136 姫の流儀

 



 城外では、天使との激しい戦いが繰り広げられていた。


 消耗していく魔力と体。


 特に全力を出し続けたキューシーの疲れが大きく、半ばカラリアとアミに守られるような状態になっていた。




「情けないわね……この程度で、魔力を使い果たすなんて」


「キューシーは『女教皇ハイプリーステス』を倒したからいいのっ」


「無茶して死ななければそれでいい! お前が死ねばメアリーは泣くぞ!」


「わかってるわよ! いや、わかってるってのあれだけど……とにかく死ぬつもりはないわ!」




 一方で、フィリアスは三人から少し離れた場所で、剣を振るい続けている。




「仇は取るわぁ――せめて安からに眠りなさい」




 かつて部下だった化物を焼き殺すと、彼女はため息を付いた。


 思わずうつむきそうになった彼女は、片手でぺちんと頬を叩いて顔をあげる。


 そして視線を移すと――無謀にも天使と戦う王国軍のほうを見た。


 訓練で使う予定だった大型戦車で奮戦しているが、主砲が拠点破壊に使われる代物だ、天使に当たるはずもない。


 すでに数台がスクラップに変えられており、脱出しそこねた兵士の血がところどころに付着していた。




「……落ち込むのは部下のことだけにしときなさぁい、フィリアス」




 フィリアスは自らにそう言い聞かせると、手にした剣の柄を握る力を強める。


 人は気持ちが落ち込むと、些細な出来事でも傷ついてしまうものだ。


 しかし、近衛騎士の一件だけでも十分に心の重しになっている。


 やはりこの手で王を殺さなければ――おそらく、フィリアスの腹に渦巻くどす黒い感情が晴らされることはないだろう。




「もう少し――天使が減ってくれればいいんだけどぉっ」




 足元を狙った魔術を避け、新たな天使を見据えるフィリアス。




 そんな彼女から少し離れた場所では、辛うじて無事だった戦車が、天使に取り囲まれつつあった。


 搭載された機関銃で応戦はしているものの、あの程度の実弾ではまともにダメージを与えることはできない。




「うわぁぁぁぁあああああッ!」




 内部で錯乱する兵士の叫び声が、わずかに外に響く。


 彼らの奮戦も虚しく、天使たちは各々が異なる属性の魔術を発動させ、放った。


 命中すれば、戦車の分厚い装甲もたやすく貫くだろう。


 そのとき、真横の建物の屋上から飛び出してきた影があった。


 バイクに乗ったメアリーだ。




「邪魔です、散りなさいッ!」




 彼女は空中で複数のガトリングを放つと、天使の魔術を撃ち落とす。


 そしてバイクを解体、戦車の上に着地した。


 城に入ったはずのメアリーが戻ってきている――フィリアスやカラリアたちも、すぐにそれに気づいた。


 そして、メアリー共々、彼女に狙いを変えた天使たちへ一斉に攻撃を仕掛ける。


 撃ち落とされる化物たち。


 わずかな時間とはいえ、安全が確保できたところで、メアリーは戦車のハッチを力ずくで開いた。




「ひぃっ、し、死にたくないぃいいいっ!」




 兵士はメアリーを見た途端、錯乱してハンドガンを発砲する。


 彼女はそれを避けもせず、体で受け止めながら優しい声で告げた。




「安心してください、敵ではありません。この戦車を使いたいので、脱出してもらえますか?」


「メ、メアリー様っ!? も、も、申し訳ございません! なんということを……!」


「仕方のないことです。それより早く! 次の天使が来てしまいます」


「は、はいッ!」




 メアリー自身が手を貸して、兵士たちを戦車から引っ張り出す。


 そして彼らは一目散に、城門へ向かって駆けていった。


 兵士たちが安全に逃げたことを確かめると、メアリーは戦車に手を当てる。


 そこに、フィリアスが近づいてきた。


 彼女は飛び上がると、メアリーの隣に立つ。




「面白いことを考えてるみたいじゃなぁい?」


「せっかく『戦車チャリオット』のアルカナがあるんですから。戦車に使うべきだと思いまして」


「そのために退いてきたってことは、ヘンリーは強かったのね」


「それはもう」


「相席してもいいかしら?」


「天使の相手は――」


「余裕ないわね。でもそっちだって、でしょう?」




 メアリーは戦車に魔力を通しながら考え込んだ。


 果たしてあのまま一人でヘンリーに勝てるのか――かなり難しいと言わざるを得ないだろう。




「それに、あの子たちは王女様に託しても問題ないけどぉ、私はそこまで王女様の仲間ってわけじゃないのよねぇ」


「……わかりました。軍も囮になってくれています、その間に一気に決めましょう」


「それで、この戦車でどうするのぉ?」


「お父様の能力は、剣と弓を操る無数の兵士を生み出すことです。狭い場所だと戦いにくく、相手も動きそうになかったので――」




 戦車のキャラピラが動き出す。


 本来のスペックならば、出せてもせいぜい時速四十キロメートル程度が限界。




「城ごと破壊します」




 しかし今の状態ならば、ゆうに時速百キロメートルは超える。


 そう、つまり戦車自体が砲弾と化したようなものだ。


 急加速の拍子にバランスを崩したフィリアスは、メアリーにならい、車体を掴む。


 キャタピラは石畳を砕き、粉塵を巻き上げながら城に突進していく。


 風に二人の髪が舞う。


 戦車はカラリアやアミ、キューシーたちの前を通り抜け、城門に迫る。




「このままぶつけるのね!?」


「いえ、最初の門は――主砲で破壊しますッ!」




 メアリーの声に合わせ、主砲が火を吹く。


 実弾に魔力が加わり、破壊力が何倍にも増したそれは、着弾と同時に大爆発を起こし城の入り口を吹き飛ばす。


 そして強引に開いた入り口に、なおも加速し続ける戦車が突入した。


 煙を抜け、視界が晴れると――ヘンリーは、玉座の間の入り口前に立っている。




(表に出てきた……?)




 あれほど余裕を見せることにこだわっていたというのに。


 メアリーとフィリアスは目で合図を送ると、同時に戦車の上から飛び降りた。


 次の瞬間、ヘンリーの能力が放った無数の矢が車体を貫く。


 それでも勢いは止まらず。


 彼は手を前に突き出すと、メアリーの砲撃に対してそうしたように、巨大な戦車を片手で止めた。


 その衝撃でゴォッ、と強い風が巻き起こる。


 流れに逆らうように、メアリーとフィリアスは両側から、同時にヘンリーに斬りかかった。


 それを、またしても浮かび上がった剣が受け止める。




「二人に増えたところでなあ!」




 弓矢が二人の頭部を狙い放たれた。


 後退し避ける。


 ヘンリーはすぐに大量の弓を浮かべ、矢を連発してメアリーたちを追った。


 弓の数は、先ほどメアリーがやられかけた時と同等。


 しかし、今は二人だ。


 その分だけ矢は分散する。


 さらに玉座の間ではなくエントランスに出てきたことで、回避にも余裕が出てくる。




「頑丈そうな柱が一発でこうなるなんて。見た目の割に恐ろしいのね」


「フィリアス……まさか生き汚さだけは誰にも負けないお前が、余に挑んでくるとはな」


「人並み以下でも感情はあんのよ、私にもね。部下をやられて一発も殴らずに死なれるわけにはいかないのよぉ!」


「ただのアルカナ使いの分際で。余の『世界ワールド』に指一本触れられると思うな!」




 フィリアスの周囲に、突如として剣が浮かぶ。


 一方でメアリーに対する攻め手は緩み、数発の矢が連続して狙ってくるのみ。


 彼女は走りながら腕をフィリアスに向け、骨の砲弾を放つ。


 砲弾は剣に命中。


 取り囲む刃に抜け道を見つけたフィリアスは、するりとそこから抜け出してヘンリーに迫った。




「焼け焦げなさい、クソ国王ォッ!」




 矢を避け飛び上がると、火力を増した炎の剣を振り下ろす。




「『節制テンパランス』の能力が使えぬお前ではなあ!」




 ヘンリーはそれを素手で受け止め、フィリアスごと放り投げた。




「くうぅぅ……ッ!」


「種が明かされてしまえば、ただの上等な魔術師だな」




 壁に叩きつけられ苦しむフィリアス。


 それを見下すヘンリー。




(使えない……? お父様には通用しないの?)




 フィリアスは前にも気になることを言っていたが――『節制』の発動には何らかの特殊な条件が必要なようだ。


 だが、今はそれを考える必要はない。


 倒れた彼女にヘンリーが弓を向ける。


 どうやら彼は、先にフィリアスのほうから仕留めるつもりのようだ。


 そうしている間にメアリーは戦車に触れると、『戦車』、そして『パワー』の能力を発動させた。


 砲塔が急速に回転し、砲口を敵に向ける。




「死ね、恩知らずの女狐が!」


「そうはさせませんッ!」




 主砲がまばゆい光を放ち、ヘンリーに砲撃をお見舞いした。



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