119 合流

 



 王国軍の大規模訓練は、観光客の他、多くのメディア記者も押しかける一大イベントだ。


 兵士の練度を示すのみならず、新兵器のお披露目も兼ねており、基地での訓練では扱えないような魔導兵器を使用するのも醍醐味の一つだ。


 準備そのものは数ヶ月前から始まっており、メアリーたちが訪れた頃には、仮設基地とでも呼ぶべき会場はほぼ完成していた。


 もっとも、普段なら本番に向けてリハーサルを兼ねた訓練が行われている頃だが、そんな様子はない。


 兵士は誰もが浮かない顔をしており、視線も下を向いていた。




 メアリーたちの来訪は、そんな兵士たちにとって、久しく感じていなかった “明るい刺激”だったに違いない。


 メアリーとキューシーはすぐさま責任者の元へと案内された。


 待っていたのは副将軍。


 将軍であるオックスが軍の象徴だというのなら、彼こそが実質的なトップと言えるだろう。




 メアリーは、現在王国で起きていることや、ヘンリーがアルカナに操られていること、そして王都で虐殺が行われる可能性について話した。


 信じて貰えるかは五分五分――メアリーはそう思っていたが、想像以上にあっさりと副将軍は信じてくれた。


 どうやら、ヘンリーを近くで見てきた彼は、今の王が抱く狂気を感じ取っていたらしい。


 虐殺すら起こしかねない。


 むしろ、企てているほうが納得できる。


 それほどまでに、ヘンリーはすでに兵士たちからの信頼を失っているのだ。




 思えば、メアリーは彼らと違い、長いことヘンリーとまともに会話していない。


 彼がどうおかしくなったのかも、情報の大半が伝聞によるものだ。


 だから、いざ直接の戦いになって、顔を合わせたとき、何を言われるのか――少し怖くもあった。


 こんな状況になっても、父親は父親だ。


 操られているとわかった今、多少の情だってある。


 願わくば、ただただ殺し合うだけの再会であってほしいものだが――




 結局、副将軍との話し合いの末に、まずは少数の部隊を王都に向かわせることに決まった。


 大規模にやって、ヘンリーに気づかれるようなことがあっては、より混乱を広めるだけだからだ。


 避難先の準備もある。


 幸い、設営中の会場を転用することで、数千人は収容が可能らしい。


 しかし王都全体――数万人ともなると、場所や食料の問題が出てくる。


 時間もあまり無い。


 ひとまず副将軍は、すぐに精鋭を集め、数十人単位での避難誘導を行うよう指示を出した。




 必要最小限の話を終えると、メアリーたちは惜しまれつつも、その場を後にした。


 帰り際、通信端末を渡される。


 軍で使用しているもので、傍受される可能性は限りなく低いそうだ。


 メアリーはそれをありがたく受け取ると、ミーティスに向かってバイクを走らせた。




 ◇◇◇




 メアリーとキューシーが村に戻る頃、空は茜色に染まっていた。


 バイクを宿の前に停め、能力を解除する。




「暗くなる前に戻ってこれてよかったです」


「やっぱり、それなりに時間はかかるわね」


「かなりうまくやったほうだと思いますよ」


「そうね、軍人さんが思ったより話のわかる人で助かったわ」




 言葉を交わしながら、宿に入る。


 アミとカラリアの待つ部屋に入ると、意外な人物と目が合った。




「え……フィリアスさんに、お兄様っ!?」


「やっと戻ってきたのか……」


「こんばんはぁ」




 二人はかなり疲弊した様子だった。


 だが、その場にいるアミとカラリアも、困惑が隠しきれていない。


 一応、説明を求めるようにカラリアに視線を向けるメアリー。


 彼女は難しい顔をして口を開いた。




「一時間ほど前に、急に二人がこの宿を訪れたんだ」


「すっごい汗だったよね。王子様なのに、フィリアスしか連れてきてないし」


「急ぎ――というより急かされたんだ」


「仕方ないわよお。あんな場所、一刻も早く出ないと死んじゃうところだったわぁ」


「一体、何があったんです?」




 フィリアスとエドワードは、計画的に王都を出たわけではないのは間違いない。


 慎重なフィリアスが、大胆に動かねばならない何かが起きたのだ。




「陛下に追い出されたのよ。虐殺の準備があるから邪魔だって言ってね」


「お父様が……本当にそんなことを!?」


「僕だって信じられないさ。でも、フィリアスがあれだけ焦って逃げ出すって言うんだ。信じないわけにもいかないだろう」




 エドワードも、フィリアスの慎重さに関しては信頼しているようだ。


 だからこそ事態の深刻さが伺える。


 彼は俯き、さらに言葉を続ける。




「本当はお母様も連れ出したかった……」


「仕方ないわぁ、余裕がなかったのよ」




 まだエドワードには、キャサリンがアルカナ使いだとは伝えていない。


 今後も、ヘンリーとの戦いが終わるまで知らせることは無いだろう。




「ところでメアリー王女」




 あまりキャサリンの話題を続けたくなかったのか、フィリアスは露骨に話題を変えた。




「陛下が『気づかれたから隠す必要もなくなった』みたいなこと言ってたんだけど、心当たりある?」


「あります、けど……それって、私たちの間だけで話したことですよ?」


「そこに突っ込んでも仕方ないわ。いつものことじゃない」




 キューシーは慣れた様子で言った。


 あまり慣れたくはないものだが――これでもう何度目か。




「それはそうですけど……」




 今までは、ノーテッドを経由して情報が漏れていると思っていた。


 しかしそれ以外にも、『世界ワールド』は盗み聞きする手段を持っているらしい。




「それってつまり、お姉ちゃんたちが考えてたこと、当たってたってことだよね」


「ミティスは、リュノへの個人的感情で動いている……全ては私たちに復讐するために。お父様は、すぐに虐殺を始めるつもりなんですか?」


「二日後って言ってたわ、準備もあるからって。わざわざ猶予をくれたんだもの、その間に、できるだけ被害を抑えられるよう頑張れってことでしょうね」


「明後日……すぐ軍に連絡しないと。様子見などしている場合ではありません!」


「わたくしがやっておくわ、メアリーは彼女から話を聞いておいて」


「ありがとうございます、お願いします」




 キューシーは、メアリーから軍から預かった端末を受け取ると、部屋を出た。


 その間、エドワードはずっと頭を抱えたままだ。




「僕にはわけがわからない。一体、何が起きているんだ……」




 フィリアスに連れられ逃げ出してきたものの、まだ頭の中が整理できていない様子である。


 とはいえ、彼とて、ヘンリーたちと共にキャプティスまでやってきた身だ。


 そろそろ、今が普通ではないことを受け入れてほしいものだが。




「私は理解はしてるけど、イライラするわねぇ。わざとらしく悪役を気取ったり、脚本家気取りで自分が全てを支配した気になってみたり」




 神だから、だろうか。


 やはりミティスは、この世界の命を、“作られたもの”としか見ていないようだ。




「……早く殺してあげるしかありません、お父様のためにも」


「私も協力するわぁ。あんな奴、生かしておいたら王家の権威が落ちぶれてしまうもの。王位継承のうまみが無くなったんじゃ意味ないものねぇ」


「こんなときにも自分の利益か、フィリアス!」


「いいかしら王子様、“大義”なんかのために動ける人間は、決まって狂人なの。自分のために動いたほうがモチベーションって上がるのよぉ? だから王子様も、この戦いに勝利したら自分が王になれる! って気持ちでやったほうがいいわぁ」


「できるものか! 実の父親なんだぞ!」


「メアリー王女はやるつもりみたいだけど?」


「メアリーは……その、違うだろう。色々と」


「……そうですね。お兄様と違って、私にはお姉様の敵討ちという動機がありますから」




 姉を失った――という部分に関しては、エドワードも同じはずだが。


 やはり幼少期から一緒に育ってきたか否か、その違いは大きい。


 彼とてショックを受けていないわけではない。


 しかし、それは心を砕かれ、人殺しすら厭わぬほど歪むほどではないのだ。




「その……仮に、僕に動機があって、やる気を出したとするだろう? それで、僕なんかに何かできることはあるのか?」


「あー、言われてみれば無いわね」


「だろう!?」


「でもポーズぐらいは取ってくれないとぉ、先日話したように、メアリー王女に王位を持っていかれちゃうわよ?」


「私はそんなもの必要ありません」


「その気がなくてもって話よ。今のところ、軍に指示を出したのも、陛下と戦おうとしているのもメアリー王女のほうだもの」


「ですが、父親を……国王を殺した人間を民衆が支持するなんてこと、本当にありえるんでしょうか」


「悪人の断罪って、いつの時代でも最高のエンターテイメントなの。命は大切とか言っときながら、そういうときになるとね、人間ってあっさりと殺人を肯定できちゃうもんなのよぉ」




 必要だから殺した。


 仕方のないことだった。


 そういう言い訳なら――メアリーにだって経験がある。




「嫌な話ですね」


「そうね、人殺しとして断罪してほしいのに、英雄扱いされるなんて、そっちのほうがよっぽど罰よねぇ。だからその苦しみの一部を、王子様に分けてほしいなと思って」


「僕はそんなもの必要ないぞ」


「王になるために痛みは必要なのよ」


「……それでお兄様が助かるのなら、いくらでもどうぞ」




 要するに、エピソードを盛るということだ。


 ヘンリーの殺害が成功したとき、エドワードが活躍したという逸話を付け足す。


 メアリーは英雄になりたいわけじゃない。


 だからすぐさま承諾した。


 もっとも、当のエドワードはあまりいい気分ではないようで、




「僕は……お父様を殺したいだなんて思ったことは……」




 俯き、拳を握る。


 それを見て、フィリアスは彼に見えない場所で、少し楽しそうに冷たく嗤った。



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