137 共闘

 



 無理な砲撃の反動で、戦車の砲撃は吹き飛んだ。


 だがそれは、同時に威力の証明でもある。


 ヘンリーは剣兵で防御しようとしたが、すぐにこの剣では防ぎきれないと諦め、初めて回避行動を取る。


 彼が飛び退いた直後、その足元に着弾して、エントランスは閃光に包まれた。


 耳がおかしくなりそうなほどの爆発音が鳴り響き、城全体が大きく揺れる。


 光と煙で視界が塞がれる中、ヘンリーは接近する気配を感じた。




「いくらやっても無駄だと言ったはずだァッ!」




 浮かんだ剣がその気配の主を断ち切る。


 しかし彼はすぐに気づいた。


 手応えが無い――と。


 それから僅かな時間差で、次の気配が迫る。




「余が斬ったのは死体か――!」




 囮の死体を盾にして、今度こそはと二人同時に斬りかかるメアリーとフィリアス。


 ヘンリーもただ見ているだけではない。


 あらかじめ呼び出していた弓兵が二人を狙う。


 加えて、生み出した剣兵が行く手を阻む。


 しかし不意打ちだからか、数は一体。


 フィリアスは振り下ろされた刃を見極め、経験と技でくぐり抜ける。


 メアリーは突き立てられた刃をあえて受け、強引に突破する。


 先に到達したのはフィリアスのほうだった。




「燃え尽きなさい、ヘンリーッ!」




 振るった剣が炎を放つ。


 ヘンリーは素手でそれを受け止めるも、炎は彼の体を包み込んだ。


 なおも火力は勢いを増し、天井を溶かし貫き空へと伸びる。




「王を呼び捨てとは偉くなったものだ。しかし、この程度の熱ではなぁッ!」




 確かに彼は燃えている。溶けている。


 しかしその瞬間に傷は癒え、再生していた。


 フィリアスの炎では、ヘンリーを焼き尽くすことはできない。


 だがメアリーがいる。


 なぜフィリアスがその炎でヘンリーを焼いたのか、彼ならば予測がついたはずだが――塞がれた視界、高揚する感情の中で、失念していたらしい。




「素敵な形の炎ですね」




 メアリーの手が伸びる。


 炎に触れる。


 瞬間、その温度は急激に上昇した。




「ぐああぁぁああッ! こ、これはッ――炎を塔と定義して――またしても『タワー』かッ!」


「追加で『パワー』もいきますッ!」




 さらに魔力が上乗せされ、ヘンリーの体を灰へと変える。


 その熱量は、近くにいるメアリーすら焼いてしまうほどで、危険を察知したフィリアスは一足先に離脱していた。


 無論、これは『塔』で制御されているのだから、メアリーが自傷する必要は本来ない。


 だが焼ければ焼けるほど、溶ければ溶けるほどに、『吊られた男ハングドマン』によって魔力が向上していくのだ。




「おぉおおおおッ、このままでは……このままではあぁぁっ!」


「さらに――『死神デス』の力も喰らいなさいッ!」




 至近距離で構えた鎌は、刃に炎を纏う。




死者万人分のミリアドコープスッ! 火葬鎌クリメイションサイズッ!」




 灼刃が、ヘンリーの体を真っ二つに斬り裂く。




「ぐおぉぉおおおおおッ!」




 ひときわ大きな苦悶の叫びが響いた。


 もがき苦しむヘンリーは、焼かれた脚に力が入らないのか、なおも身動きできずにいる。


 そこに、剣を持った兵士が現れる。


 彼を殴り飛ばし、炎の中から脱出させる。


 もちろんメアリーはそれを逃さない。


 炎に包まれもだえるヘンリーに、鎌で追撃を試みる。


 振り下ろした鎌。


 防ぐ剣兵。


 メアリーの背中を矢で貫く弓兵。


 痛みに歯を食いしばりながらも、傷をいとわずに、むしろそこから骨の腕を生やして、メアリーはヘンリーに掴みかかる。


 なおも妨害のために出現する兵士たち。


 ここでフィリアスが動く。


 メアリーを手助けすべく、兵士たちを撃退――は難しいため、炎で焼き払い少しでも動きを鈍らせる。


 フィリアスの介入により、メアリーを止めることは叶わず。




「これで終わりです、お父様!」




 メアリーの体から伸びたいくつかの骨の先端が、銃口に変わる。


 炎を纏い横たわるヘンリーに、骨弾の雨が降り注ぐ。




機葬銃ガトリングッ!」


「おごおぉおお……おぉぉおおおおおおおおッ!」




 そのとき、彼は咆哮した。


 およそ人のものとは思えない、荒々しい叫び。


 そしてメアリーと同じように、彼の焼けた体から、肉をむき出しにした巨大な腕が生えた。


 銃口を握りつぶす。


 さらにもう一本、腕が生える。


 拳を握り、メアリーに叩きつける。


 後ろに飛び回避。


 だが生じた風が、彼女の体を吹き飛ばした。




「づうぅっ、なんて力ッ! あれだけ燃やされて、まだ余力が残っているんですか!」




 驚き目を見開きながら、空中でバランスを取り、両足と片手で滑りながら着地。


 フィリアスもすかさずヘンリーから距離を取り、メアリーと並んだ。




「ちょっとちょっとぉ、すごい化物が生まれようとしてるんじゃなぁい?」


「……」


「王女様ぁ?」




 体を突き破り、その内側から現れる赤い怪物。


 まるで焼け焦げた体が繭のようにも見えた。


 それをメアリーは眉をひそめ、黙って見つめる。




「ちょぉっと気になることがあるんだけどぉ。もしかして王女様も同じこと考えてるぅ?」


「聞かせてください」


「ヘンリーの魔術評価、下がってなぁい? 私が前に見たのは数日前だから、詳しい数値までは覚えてないんだけどねぇ?」




 そう言われて、メアリーはヘンリーの魔術評価を見た。


 すると――確かに下がっていた。




「私が最初にみたときは、105625でした」


「ああ、それそれ。私も同じよぉ。でも今は――」


「99614」




 魔術評価というのは、基本的に魔術を使えば使うほどに成長していくものだ。


 ゆえに下がることは稀である。


 例えばアルカナの能力で上昇した状態だったのなら――話は別だが。




「もっと言えば、現在進行系で細かく変動してるわねぇ」


「動く度に、僅かな数値ですが目まぐるしく変わっていますね……何が影響してるんでしょうか」


「んー、距離? 場所?」




 ヘンリーが変態を終える前に答えを出してしまいたい。


 だが彼は順調に人型に――否、異形としての完成を迎えつつあった。


 ドゥーガンと比べればマシではあるが、腕は六本にまで増えている。


 筋骨隆々とした三メートルに迫ろうかという肉体は、どこかオックスを思い出させた。


 しかし感じる圧迫感は彼の比ではない。


 先ほどまでとは違う――“本体”から、強い力を感じる。




「できれば、もっとスマートに終わらせたかった。自分の肉体を変えたくなかったのだが」


「負け惜しみねぇ。死にそうだったから、慌てて姿を変えたんでしょう?」


「負け惜しみかどうかは――」




 ヘンリーが地面を蹴る。


 二人の視界から姿が消える。




「試せばわかる」




 気配は――背後にあった。




「はや――」




 フィリアスは反応できない。




「危ないっ!」




 メアリーはとっさに『女教皇ハイプリーステス』の力で障壁を作った。


 だがヘンリーの拳はそれを簡単に砕き、フィリアスを薙ぎ払う。


 彼女も反応し、剣で防御を試みたが、刃ごとへし折られ吹き飛ばされた。




「きゃあぁあっ! あうっ……ぐ……」




 壁に叩きつけられ、ぐったりと横たわるフィリアス。


 メアリーは一旦後ろに飛んで距離を取ると、鎌を手にヘンリーと睨み合った。




「今のは単純に、天使化した肉体の力を使っただけだ。そして――」




 彼が腕に力を込めると、手のひらから剣が吐き出された。


 使役する兵が使っていたものと形状は似ているが、サイズは大きく、装飾も豪華だ。


 さらに「ふッ」と息を吐き出し全身に力を入れると、体を包む鎧が浮かび上がってくる。


 黄金に宝石があしらわれた、いかにも王らしい外観だ。




「アルカナの力を我が肉体に集中させることで、このような芸当も可能となる」




 それこそが“理想の王”の姿とでも言うのだろうか。


 彼は満足げな表情を浮かべ、その場で剣を軽く振るう。


 ゴゥッ、と強烈な風がメアリーを襲った。



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