089 お姫様はモンスターカーがお好き
「どうだ、かっこいいだろ?」
誰にも聞こえてないが、クルスはそう呟いた。
銀色に輝くボディが開き、そこから現れた無数の機関銃には、確かにロマンがある。
全身を兵器に変えるメアリーとしてはシンパシーを覚えないでもない。
さらにボンネット付近からはウイングがせり出し、怪しげな筒も四つほど生えてきている。
運転する血まみれの彼は、歯を見せて自慢気に笑った。
「チャリオットだもんなァ、戦う力がなきゃ嘘だろ」
一方、メアリーは腕の再生を終えると、両足に力を込め、わずかに腰を落とした。
「アミ、あなたには回復手段がありません。いざとなったら私が盾になります」
「……うん、わかった」
アミはわずかに
たとえメアリーにかばう余裕がなかったとしても、自由に盾として使ってくれていい――そういう表明だった。
「さあさあ行くぜ、こっからが本番だあぁぁぁあッ!」
マズルフラッシュが、夜の村を明るく照らす。
「まずは様子見です。回避に専念を!」
「了解!」
アミは体から車輪を生やし、高速機動により乱射された銃弾の隙間を抜ける。
足裏だけではない。
膝をつけば脛に車輪が、仰向けに倒れたら背中に、逆立ちしたら手のひらに――いかなる体勢でも、彼女の動きが止まることはないのだ。
そしてメアリーは、『
無傷ではいられない。
しかし再生能力がある以上、半端な傷は致命傷足り得ない。
もっとも――
「ぐぅっ、この弾丸、ただの実弾じゃないッ!?」
チャリオットが放った銃弾は、掠っただけでも大きく肉をえぐり取っていく。
また、障害物があっても容赦なく貫き破壊している。
どうやら車体と同じく、『
「せっかくのお披露目だってのにうまく避けやがる!」
それでも、クルスにしてみれば思ったほどの戦果が上がらなかったのか、思わず舌打ちする。
そして苛立ちをぶつけるように、強くアクセルを踏んだ。
彼はメアリーを優先的に狙い、民家の前に立つ彼女に突っ込む。
マジョラームの誘導により、村人はすでに避難しているとはいえ――
「ぶつかってもお構いなしですか! づうぅっ!」
メアリーは高く飛んで突進を回避。
だが銃口はオートマチックに彼女を狙って銃弾を吐き出し続けている。
空中で動きが鈍る彼女を、容赦なく無数の弾丸が襲った。
「
全身ではなく、前面のみを覆う骨の盾を展開するメアリー。
湾曲した表面は、実弾を受け流し防ぐはずだった。
しかし銃弾は、彼女が能力で作った強固な骨の盾でさえも、容易く貫通する。
慌てて両腕を交差させてガードするも、焼け石に水。
彼女は背中から腕を伸ばし、とっさに別の民家に引っ掛けてその場を脱した。
「ひゃっははははは! その程度じゃ止まらねえよぉ!」
一方でチャリオットは、破壊した民家の瓦礫を巻き込みながら、速度を落とすことなく暴走し続ける。
巧みな運転技術による素早いターン。
再び、着地した直後のメアリーを狙っての突進。
「だったらこれならどう!」
すると、アミがチャリオットの手前めがけて車輪を投げた。
車輪は地面に突き刺さると、高速で回転し、大地を大きく隆起させる。
ちょうどジャンプ台のような形になり、車体はメアリーにぶつかる前に、宙を待った。
「
すかさず、空中の無防備なチャリオットめがけて、メアリーは巨大な鎌を振り上げる。
金属同士がぶつかったような、甲高い衝突音が鳴り響く。
車体は下から強い衝撃を受け、空中で傾いた。
「ひっくり返せば動きが止まるとでも思ったのかよおおォ!」
クルスは得意げに叫ぶ。
するとチャリオットの下部より炎が噴き出し、傾きを修正した。
そして着地すると、車体後方にある四つの筒から炎を噴き出した。
「まだまだァ、チャリオットの全力はこの程度じゃねエんだよぉッ!」
離れたメアリーが思わず顔を歪めるほどの熱気。
触れた瓦礫は一瞬で灰に変えられる
いわゆるジェットエンジンというやつだ。
もっとも、その推進力には『戦車』の能力が大きく関わっているので、原理も加速性も物理法則で説明できるものではない。
車輪が回る。
エンジンがうなる。
およそ車とは思えないキュイィィ――という音が鳴り響く。
「フルブーストで突っ込むぜえぇぇ!」
しっかりと、その姿を目で捉えていたはずなのに――チャリオットは、メアリーの視界から消えた。
「がっ……あ……!?」
そして気づいたときには、はねられ宙を舞っていた。
遅れて風が巻き起こり、爆発音が轟く。
「お姉ちゃ――ひゃあっ!」
アミは慌ててメアリーに駆け寄るも、生じた余波がそれを邪魔する。
足を止めた彼女を、クルスが見逃すはずもなかった。
再び後方のエンジンから激しく炎を噴き出して、音速の突進を繰り出す。
その加速直前、危険を察知したメアリーは、背中から腕を伸ばしてアミの体を掴み引き寄せた。
車体は彼女をわずかに掠め、無事だった民家をバラバラに吹き飛ばしながら通り過ぎていく。
「あ、ありがと、お姉ちゃん」
「いえ……それにしても、とてつもない速度です」
「うん、あれじゃあ『
「しかもダメージが与えられません。早く方法を見つけないと――危ないッ!」
メアリーはアミを抱いて、横に飛んだ。
タイミングさえわかれば、回避は不可能ではない。
しかし、これもいつまで続けられるか。
加えて、相手の攻撃は突進だけではないのだ。
機関銃もなお健在。
チャリオットは停車すると、メアリーたちに銃弾の雨をお見舞いした。
両腕でしっかりアミを抱え、転がりながら避けるメアリー。
だがそれも間に合わなくなると、彼女自身が盾となって銃弾を受け止める。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!」
ただただ名前を呼ぶことしかできないアミ。
「動きが止まった――今だ!」
そこに、音速のチャリオットが迫る。
メアリーは歯を食いしばりながら、アミの体を放り投げると、突進の軌道上から逃れようと立ち上がる。
だが間に合わない。
今度こそ完全に巻き込まれたメアリーは、下半身を粉々に砕かれ、上半身だけになって回転し、むき出しの腸を振り回しながら地面に叩きつけられた。
「う、ぐ……が、ああぁ……はっ、あ……アミ……無事、ですか……!」
「無事だよっ、私は無事! でもお姉ちゃんが!」
「大丈夫、です。これぐらい……いつものこと、ですから」
下半身が無くなったから何だというのか。
命が消えない限り、メアリーの負けは無い。
少し待てば、何事もなかったかのように再生するはずだ。
それよりも――
「……この、銃弾は」
横たわるメアリーの目の前に落ちた、金属の弾頭。
そのほとんどは、『戦車』の能力に守られ、傷一つ付いていない。
しかし、そこに落ちていたいくつかの弾頭は、何かに当たってわずかに傷ついていたのだ。
「自転車、ボロボロになっちゃってるね」
アミが言った。
確かに銃弾の近くには、破壊された自転車が転がっている。
そして、それに命中したものだけが、傷ついているのだ。
「ああ、なるほど……そういうことですか」
「何かわかったの?」
「ええ、それとアミに相談があります。まずは――隠れて時間を稼ぎましょうか」
「相談? わかった、何でもどーんと任せてよ!」
アミは再生途中のメアリーを抱えると、次の突進を避けつつ身を隠せる場所を探した。
◇◇◇
チャリオットは、無差別に大量の銃弾を放った。
あらゆる方向、あらゆる場所――隠れられるような影は全て破壊したつもりだが、アミとメアリーの姿は見えない。
「チッ、時間稼ぎか? 自分らから仕掛けてきておいて、不利になったら逃げんのかよ。女々しい連中だな」
クルスはハンドルに体を預け、イライラした様子で吐き捨てる。
メアリーに直撃させてから二度攻撃をしかけたが、そのどちらも回避されてしまった。
「いくら速度に優れるとはいえ、突進と銃撃しかねえ。逃げに徹されると弱いんだよなァ……帝国に戻ったら改造案出さねえと、もっと小回りがきくように色々銃器を増やしてくれってな。いっそもっと派手に変形してくれたっていい。なあチャリオット、お前だってかっこよくなりてえよなあ?」
クルスの『戦車』は、車に乗った状態でないと発動しない。
条件を満たしている限り、絶対的な防御力を得ることが可能だ。
しかし一方で、車という制限がある以上、対人戦闘において取れる行動は限られている。
その欠点を補って余るほどの利点があるのは事実だが、こうして対アルカナ使いの戦闘を経験すると、嫌でもその弱点が見えてくる。
「それにしても――王女様のやつ、噂に違わぬ頑丈さじゃねえの。普通の人間なら下半身吹き飛んだ時点でゲームエンドだっつうの。次で確実に急所を仕留めようぜ、チャリオット。ジェットの噴射も、銃弾にだって限りはあるんだ」
クルスがこの車に他人を載せることはない。
だから独り言が増えてしまうのは、染み付いた癖のようなものだ。
銃撃を止めると、急にチャリオットの周囲は静かになる。
だが静寂と呼ぶには、まだ騒がしい。
村の反対側から、激しい戦いの音が響いているのだ。
「オックスの野郎もやってんな……奇襲は予想外だったが、逆に言えばここで一網打尽にするチャンスじゃねえか。やってやるよ。やりきって、チャリオット改造の予算を死ぬほど増やしてやるよ……!」
クルスがアンデレやエラスティスと違うのは、皇帝の命令に反感を抱いていないという部分だ。
彼の場合、皇帝が操られていようがなんだろうが、どうでもよかった。
任務を成功させれば金が貰える。
失敗しても、オルヴィス王国の走ったことのない場所を、チャリオットと二人で旅できる。
こうして、未知の敵とヒリヒリする戦いを味わうこともできる。
悪くない任務だ。
だからこそ――もっと楽しくなってくれればいい、と願う。
このまま逃げて終わりなんてつまらねえオチにはなってくれるなよ、と。
そして、聞こえてくる音に、オックスたちの戦いとは別物の音が混じると、口元に笑みを浮かべた。
「……聞こえる、車輪の音が。道路をぶち砕きながら走るような、配慮の欠片もねえ化物の音が」
貶しているのではない、褒めているのだ。
「どうやら王女様は、『戦車』の正体に気づいたらしいな」
クルスはハンドルを握り直し、正面に目を向けた。
ヘッドライトに照らされた先に――人骨で飾られた四輪車が現れる。
「は……ははっ、あははははははっ!」
否、飾りではない。
その車体は全て人骨で構成されていた。
唯一異なる点は、車輪のみ。
そこに回っているのは、アミが――『運命の輪』が生み出した車輪である。
「
「
口の動きでわかったのか、思わずクルスは鼻で笑った。
あまりに刺々しい、毒々しい、ジャンキーでも乗らないようなイカれたデザイン。
「はっ、何がスーパーカーだ。そういう馬鹿な車はモンスターカーって言うんだよ!」
まさに
しかしメアリーとアミが『戦車』に相対すための“武器”としては最適解。
「盛り上がってきたなチャリオット。第二ラウンド、楽しもうぜ!」
「押しつぶして噛み砕きます。行きましょう、アミ!」
「お姉ちゃんと私の愛のパワーで、最速突進だああぁぁぁあっ!」
そして両者は、同時にアクセルを踏み込んだ。
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