127 敗者の戦争

 



 王都へと侵入する隠し通路は、王都北東側の城壁付近にあった。


 フィリアスに案内され、そこまで到着すると、壁にもたれる男の姿を見つける。




「来ると思っていたぞ」




 クライヴはメアリーを見つけると、渋い表情でそう言った。




「クライヴさん、待っててくれたんですか」


「ここにいなければ、本人たちに文句の一つも言えそうにないからな」




 そう言って彼はメアリーに歩み寄り、眉間にしわを寄せながら顔を近づける。


 唇を警戒してか、キューシー、アミ、カラリアの三人がぴくりと反応した。




「ピューパの件といい、よくもここまで状況を混乱させられたものだな」


「私が望んだわけではありません」


「口ではどうとでも言える。謝罪の一言ぐらいは――」




 今にも胸ぐらを掴みそうなクライヴ。


 だが、メアリーたちをピューパに誘導したのは彼自身だ。


 文句を言われる筋合いはない――と言わんばかりに、彼女も睨み返す。




「はいはい、そこまでよ」




 すると間にフィリアスが入り込み、それを止める。




「チッ、お前も同罪だからな」


「私たちのせいにされたって困るわぁ」


「そうだそうだー! こっちだってこんな風になると思ってなかったんだからーっ」




 アミが気の抜けた抗議をすると、クライヴも毒気を抜かれたようだ。


 彼は「ふん」と鼻で笑うとメアリーから距離をとった。




「いけすかない奴らだ。進むぞ、ついてこい」




 クライヴは足元の土を払う。


 すると、そこにわずかに取手らしきものが現れた。


 彼はそれを力づくで引き上げ、蓋を開く。


 奥には、地下に続くいびつな階段が続いていた。


 その向こうにあるものは、まるで奈落へいざなうかのような暗闇。


 エドワードが中を覗き込み、ごくりと喉を鳴らす。




「ぼ、僕は正門に向かったほうがいいんじゃないか?」


「戦いが始まる前じゃあ、王子様程度の求心力でも避難の邪魔になるのよぉ」


「程度とは何だ程度とは」


「それが現実よ。さあ、ビビってないで行くわよぉ」




 首根っこを掴まれ、先頭を歩かされるエドワード。


 メアリーたちも二人の後に続く。


 階段を降り切ると、そこからは天井が低めの、壁に設置されたランタンで薄っすらと照らされた長い通路になっている。


 壁はむき出しの土の色。


 地面も、お世辞にも歩きやすいとは言えないでこぼこ道だ。




「大した隠し通路だな。軍も存在に気づいていなかったんだろう?」




 カラリアは壁に触れながら、しみじみと言った。




「平時に使われていたら、容易に王都を混乱に陥れることができたでしょうね」


「キャプティスの場合はマジョラームうちの会社が力を持っていたから作れたけど、ここもピューパの力を借りたのかしら」




 キューシーの言葉に、クライヴが反応する。




「俺たちが自力で掘った。昔の水路を再利用した形にはなるがな」




 最初こそ未舗装だった道は、やがて石造りに変わっていく。


 ここからが、昔の水路ということだろうか。




「では、ピューパにすら存在を知らせていないんですか?」


「ああ。なぜそう思った?」


「彼らを信用してはいないと言っていましたから」


「その割に私たちをユーリィの元に導きましたわね」




 キューシーの嫌味に、クライヴはわずかに顔をしかめる。




「……この道も、最終的に王城の地下まで伸ばす予定だったんだが」




 玉座の真下で爆弾でも使えば、それだけで暗殺成功だ。


 もっとも、王城には地下があるため、そこよりさらに下に進む必要がある。




「真下だなんて、すぐにセキュリティに引っかかるわよぉ」


「ああ、だから頓挫した。それでも、軍に気づかれずに出入りするには便利な通路だがな」




 ピューパにも知らせていないということは、銃器の取引を行ったのはまた別の場所なのだろう。


 本当の意味で、解放戦線の面々しか知らない隠し通路――今回のみならず、いざというときにも使えそうだ。


 通路の最奥まで到着すると、横に再び階段が現れた。


 そこを登り、引き戸を開くと――




「出た先は何の変哲もない倉庫、ですか」




 入り口は、面から見ると棚にカムフラージュされていた。


 クライヴは全員が倉庫に出たことを確かめると、それを元の場所に戻す。




「そこの扉を出れば、すぐに外だ。表に出れば捕捉される可能性が高い。準備はいいか?」


「クライヴさんはどうするんです?」


「戦いたいところだが、足手まといだろうからな。団員と合流して避難誘導を手伝う」


「だったらエドワードも連れてってもらったらいいんじゃないかな?」




 悪気なくアミは言った。


 エドワードの頬が引きつる。




「よ、呼び捨て……アミとかいうの、お前はただの平民だと聞いたが」


「お姉ちゃんと私は姉妹。つまりエドワードは私の義理のお兄さん。呼び捨てでもよくないかな?」


「どういう意味だメアリーッ!」




 彼は思わずメアリーの肩に掴みかかった。


 取り乱すのも仕方のないことである。


 しかしメアリーは、その腕をそっと両手で引き剥がす。




「説明してる時間はありません。クライヴさん、お兄様も避難を手伝いたいそうです。同行をお願いします」


「腑抜け王子の子守か」


「何だとォ!?」


「こらこら、噛みつかないの王子様。それじゃあよろしく頼むわぁ、できるだけ彼の好感度があがるような形でね」




 フィリアスにもそう言われると、もうエドワードに逆らうことができない。


 だがそれが、頼まれたクライヴの機嫌を損ねてしまったようだ。


 彼は舌打ちをすると悪態をついた。




「チッ、利用されるのは腹立たしいが、今だけは飲んでやろう。いくぞ、腑抜け」


「せめて王子は付けてくれないか!」


「腑抜け王子」


「だからそれはやめろ言っているだろう!」


「わがままな王子め……」




 ボリュームは控えめながら、思わず声を荒らげるエドワード。


 彼はクライヴと共に、扉から外に出た。


 メアリーたちも続く。


 王都の石畳を踏んだメアリーは、空を見上げた。




「夜明けは近いようですね」




 一方で、真っ先に王城のほうを見たアミが指をさす。




「お城の前に、おっきい柱が立ってるよ。あんなのあったっけ?」




 他の面々も視線をそちらに向けた。


 王城の入り口を挟むように、左右に城と同程度の高さの柱がそびえ立っている。




「『女教皇ハイプリーステス』の能力みたいね」


「出し惜しみは無しということか。見ろ……鳥が城に近づいているぞ」




 夜明けと共に目を覚ました鳥が、無邪気に鳴きながら城に近づく。


 そして――パチッ、とわずかに弾けるような音がして、バラバラになり墜ちていった。




「しっかり王城は守られてるみたいねえ」


「ですが柱と柱の間は問題なく通れるようです」




 今度は別の鳥が、柱の間を抜けようとしている。


 先ほどとは違い、普通に通り過ぎたかと思われたが――次の瞬間、何もない空間が裂け、黒い丸が空中に現れる。


 そこから巨大な腕が現れると、鳥を容赦なく握りつぶした。




「まあ、わざわざ安全な抜け道なんて用意しないわよねー」




 うんざりした様子でキューシーが言う。




「『女教皇』の能力が見えてきたな」


「そ、そうなの? お姉ちゃんもわかった?」


「二本の柱が発する結界で王城を囲っている。あえて隙間を開き、その強度を高めているんでしょう」


「そして制約により開いた隙間は、あの巨人が守るというわけね」




 裂け目はさらに大きくなり、全身が現世に顕現する。


 形状は男性人型。


 色は白。


 背の高さは柱よりもさらに上。


 体つきは筋肉質で、肩幅も広い。


 服は袈裟のようなものを纏っており、どことなく、宗教と繋がりのありそうな衣服だとメアリーは感じた。


 総じて――巨大な石像が動いている、という雰囲気の外見である。


 彼は柱の前に立ちふさがると、両腕を組んで仁王立ちした。




「相手があいつだけなら、戦いようもあるんだけどねぇ」


「足音が聞こえるな、場所を変えるか」




 カラリアの先導で、近くの高い建物に移動する一行。


 五人はそこから、王城の前を、王都正門まで貫く大通りを見下ろした。


 その一箇所に、兵士たちが固まって待機している。




「あの兵士たちが、全員天使なんだよね」


「おそらくは、ですが」


「誰もいない大通りに彼らだけ突っ立ってるわ。不気味な光景ね」




 巨人出現の影響で、ちらほらと悲鳴のような声は聞こえてくるが――少なくとも、大通り周辺の避難は完了しているようで、兵士以外の人影は見えない。


 あるいは、近づいた時点で殺されているのかもしれない。




「陽が見えてきました」




 地平線の向こうから顔を出す、夜明けを告げる光。




「見ろ、兵士たちが苦しみだしたぞ」




 背筋をピンと伸ばして立っていた兵士たちが、一様に体をよじらせる。


 離れたメアリーたちの場所まで、うめき声が聞こえてきた。


 纏う鎧が、内側からボコボコと変形する。


 血が舞い上がる。


 皮膚が破れ、むき出しになった肉が変形する。


 まるで脱皮でもするように――兵士たちは、新たな命へと生まれ変わっていく。


 彼らのメタモルフォーゼが完了すると、王城のバルコニーに人影が現れた。




「お父様――」




 遠く離れていても見間違うはずがない。


 それはヘンリー・プルシェリマ――メアリーが今から殺すべき相手、その張本人であった。


 彼はその場で口を開き、何かを語る。


 無論、魔術も使わずに、その声がメアリーたちまで届くことはない。


 周囲にはスピーカーも見当たらない。


 だがヘンリーは、その代わりにあるものを用意していた。




『聞こえるか、メアリー。ついにこの虚しい戦いに終止符を打つ時がやってきた!』




 幾重にも重なって、ヘンリーの声が王都に響き渡る。


 それは大通りに並ぶ天使たちの喉だった。


 彼らは口の動きまで完全にトレースして、王の言葉を薄紫の空に轟かせる。




『娘殺しの王が勝つのか、はたまた親殺しの王女が勝つのか。どちらが勝とうが待つのは地獄だ。さあ存分に苦しもうではないか。罪を背負ったこの醜き魂で、痛みに喘ごうではないか!』




 もはやそれがヘンリー自身の言葉ではないことを隠しもしない。


 彼を、あるいはメアリーを苦しめるための戦いだと、彼は高らかに宣言する。




『余は今ここに、開戦を宣言する!』




 そして――天使たちの背中から肉の翼が花開き、一斉に空を舞った。



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