075 無力感と自己犠牲
「おお、ミゼルマ様。どうか私たちをお守りくださいぃ……!」
「ミゼルマ様、導きを! 我々に導きをおぉ!」
すすり泣くような声をあげながら、ひたすらに祈る人々。
そんな中、教祖であろう男はメアリーたちに語りかける。
「よくぞ来られました、メアリー王女。この教会は神の加護で守られております。ここにいる限り、何も恐れることはありません」
胡散臭い笑みに、しかしメアリーはにこりと微笑み返す。
「ええ、ありがたく休ませていただきますね」
相手を信用していないからこそ気兼ねなく言える、社交辞令。
メアリーには慣れたものだった。
教祖は軽く挨拶を済ませると、近くに立つ修道女に何かを耳打ちする。
すると部屋の脇にある扉から、礼拝堂を出ていった。
無論、信者たちは不安がり「教祖さまぁっ!?」と悲鳴にも似た声をあげるが、彼は優しく諭す。
「この建物全体が守られているのです。恐れないで。疑わないで。あなたが神を信じているのなら、できるはずです」
教祖にそう言われては、引き下がるしかない。
だが人々には、確実に不安が広がっていた。
「……わたくしには、逃げたようにも見えたけど」
部屋の隅に陣取ると、壁にもたれながらキューシーが言った。
「何とも言えませんね。少なくとも髪の色は赤なので、教祖になる条件は満たしているようですが」
「元から赤だったのかな?」
「どうせアルカナで変装してるんじゃない?」
「外見はそれでいけますが、短期間で言動までコピーできるでしょうか」
「それはまあ……難しいわね」
「変なとこなかったか、手分けして聞いてみようよっ。私はあっちのおばあちゃんのとこ行くね!」
返事も聞かずに飛び出すアミ。
キューシーはやれやれと
「ほんと話を聞かないわね、あの子は」
「それが良いところでもあります。私たちは、この中に敵が紛れている可能性も考えて聞いてみましょう」
「そうね、教祖だけが疑わしわけでもないし」
少なくとも、この場に石像が入ってこないのは事実のようだ。
また、教会内で石像化した人物がいないところから、メアリーたちはここなら条件を満たす危険性も低いと判断し、分かれて行動を開始した。
キューシーとアミが、礼拝堂に集う老若男女に話を聞く一方で、メアリーはもう一度、先程の修道女に声をかけた。
「何度もすいません、お話よろしいですか?」
「もちろんです。王女様、もしかしてこの中に、事態を引き起こした犯人がいると思われているのですか?」
「可能性としてありえる、と考えているだけです。現に、ここだけ不自然に襲われていないのですから」
「それは……ミゼルマ様の力で……」
彼女は口ごもる。
どうやら修道女であっても、さすがに今の状況を神のおかげだとは言い切れないらしい。
「まず前提として、教祖さんがアルカナ使いだった可能性はありませんか?」
「いいえ……条件に魔術師であることは含まれていませんから」
修道女曰く、教祖の魔術評価は三桁も無い程度だったらしい。
本当にただの一般人だ。
「今日の教祖さんの動きで不自然だと思ったことは?」
「あ、ありません」
「避難してきた方々で、違和感を覚えるような動きを見せた方はいませんでしたか?」
「みなさん混乱していましたから、普段どおりでは……ですが、信者の方にそんな悪い方はっ」
「落ち着いてください、彼らの中に犯人がいると言っているのはありません」
「でしたら!」
「ですが、魔術で顔を変えて潜り込んでいる可能性があるんです」
「えっ……そんなことが……」
「なので、しつこいと思われるかもしれませんが、確認させてください」
「……事情は理解しました。しかし本当に心当たりがないのです。少なくとも、元からその、ここにいた人間と、ここに逃げてきた人々に関しては」
どうにも修道女の表情は気まずそうだ。
何かを隠している気がする――そう思い、メアリーは無言でその顔をじっと見つめた。
最初は横一文字に結ばれていた唇だが、少しずつ震え、緩みだす。
「あ……え、えっと……」
ついに耐えきれず、彼女がわずかに声を漏らしたところで、改めてメアリーは問いかけた。
「何か隠していますね?」
「べ、別に隠しているというわけではないのですが……実は、一年ほど前から、この街では悪い出来事がよく起きるんです。それをみなさんが……“ミゼルマ様の祟り”だとおっしゃっていて」
「祟られるようなことがあったんですか?」
「一年前に、前の教祖様が事故で亡くなったんです。それで、新しい教祖様が選ばれた直後に、そんなことに……」
「祟りなんて話が出てくるということは――その事故に怪しい点があったんじゃないですか?」
「そんなことありませんっ! 本当に、ただの、何てことない、交通事故だったんです……」
それきり、修道女は口を閉ざしてしまった。
嘘をついているようには見えない。
しかし同時に、何か言えないことを胸に秘めているような――そんな表情だった。
メアリーは諦め、別の修道女から証言を集めてみたが、やはり誰も、教祖や逃げ込んだ人々に違和感を抱いてはいないようだった。
事故に関する話も、最初に聞いた以上の情報は得られない。
話を聞き終え、礼拝堂に戻ろうと廊下を歩くメアリー。
すると彼女は、ふと足元に髪の毛が落ちていることに気づいた。
拾い上げると、それは少し灰色の混ざった青の髪の毛である。
「修道女や避難者に、この色の髪はいなかったはずですが……」
加えて、この廊下は普段、信者たちがあまり使わない場所らしい。
奥には教祖のために用意された部屋がある。
つまり、彼はここを通っていったのだ。
メアリーは部屋の扉を数秒じっと見つめると、背中を向けて礼拝堂に戻った。
◇◇◇
メアリー、キューシー、アミの三人は再び集まり、情報を整理する。
「教祖さんの名前はロドニーって言うんだって。小さい頃からこの街で育って、元気をくれる存在だって言ってたよ。みんな、笑顔が明るくて素敵な教祖さんって言ってた」
アミはそう語った。
その言い方からすると、教祖からはエネルギッシュな印象を受ける。
先程メアリーたちが見た教祖のイメージとは少し離れているように感じられた。
続けてキューシーが言った。
「わたくしが聞いた情報によると、ロドニーは
「若いですね……」
「でもあの人おじさんだったよ?」
「実は私も、気になるものを見つけまして。髪の毛なんですが……どう見ても、この中にはいない色なんです」
アミとキューシーが細い髪の毛を凝視する。
「アッシュブルー……王国じゃ見かけない色ね。フェルース教国あたりじゃメジャーな色だけど」
「ふぇるーす?」
「王国からは少し離れた場所にある宗教国家よ。一時期は、その髪の綺麗さ目当てに、フェルース産の奴隷がガナディア帝国で高価取引されてたって話」
「髪の色だけで値段を付けるなんて!」
「ガナディアらしいですね」
「ま、そんな調子だから内紛起こしてるんでしょう」
「内紛と言えば、この街の中でも揉め事の火種があったみたいですよ」
メアリーはそう言って、一年前の出来事について二人に話した。
すると、キューシーが避難者のうちの一人――中年の女性に視線を向けた。
「一年前って時点で今回に関係はなさそうだけど、あの人――教祖の母親らしいわよ」
「あの女性がですか」
女性は誰よりも熱心に祈りを捧げ続けている。
その様から、信心によるものというよりは、何か後ろめたさのようなものを感じられた、
「まあ、それはさておき。どうやら十中八九、誰かが教祖に化けてるみたいね」
いくつか引っかかる点はある。
第四の戒律がわからないこと。
メアリーたちが外見で年齢の違いに気づけたということは、魔術による変装ではないということ。
青い髪が落ちていた以上、赤髪もウィッグである可能性が高く、変装と呼ぶにはお粗末。
だがその割には、信者も修道女も、母親ですらその変化に気づいていない。
「まだ疑問点は多いですが――」
「殺してしまえば同じことよ。」
「あのお猿さんはどこにいるの?」
「外よ。建物の裏のあたりに隠れさせてる。窓から突入させて、教祖を仕留めるわ」
キューシーは目を閉じて、意識を集中させる。
そのとき、礼拝堂の扉が開いた。
修道女はきょろきょろとあたりを見回すと、メアリーたちを見つけ、こちらに駆けてくる。
彼女の手には一枚の紙が握られていた。
足音に気づいたキューシーは突入を中断し、そちらに目を向ける。
「王女様。実はつい先ほど、このような紙が廊下に張り出されていたのですが」
手渡されたそれを、位置の関係でアミが真っ先に受け取った。
もっとも、彼女は文字が読めないのですぐにキューシーに渡すことになるのだが。
そして渡した直後、修道女がそこに書かれたことを読み上げる。
「第四の戒律は、すべての戒律を――」
瞬間、キューシーはとっさにメアリーを抱きしめ、胸に頭を押し当てた。
そして大声で叫ぶ。
「読まないでッ!」
響き渡る声に、避難者たちは祈りを止めてこちらを見た。
彼らは目撃する。
女性の手足が、石になっていくその光景を。
「あ……あっ、あっ、もしかして、私……っ」
動揺する修道女。
「いやあぁぁああああっ!」
「なぜだっ、ミゼルマ様は我々を守ってはくれないのかぁっ!」
広がる混乱。
「キューシーさん、この感触……まさかッ!」
「アミ、あんたが文字読めなくてよかったわ」
「キューシー!」
「二人とも、頼んだわよ……!」
石化はみるみるうちにキューシーの全身を包んだ。
メアリーがその腕から抜け出すと、ギギギと首が回り、無感情な仮面が彼女を見つめる。
「……よくも、よくもキューシーさんをおぉッ!」
怒りが沸騰するメアリーだが、握った拳を振り下ろす先がない。
彼女はアミの手を握ると、礼拝堂から飛び出した。
すると廊下に窓ガラスが割れる音が響き渡る。
それに反応して、礼拝堂から響く「きゃあああっ!」という叫び声。
無視して出口を蹴り開けるメアリーだったが、その先にいたのは道を埋め尽くす石像の群れだった。
窓もバリケードも破壊され、横の廊下からもぞろぞろと石像が押し寄せてくる。
「くっ、これでは逃げ道が……!」
天井を使ったところで、石像へ攻撃せずに外に逃げるのは困難だ。
アミの手をぎゅっと握ると、彼女も強く握り返した。
互いに諦めないという意思を伝え合う。
すると正面の石像が足を止め、その動かなかった仮面の口から、男性の声を発した。
『はじめまして、メアリー・プルシェリマ』
「……あなたも喋りたがりですか」
うんざり、と言った様子でメアリーは答える。
『アルカナ使いというのは、自分の力を誇示したがるものです。どうですか、僕の『
「最低っ!」
アミが即答すると、相手は思わず笑った。
『ははっ、最高の褒め言葉ですね。しかし、何かと融通が聞かない能力ですよ、四番目と言い、困ったことに』
「無駄話でしたら、私たちは忙しいので」
『ああ、違うんですよ。僕から君に聞きたいことがありまして』
「私に?」
『一体、何をしたらこんなことになるのですか、とね』
何を言っているのか――メアリーにはまったくわからなかった。
『何の罪を犯したのか、何をしようとしているのか。どうすれば、ここまで彼らを動かせるのです?』
畳み掛けるように『教皇』は聞いてくるが、どれもこれもさっぱりだ。
メアリーは強い口調で言い返す。
「それはこちらのセリフです! あなたたちはお父様に雇われているのでしょう!?」
『……そういう認識ですか。わかりました、対話は無駄なようですね。あなたたちの魔術は封じたも同然、諦めて使徒になってください』
冷めたような口調で会話を打ち切られ、メアリーは苛立つ。
だが目の前の石像が進軍を再開すると、すぐにそれどころではなくなった。
後ずさるアミとメアリー。
背後の礼拝堂では、住民や修道女たちが隅っこに固まってガタガタと震えている。
(わざわざ魔術を封じたと宣言した。つまりブラフの可能性も……いえ、ですが試すにはリスクが大きすぎる……!)
仮に能力が使えたとしても、破片が飛んで外の使徒に当たったとしたら――それも攻撃として判定されるのではないか。
そんな恐怖が決断を鈍らせる。
窓ならどうだ、天井なら、地下なら――様々な逃げ道を考えていると、アミがメアリーの肩にぽんと手をおいた。
「私が道を作るね」
彼女は恐怖を感じさせぬ笑みでそう言った。
「待ってください、ダメです! まだ方法があるかもしれません!」
「大丈夫。お姉ちゃんが勝てば、きっとみんな戻るから!」
アミは人の話を聞かずに突っ走る。
「やめてください、アミちゃんっ!」
メアリーの静止も虚しく、彼女は手のひらに直径五十センチほどの車輪を作り出した。
それを握った瞬間、腕は即座に石化を始める。
「あ、ああ……っ」
メアリーの声が震える。
車輪は握れなくなった手からごとりと床に落ちた。
「投げられなくたって。車輪だけ飛ばせるんだからぁっ!」
その声に呼応するように、ギュアアァッ! と車輪は高速回転を始める。
そしてふわりと浮かぶと、石像の使徒たちに向かって猛スピードで飛んでいった。
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