら嘲笑されても、無駄だと言われても。


 殺すたびに膨らむ違和感、その答えを探すために。



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