088 戦え僕らの無敵戦車

 



 火に包まれる小屋の中で、錯乱するオックスとクルス。


 しかし、彼らを殺すには、燃やすだけではまだ弱い。


 メアリーは『死神デス』を使い、骨で壁を作ることで、彼らの脱出を阻止する予定だったが――今、小屋を囲んでいるのは壁というよりは“手”だ。


 その気になれば、燃える小屋ごと握りつぶせてしまいそうな。


 錯乱させ、火で囲んだ上で、骨で潰す。


 それでも脱出してくると言うのなら、カラリアの狙撃が、キューシーの生み出した動物が、車輪が、骨の刃が――あらゆる方向から彼らを攻撃するだろう。


 そうとも知らず、オックスたちは小屋の中で暴れまわる。




「フランシスさまあぁぁああっ!」


「チャリオット、どこだよチャリオットおぉお!」




 やがてその狂気は暴力的な衝動へと変わっていった。




「うわあぁぁああっ! 出せぇ! 出してくれぇえ! チャリオットに会わせろよぉおおお!」




 クルスはその腕で、何度も何度も壁を殴った。


 血がにじみ、骨が砕け変形しても、口の端からよだれを垂らしながらそれを繰り返す。


 おそらくは、『恋人ラヴァー』の能力に加え、酸欠で脳がまともに働いていないのだろう。


 一方でオックスも、同様に壁に怒りをぶつける。


 しかし彼の持つ『パワー』のアルカナは、『戦車チャリオット』と異なり、今、この場で発動できる能力だ。


 死が間近に迫ったことで、狂愛で埋め尽くされた思考に僅かな“隙間”が生じたか――彼は再度、能力を発動させた。




「果たさなければ……フランシス様にもう一度微笑んでもらうためにイィ! この愛のもとにッ! 復讐を果たさねばあぁぁぁあああッ! 迸れッ! 我が『力』よ!」




 オックスの筋肉が膨れ上がり、上着がブチィッ! と破れる。


 彼は上半身のみが数倍に膨張した姿で、手にした剣を骨の壁に向かってる振るった。




「ぬうぅぅおおおおおおおッ!」




 雄叫びと共に繰り出される、あまりにシンプルな一撃。


 それは骨を断つのみならず、打ち付けた衝撃で、小屋を握る手の大部分を砕いた。




 ◇◇◇




 壁に隠れ、様子を見ていたカラリアとキューシーは、脱出してきたオックスを見てもさほど驚かなかった。


 いや、その異様な醜い姿には驚いたが、“脱出”という事態は想定していたからである。


 火炙りと『恋人』の能力という回りくどい手段を使った理由もそれだ。


 メアリーの能力で握りつぶせば、カラリアの銃で狙撃すれば、即死させられたかもしれない。


 だが、相手は将軍の地位を手にしたほどの剣士――メアリーたちの能力はすでに把握済みのはず。


 当然のように警戒もしているだろう。


 だからこそ、奇襲の最初ぐらいは“想定外”を狙いたい。


 そんな思惑があった。




「キューシー、準備はいいか?」


「そっちこそ」




 キューシーは目を閉じ念じる。


 カラリアは魔導銃マキナネウスをロングバレルモードに変え、引き金に指をかける。


 そして、小屋から命からがら脱出してきた男二人に向けて発砲した。




「行きなさい、わたくしの下僕たち」




 同時に、周囲から予め作っておいた、犬、猫、鳥などの動物たち――計五十匹が彼らに殺到した。


 また、別の場所で待機しているアミも、車輪を投擲し攻撃に参加する。




「うわあぁァァあああっ! 何だよぉ! チャリオットと俺の邪魔をするなあぁぁぁあっ!」




 さらに錯乱するクルス。




「ぬぐおぉぉおおおおッ! うわあぁあぁあああっ!」




 そしてがむしゃらに剣を振り回すオックス。


 この調子で行けば、クルスのほうは『女帝エンプレス』の下僕で倒せそうだが、問題はオックスのほうだった。




「ちぃッ! あいつ、私の銃も弾くのか!」




 マキナネウスの弾丸は、魔術評価20000相当。


 それを体に受けながら、オックスはなおも倒れないのだ。




「いや――真正面から食らっているようでいて、受け流している!?」




 腐っても将軍――そんな言葉が、カラリアの頭をよぎった。


 いくら『力』の能力で肉体を強化していようとも、魔導銃の弾丸を無傷で受け止めるのは不可能。


 だが彼の体に染み付いた身のこなしが、たくみにダメージを軽減している。


 さらに厄介なのは、キューシーの動物たちが、その筋肉の鎧に歯が立っていないということだ。




「もおぉっ! 魔術評価はそんなに差がないはずなのに!」


「いや、今の数値を見てみろ」


「……30000超えてる!? 何よそれ!」


「そういうタイプのアルカナということだろう」


「単体でその数値って不公平だし、魔術評価があてにならないじゃない!」


「ジャマーの開発者がそれを言うか?」




 思わずカラリアは苦笑した。


 その間にも、オックスは次々とキューシーの作った獣を斬り潰し、アミの車輪をも打ち砕いている。


 一方でクルスは、地面に横たわり、頭を抱えて体を縮めている。


 獣たちが彼に殺到し、肉を食いちぎる――絶命は時間の問題であった。


 むしろよく耐えている方だ。


 伊達に帝国に雇われてはいないということか、ちゃらけているように見えて、傭兵としての身体能力は備わっているらしい。


 彼は繰り返しつぶやく。




「チャリオット……チャリオットぉ……チャリオットおぉ……!」




 もちろん『恋人』の能力のせいだが、元からクルスの車への愛着は凄まじい。


 ガナディア帝国で皇帝より与えられた、銀色の超高級魔導車――それこそが“チャリオット”と名付けられた彼の愛車だ。


 この村とは不釣り合いなその車は、小屋からそう遠くない場所に停められており、襲われるクルスからもわずかに見えている。


 彼は血走った瞳でチャリオットを見つめた。




「チャリオット……お前だってそうだよなあ……?」




 完全に停止していた車が、ブオォオンと音を鳴らした。


 ヘッドライトが獣に襲われるクルスを照らす。




「そうだ……俺とお前は二つで一つ。片方だけ死んで終わりなんて、ありえねえんだよ」




 無人の車内で、アクセルが限界まで踏まれる。


 自動的にギアも切り替わり、車体はクルスめがけて急加速する。


 すると、タイヤが地面のとある場所に触れた途端、急に爆発を起こす。


 カラリアが仕掛けておいた爆弾だ。


 アルカナの名前が『戦車』、本人も車好きだというのなら――能力が車に関連するものだと考えるのが自然。


 クルスが乗り込むのを阻止するため、あらかじめ複数の爆弾を車の周囲に仕掛けておいたのだ。


 しかし――大地を揺らすほどの爆発を受けても、チャリオットは無傷だった。


 そしてキューシーの生み出した獣を蹴散らし、クルスまでもを轢いたかと思えば、いつの間にか彼は運転席に乗ってハンドルを握っていた。


 ギュアアァァァッ――と激しく地面を削り、急ブレーキしながらの方向転換。


 ヘッドライトが並んで立つメアリーとアミを照らす。




「爆発を受けても無傷……すでにあの車は能力の影響下にあるようですね」


「どうするの、お姉ちゃん?」




 メアリーはちらりとオックスのほうを見た。


 どうやら彼は、すでにカラリアとキューシーとの交戦を始めているようだった。




「予定通り、真正面から潰しましょう」


「了解。やっぱりパワー勝負が一番だね!」




 もし最初の仕掛けで殺せなかったら、最後は数で押す。


 不意打ちでもない、地の利もない、その状況下での四対二の戦いなら、圧倒的にメアリーたちのほうが有利だ。


 メアリーとアミはクルスを、カラリアとキューシーはオックスを、それぞれ相手にする――そう最初から決めていた。




死者万人分のミリアドコープス機葬銃ベリアルガトリング!」




 メアリーは両腕、背中、腹部から生やした骨片ガトリングで先制攻撃を仕掛ける。




「どでかい車輪で連続攻撃だあぁっ!」




 アミは両方の手のひらから小さめの車輪を生み出す。


 握ると、魔力により直径一メートルほどまで広がった。


 それを両腕をクロスさせるように投擲する。




「止められねえよ、そんなもんじゃッ! 俺とチャリオットのスピードはあぁぁッ!」




 二人とも魔術評価は20000を超えている。


 そんな彼女たちの全力の攻撃を、チャリオットの銀色のボディは鏡のように弾いた。


 こちらに突進してくる車体を、衝突直前まで攻撃し続けるメアリーとアミ。


 だが結局、傷一つ付けられずに、止む無く二人は左右に飛び避けた。




「アミ、次は大きいの一発いってみましょう!」


「うん、タイミングも合わせなきゃね!」




 田舎の舗装されていない道で、土を巻き上げながら急ブレーキするチャリオット。


 二人から少し離れた場所で方向転換すると、クルスは再びアクセルをベタ踏みした。




「まずは力の差を思い知らせる――正々堂々と潰してな。舐めた真似しやがった連中に、現実を見せてやろうぜ、チャリオットォッ!」




 相変わらずの、小細工なしの正面突破。


 しかし先ほどよりもスピードアップしている。


 その加速は、キューシーの運転する魔導車とは比べ物にならない。


 速度ゆえか、はたまた何らかの力場を纏っているのか、周囲の景色が歪んで見えるほどだ。


 対するメアリーとアミは、その進路上に立つ。




死者万人分のミリアドコープス埋葬砲ベリアルカノン!」


「回れ回れ――さらにでっかい車輪で、吹き飛べえぇぇっ!」




 反動で腕そのものを吹き飛ばしながら、放たれる骨の大砲。


 そしてアミは、拳の周囲で車輪の回転数を限界まで上げると、パンチするような動きでそれを飛ばした。


 地面をえぐりながら迫る二つの力。


 それを避けようともしないクルス。




「やっぱりヒリヒリすんなあ、車に乗りながらの命の奪い合いはよおぉお!」




 衝突。


 空気が爆ぜる。


 大地が震える。


 ガゴンッ! と弾丸がボディを叩き、ギュアアァァアッ! と車輪が車体を削る。


 チャリオットはわずかに速度を緩めた。




「その程度かよ! 無敵のチャリオットをぶっ壊すには、全然足りねえなあぁぁああっ!」




 だが車体はやはり無傷。


 なおもクルスがアクセルを踏み込むと、メアリーとアミの攻撃は無情にも弾かれた。


 彼は悔しげに突進を避ける二人を見て、ご満悦に笑った。




「まさに無敵! 車に乗った時点で勝利は決まった! これこそが、『戦車』の能力なんだよなあ! あはははははははっ!」




 笑い声は、わずかだがメアリーたちにも届いていた。


 彼女は唇を噛み、考える。




(さて。何の攻撃なら通用するのか。どういう状況で攻撃が通用しないのか――)




 それは決して悔しがっているわけではない。


 考えているのだ。


 これまでの戦いで、アルカナの能力の傾向はわかったつもりだ。


 条件があり、必ず穴がある。


 そこを突けるかどうかが、勝敗を決するのだ。




(車に乗るだけで、全ての攻撃を弾くなんてありえませんから。幸い逃げる様子もありませんし――探らなければ、『戦車』の正体を)




 冷静に、三度方向転換したチャリオットを見つめるメアリー。


 また突進か――と思いきや、車体の側面に付けられた扉が開く。


 ボンネットにも穴が開き、何かがせり出してくる。


 メアリーとアミの目の前で、チャリオットは変形をはじめたのだった。



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