070 この美しい世界のために
「いっそ笑ってくれればよかったのに」
罰ゲームを終えたキューシーは、ホテルの部屋で黄昏れる。
メアリーはソファの隣に座り、彼女を励ました。
「だって仕方ないじゃないですか、思っていた以上に似合ってたんですから」
「だからってねぇ、真面目に品評するやつがいるぅ!?」
「自信を持ってくださいキューシーさん、それだけ綺麗だってことですよ!」
「それが逆効果だって言ってんのよ!」
なおも騒ぐキューシーの前で、カラリアとアミは、ずずずーっとジュースを飲んでいた。
キャプティスにいた頃には信じられないほどのリラックス状態である。
「ジュースが甘い……ソファがふかふか……ふあぁ……」
「この状況で大あくびか」
アミはソファにずぶずぶと沈み、今にも眠ってしまいそうだ。
あれだけ海で騒いだのだから、かなり体力を消耗したのだろう。
「食事はレストランで、とのことだったな。持ってこさせたほうが安全だったんじゃないか?」
「言ったでしょ、マジョラームのセキュリティを舐めないでって。もう『
「お手並み拝見だな」
「あはは、誰も攻撃してこないのが一番なんですが……そうはいきませんよね」
◇◇◇
食事だと告げると、眠そうだったアミはすぐに飛び起きた。
今はすっかりご飯のことで頭がいっぱいのようで、メアリーと腕を絡めながら飛び跳ねている。
着替えは、キューシーがホテルに用意させていたドレスだ。
今日ばかりは、カラリアもメイド服ではなく、青のドレス姿。
「着慣れてないくせに絵になるのよねぇ、カラリア」
「そうか?」
「カラリアさん、舞台女優みたいですよ」
「似たようなドレス着てるのに、こんなに違うんだねっ」
「……あんまり褒められると照れるな」
恥じらう顔すら絵になってしまう。
キューシーとて十分にスタイルはいいのだが、カラリアとは身長の差がある。
ちょっとだけ悔しがるキューシーであった。
そんな四人が廊下を歩いていると、横の階段から女性が降りてくる。
ドレスコードを無視した、シャツとズボンというラフな恰好。
長い髪はぼさぼさで、目は腫れぼったく、加えて猫背。
総じて、だらしなく見える。
黒縁の丸メガネをかけた彼女は、メアリーを見るなり驚いた様子だった。
「メアリーちゃんだ」
そう呼ばれ、メアリーもまた驚く。
「ステラさん! お久しぶりです!」
メアリーはステラと呼んだ女性に駆け寄ると、嬉しそうに言葉をかわす。
「こんなところで再会するなんて……何年ぶりですっけ?」
「もう七、八年になるかなあ。大きくなったね」
「ステラさんはお変わりなく」
「あははは……相変わらず無頓着でごめんねぇ」
彼女は自分の恰好がだらしない自覚があるのか、自虐っぽくそう言って苦笑いを浮かべた。
すると、アミがそんなステラに駆け寄り、まじまじと顔を見つめる。
距離感の近さにたじろぐステラ。
「お姉ちゃん、この人誰?」
「ステラ・グラーントさんです。私が小さい頃、王都で何度か遊んでもらったことがあるんですよ」
「その名前、『この美しい世界のために』の作者と同じよね」
「このうつくしい……? 何それ」
「メアリーは知ってるんじゃないの」
「ごめんなさい、心当たりがないです……」
「嘘でしょ……王国に暮らしててこのタイトルを知らないとかある? 大ヒットを飛ばしてるベストセラー小説よ!」
「ステラさん、その作者なんですか?」
「いやまあ、ただの同姓同名でしょうけど――」
「そうなんだ、実は」
「ってええぇぇええっ!?」
のけぞるように驚くキューシー。
今日のキューシーは感情豊かだ。
海で遊んで気分転換できたということだろうか。
「忙しないな、キューシー」
「さすがに驚きますわ、こんな話。まさかあの作家とメアリーが知り合いだったなんて」
「私もびっくりしました。ステラさん、小説を書くようになったんですね」
「あはは……実は昔から、ね。趣味で書いてたものが、知り合い経由で出版社の目に止まったみたいで」
「そんな偶然があるのだな」
「小説……私、文字読めないからあんまりわかんないけど、そんなに面白いの?」
「面白いから売れてるのよ。“このせか”はね、一人の少女と、女神様の出会いと別れを描いたヒューマンドラマなの」
そう言って、キューシーはなぜか自慢気に、小説のあらすじを語りだした。
作者の目の前で、ファンであることをアピールするように。
◆◆◆
――今から二十年前、王国の田舎村に一人の少女が暮らしていた。
彼女の父は強盗の濡れ衣を着せられ、処刑。
母はその一件を気に病んで、ほどなくして自ら命を絶った。
天涯孤独になった少女は、村人たちから虐げられながらも、一人で懸命に生きてきた。
そんなある日、彼女は森の中で一人の女性と出会う。
金色の長い髪。
絹のように白くなめらかな肌。
宝石のように澄んだ瞳。
見た瞬間、息を呑むような美しさに、少女は思わずこう呟く。
『女神様……』
女神はその声に気づくと、少女に微笑みかけた。
『あら、森に迷い込んでしまったのね』
それが二人の出会いだった。
少女と女神は少しずつ交流を深めていく。
互いのことを知っていくうちに、少女は女神が人ではないことに気づいた。
そう、彼女は本当に女神様だったのである。
いつか時の流れによって引き裂かれる二人。
それでも少女は女神と生きることを望み、やがて一緒に暮らすようになった。
姉妹のような関係を築く二人。
だがそんな日々は、長くは続かなかった。
それは突然訪れた悲劇。
女神は王国の権力者同士の争いに巻き込まれ、命を落としてしまうのである。
少女がそこに向かったとき、残っていたのは亡骸だけだった。
嘆き苦しむ少女。
明るかったはずの未来は閉ざされ、ひたすらに絶望だけが続く。
そんな暗闇の中で、しかし少女は女神の言葉を思い出し、少しずつ立ち直っていくのだった――
◆◆◆
「そう、女神との出会いを通して少女は成長していたの! そしてすっかり大人になった少女は、最後……女神にそっくりな女性に出会って、未来を暗示しながら物語は幕を閉じるのよ」
うっとりと酔うように全てを語るキューシー。
「お、おおー……読み込んでくれてるんですねぇ」
照れくさそうにはにかむステラ。
しかしカラリアはあっけらかんと言った。
「そこまで詳しく解説されたら、もう読まなくていいな」
「私もよくわかった!」
「はぁ!? 何を言ってるのよ、わたくしが語った内容なんてごく一部よ! この小説の真価はね、繊細な心理描写と、読んでいるだけで光景が浮かぶような情景描写にあるんだから!」
「ふふふっ、まさかキューシーさんがそこまでファンだったなんて」
「意外とミーハーなんだな」
「あんたたち、よく作者本人の前でそんなこと言えるわね……」
「いえ、構いませんよ。私もあんなに売れて驚いてるぐらいなんで。マジョラームの社長令嬢に読んでもらえてるだけで十分です」
「そう言ってもらえると読者冥利に尽きるわ……でも、よくわたくしが社長令嬢だってわかったわね」
「八年も会っていないのに、メアリーだとひと目でわかったのも驚きだ」
ぽかんとした表情のステラ。
言われてみれば、メアリー以外はまだ名乗っていない。
するとステラは、気の抜けた口調で理由を語った。
「だってメアリーちゃん、指名手配されてるよね? だとすると、他の三人もその一味として紹介されてる人たちなのかなぁ、って」
「知っててその調子で話しかけてきたんですか!?」
「当然だよ。急にフランシスちゃんが死んだとか、メアリーちゃんが犯罪者だって言われても、誰も納得なんてしない。それに、色んな新聞がメアリーちゃんの無実を訴えてる。まあ……今のところ、みんな混乱してるっていうのが本当のところだけど」
ステラの言う通り、現在王国は絶賛大混乱中である。
元々、ヘンリー国王をよく思っていなかった層は、新聞の報道を信じるだろう。
だが国王を支持する者たちは、何を信じていいのかわからず、右往左往しているはずだ。
仮に懸賞金目当てでメアリーを狙う輩がいたとしても、それはそのどちらでもない。
金にしか興味のない、根っからの賞金稼ぎでしかないのだ。
「つまり、お姉ちゃんが悪者になることはない、ってことだねっ」
「だと思うよ。国王が今の調子でやるならね」
仮に善と悪の区別が付く日が来たとしても、それは二週間よりずっと先のこと――決着は、混乱が解けるよりも先になるだろう。
だからこそ、このホテルの他の客も、メアリーたちを見て驚くことはあっても、通報したりはしない。
まあ、ここはマジョラームが経営しているホテルなので、誰に伝えたところで外に漏れることは無いのだが。
「そうだ。メアリーちゃん、これから食事でしょ? せっかく再会したんだし、一緒に食べようよ」
「それはいいですね。キューシーさん、カラリアさん、アミちゃん、それでいいですか?」
「私はいいよっ」
「あの……このせかに関する話は、聞いてもよろしいのかしら?」
「私が答えられる範囲ならね」
「ならぜひお願いするわっ!」
キューシーは見たことがないぐらい、テンションが上がりまくりである。
聞くまでもなく、彼女はステラの同席を望むだろう。
となると、残るはカラリアだが――
「先にお手洗いに行ってくる。同席はもちろん問題ないぞ」
そう言って、彼女はメアリーたちと別れた。
その後ろ姿を見送り、ステラと共にレストランに向かう三人。
カラリアは一人でトイレに入ると、入り口付近で一度足を止めた。
ドレスのスリットに指を這わせ、硬く冷たいそれに指を引っ掛ける。
取り出したのは、隠し持っていた魔導銃マキナネウス。
彼女はハンドガンの形態となったそれを握ると、閉じた個室に向かってタタンッ、と連射した。
そして、そのドアを開く。
中には銃を手にした女がいた。
彼女は撃ち抜かれた胸から血を流し、事切れている。
カラリアは無造作にその髪の毛を掴むと、顔を持ち上げて観察した。
「素人ではないな、キューシーの言っていた通りか」
そう呟き、太ももに装着したベルトに銃を戻すと、今度は胸元から通信端末を取り出す。
「もしもし、メアリーか。部屋で話した通りだ、トイレの個室に潜んでいた。魔術評価は3000程度――ああ、わかった。そっちも気をつけるんだぞ」
彼女は簡潔に連絡を終えると、軽くため息をついた。
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