071 マーダーズホテル

 



 レストランに向かう途中、カラリアからの連絡を受けたメアリーは、その場に立ち止まった。




「3000ぐらい……多く見積もっても5000程度でしょう。それなら、ここからでもいけますね」


「メアリーちゃん?」




 急にメアリーの纏う空気が変わる。


 ステラは首をかしげる。


 そのとき、メアリーたちの背後、柱の影には二人の男が潜んでいた。


 それぞれ魔術評価は4000程度。


 彼らは手のひらに魔力を留め、メアリーが隙を見せる瞬間を狙う。


 すると彼らの背後、床の下から、先端が尖り、いくつもの節がある細長い骨が突き出す。


 音もなく現れたそれに男たちは気づくこともなく、軽く心臓を刺し貫かれた。


 そして引き抜かれた先端は風船のように膨らみ、裂け、人を飲み込む大きな口となった。


 それが死体を一呑みにすると、その中で死体がぼふんっと爆ぜた。


 だが些細なことである。


 爆風も爆炎も骨の内側で押さえ込まれる。


 メアリーは血痕すら残すことなく、男たちの処理を終える。




「何でもありません、早くいきましょう」




 平然と、レストランへの歩みを再開するメアリー。


 店内に足を踏み入れると、ジュウゥゥ……という鉄板で肉を焼く音と共に、香ばしい匂いが漂ってきた。


 カウンター席では、シェフ自らが目の前で調理するスタイルらしい。


 キッチンの傍らには食材が飾られており、美しいサシの入った牛肉と、大きなエビが一番目立つ位置に陣取っていた。




「お姉ちゃん。あ、あれ……全部食べていいの?」


「食べられるならいいと思いますけど……どうなんです、キューシーさん」


「令嬢権限よ、好きなだけ食べなさい」


「だそうです」


「やったー! お姉ちゃん大好きーっ!」


「そこはわたくしじゃないの?」


「じゃあキューシーも好き」


「取って付けたような言い方ぁ……!」


「ふふふ、私からもありがとうございます、キューシーさん。こんな場所で食事をするのは久しぶりです」


「ふっ、王女様の肥えた舌でも絶対に満足させてみせるわ」


「買いかぶらないでください。私の食事なんて質素なものですよ」




 事実、メアリーはあまり贅沢をするタイプではなかった。


 というのも、彼女の面倒を見ていたフランシスがそういう人間だったからだ。


 特に本に夢中になったりすると、食事すら抜いてしまうような生活をしていた、




「お姉ちゃん、あのね、あのねっ」




 するとアミがメアリーの裾を引っ張る。




「何ですか?」


「私、いっぱい食べるねっ!」




 両手をぎゅっと握ってそう宣言するとアミ。


 何の意味もない会話だが、メアリーは微笑ましい気分になって、「はいっ、いっぱい食べましょう!」と満面の笑みで答えた。


 そのとき、奥のテーブル付近に立っていた女が動く。


 彼女はメアリーを見ると、背中にすっと手を回し、何かを握る。


 そして次の瞬間――その体は、一瞬にしてテーブルの下に飲み込まれた。


 カラカラと、何かが回る音がする。


 テーブルクロスに隠れて見えないが、そこではアミが忍ばせた車輪が回っていた。


 女は『運命の輪ホイールオブフォーチュン』に飲み込まれたのである。


 メアリーたちは何事もなかったかのように、カウンター席に並んで腰掛けた。




「それにしても、こんなやり方にする必要があったんでしょうか」




 メアリーが、アミを挟んだ場所に座ったキューシーに問う。


 それとほぼ同時に、少し離れたテーブルで、座っていた男が急に意識を失い突っ伏した。


 コップの水を飲んだ直後のことだった。


 彼の喉には今、『女帝エンプレス』によってクラゲに変えられた水が引っかかっている。


 窒息した男の体を、スタッフが素早く、自然な動きで裏へと運び出す。




「ホテルの評判を落としたくないのよ。それに、余裕を見せたほうが相手にはプレッシャーになるでしょう? 何十人送り込もうと無駄だってね」


「そうですね……こんな場所で仕掛けるぐらいですから、他の人も平気で巻き込むタイプですよね。最初の二人も、体内に爆弾を仕込んでいましたし」


「お姉ちゃん、それって自爆するつもりだったってこと?」


「仕掛ける? 自爆? え、えっと、何のことかなメアリーちゃん」


「おそらくは。あのままだと、このレストランのお客さんや従業員は全滅していたでしょう」




 メアリーは、“仕方ない”と判断すれば一般人でも殺すしかないことを知っている。


 だがそうでない場合は、できるだけ救われる命が増えてくれればいいと思っていた。


 それはともかく――二人の会話を聞いて、ステラはわけもわからず首をかしげるばかりだ。


 何を話しているのか。


 何が起きているのか。


 わかっているのはメアリーたち当人と、従業員と――ホテルに忍び込んだ傭兵のみである。




 ◇◇◇




 今から一時間ほど前、メアリーたちは部屋に集まり、ホテルからもらった資料を熟読していた。


 それは、ここに宿泊する、他国から入ってきた傭兵と思しき連中の名簿だった。


 十中八九、メアリーの懸賞金狙いだろう。


 それにしては、集結が早すぎる気もするが――




 魔術師の大半は貴族だ。


 つまり、魔力とは権力である。


 だというのに、3000から5000もの魔術評価を持っておきながら傭兵に身をやつす連中は、例外なく訳ありである。


 一番多いのは、犯罪に手を染めて家から追い出されたパターン。


 他には、単純に力試したしたくて傭兵を選ぶ者もいれば、国が貧乏なので、貴族より傭兵のほうが稼げる場合もある。


 何にせよ普通ではないし、なまじ能力が高いだけに、無関係の人間を平然と巻き込める者も少なくない。




 そして、このホテルに泊まっているのは例外なく金持ちだ。


 マジョラームにとっての上客ばかり。


 会社のことを考えると、できるだけ事を荒立てたくない――それがキューシーの意見だった。




 あまり目立ちたくないのは、メアリーも同意見である。


 いくら国民が彼女を支持しているとはいえ、それも100%ではない。


 中にはメアリーを罪人として敵視する者もいるだろう。


 殺人の話が広まれば――あるいは見つかって、国王に従う兵士でも呼ばれたら、それなりに厄介だ。


 王国軍に手を出したとなれば、メアリーに反感を抱く者も増えるかもしれない。




 一方で、カラリアは二人の意見にはあまり賛成していなかった。


 ユーリィが特殊なだけで、傭兵という存在は基本的にクズだ。


 金のためなら何でもやる連中、こちらも容赦なくかからなければ、不要な犠牲を増やすことになる、と。




 ちなみにアミに特に意見はなかった。


 自分はあまり頭がよくないので、決定された作戦に従う――そう決めていた。




 それらの意見を統括した結果、出た結論が『静かに殺す』である。


 力の差があるのならば、それも可能だろう、と。


 幸い、ホテル側から提供された情報で、傭兵たちの位置は筒抜けである。




「よく一般客との見分けがついたな」


「言ったでしょう、マジョラームのセキュリティを舐めないでって」


「ふ、結局、始末するのは私たちだがな」


「そ、その気になれば社員だけでもできるわよ! でも……ほら、犠牲が出るじゃない」


「わかっているさ、相手が相手だ。普通、一流の殺し屋どもがここまで一箇所に集まることはない。まったく、派手な無駄遣いだな」




 カラリアはそう言って、敵の采配を鼻で笑った。


 これまでメアリーたちが戦ってきた相手が特殊すぎるだけで、魔術評価が5000もあれば十分に一流。


 しかもそれが、貴族を捨てた魔術師だというのなら、3000でも十分すぎるほどだ。


 そのクラスの傭兵なら、一人雇うだけでもかなりの金がかかる。


 それが少なくとも十人以上――加えて、元々は他国で雇われていた傭兵が多いと来た。


 国でも動かなければ、そこまでの大金を集めるのは難しいだろう。




「十中八九、ヘンリーが動いたな」


「差し向けてきたのが、アルカナ使いではないのが引っかかりますが」


「弾切れかしら」


「でも、まだまだいっぱいいるって言ってなかったかな?」


「様子見かもしれんな。まあ、相手が殺しに来るのなら、私たちは迎え撃つだけだ」


「そうね、今回はわたくしたちが有利な状況ですもの。傷一つ無く、スマートに解決してみせますわ」




 有言実行。


 ホテルに迷惑をかけず、食事も楽しみ、刺客も仕留める。


 特にキューシーは、せっかく確保した休息を、下らない横やりで邪魔されたくはなかった。




 ◇◇◇




 メアリーたちが着席して程なく、カラリアが戻ってきた。


 彼女はステラの隣に座る。


 五人は並んで、メニューを見つめる。




「海鮮メインで。シェフのおすすめをお願いしてもいいかしら?」




 シェフを試すように、早々にそう告げるキューシー。




「うぅーん……悩んじゃうよぉ」


「悩むなら全部頼んじゃいましょう」


「そっか。そうだね! じゃあ私、一番高いお肉と、一番高いお魚と、一番高いエビ!」




 深く考えず、値段順で頼むアミ。




「シェフ、できるだけ脂身の少ない肉をお願いしたいんだが」




 カラリアは、どことなくストイックさが垣間見える注文の仕方をした。




「で、では私も同じものを!」




 そんな彼女の体型に憧れてか、便乗するメアリー。




「じゃあ私もお姉ちゃんと同じの追加するー!」




 さらに乗っかるアミ。




「で、では私は……一番安い、このお肉で」




 そして最後に、控えめに注文するステラ。


 オーダーを受けて、鉄板の上で肉が食欲をそそる音を奏でる。


 新鮮なエビが舞い、傭兵が砕け、貝が踊り、刺客が弾け、フランベの炎が期待に満ちたメアリーたちの表情を橙に照らす。




 ◇◇◇




 ――そんな彼女たちの姿を、ホテルの一室の窓から観察する男がいた。




「……それが、最愛の姉を失った妹の見せる顔か?」




 オックス将軍は、ギリ……と歯ぎしりを鳴らした。



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