062 自作自演のインフェルノ

 



 なおも骨の巨人は街中を高速移動し続ける。


 ドゥーガンの光線はあらゆる建物を焼き尽くし、伸ばす顔は繁栄した街並みを更地へと変えていく。


 もはや街からは悲鳴すらも聞こえない。


 残った人間はほぼ死にたえ、生き残ったのは逃げられた者だけだ。


 地下にでも避難所があるのなら、話は別だろうが――少なくとも地上には、もはや死体ぐらいしか残っていない。




「こんな戦いでは、倫理観なんて――」




 捨てたいと望んだわけではない。


 しかし、捨てなければ立ち向かえない。


 だからメアリーは、移動しながら脚部より骨のあぎとを地面に這わせ、転がる死体をことごとく食い尽くした。




「そっか。力で負けちゃうなら、その場で強くなればいいんだ! よーしお姉ちゃん、がんがん食べてっちゃおー!」




 こんな場所でも明るいアミの存在が、救いであるような、狂気を増幅させているような――


 だがしかし、その声を聞いて微笑んでいる時点で、もはやメアリーは、悩むだけ無駄なところまで来ているのだろう。


 どのみち、最初から悩んだふりをしながら、躊躇など一切していないのだ。


 その死体一つ一つに感傷を抱く余裕があるはずもなく、ただの“魔力を高める供物”として、人々の死体を喰らっていく。


 17000――19000――20000――数千体の死体を取り込み、順調に高まっていくメアリーの魔術評価。


 そこに『吊られた男ハングドマン』による強化が入るのだから、現在の値は5万を越えているかもしれない。


 それでもドゥーガンとは3万の差がある。


 全員分を足し合わせれば越えると言っても、あの化物の巨大な体を、再生させずに行動不能にするには――今までの天使との戦いを考えるに、肉体の大部分を、一撃で破壊する必要がある。


 そんな大出力の攻撃を、一体どうやって繰り出せばいいというのか。


 その答えを、メアリーはまだ見つけられずにいた。


 死体を集めながらそれを考えている間に、いつの間にかドゥーガンは光線による攻撃を止め、奇妙な行動を始める。




「お姉ちゃん。ドゥーガンが地面に頭を突っ込んでるよ?」


「あれは……何をしてるんでしょうか」




 花弁をぐりぐりと焼けた地面に押し付け、体をよじるドゥーガン。


 すると、メアリーの真下の地面が、ぼこっと膨らんだ。


 瞬間、彼女は『ここからあの顔が出てくる』と予測した。


 だがドゥーガンはそうせず――“地中で爆破”したのである。


 あれだけの威力があれば、わざわざ目の前に顔を出す必要はないという判断。


 爆風に吹き飛ばされ、巨人は宙を舞う。




「ぐうぅぅっ、大丈夫ですかアミちゃん!」


「ちょっと熱いぐらい。でも次が来るよ!」




 今度こそ、地中から生えてきた五つの生首が、二人に襲いかかる。




機葬銃ベリアルガトリングッ!」




 するとメアリーは、巨人の両足をガトリングに変形させ、迫る顔を迎撃した。


 しかし数が多い上に、異様に硬く、真正面からの攻撃では二つ止めるので精一杯だ。




「これでは落としきれませんか……!」




 残る三つは、迂回し銃撃を避けて、再び噛みつこうと口を開く。


 だがそこで、遠くより飛来した魔力弾が、頭部そのものではなく・・・・――それを操る触手に着弾した。




「カラリアの銃だ!」


「あの距離から狙撃を! さすがです、カラリアさんっ!」




 空中で回転し、無事に着地した巨人は、すぐさま車輪を回してドゥーガンに接近した。


 密度の都合上、メアリーの骸骨は巨大化したドゥーガンよりも遥かに軽い。


 とはいえ高さは四十メートル――数十トンの重さはあるため、それを動かすための車輪は、ガリガリと地面を深く削る。


 瓦礫を砕きながら高速で接近する巨人。


 それを阻止するべく、足元では爆発が連続して起こるが、やはり追いきれず――しびれを切らしたドゥーガンは顔をあげると、直接の迎撃にシフトした。




「アミちゃん、飛びますッ!」


「わかった、そのまま攻撃だね!」




 腰を低く落とし、ガゴォンッ! と強く大地を蹴る骨の巨人。


 曲線を描いてドゥーガンに飛びかかる巨人は、右足を前に突き出した。


 さらに、足裏で回転する車輪に骨の刃が生える。




「ウアアァァァァ――」




 ドゥーガンは顔を伸ばして迎撃。


 だが、すぐさま遠方からの狙撃により撃ち落とされる。


 運良く生き残ったものも、巨人の回転鋸に切り刻まれ、その勢いを止めることはできない。




「はあぁぁぁぁあああああッ!」


「いっけええぇぇええええっ!」




 メアリーとアミが声を揃えて叫ぶ。


 渾身の飛び蹴りは、見事花のど真ん中に突き刺さり――そして、回転する刃がぶじゅるるるるっ! と顔面を切り裂いていく。




「アアァァァァァアアア――!」




 ドゥーガンの苦しげなうめき声が響く中、刃は頭部を通り抜け、肩、そして胸部まで切り裂いた。


 化物の上半身は、ぱっくりと左右に裂ける。


 それを成した骨の巨人は、脚部を返り血で汚しながら、無事に着地した。




 ◇◇◇




 キューシーに抱えられ飛ぶカラリアは、それを見て息を吐き出した。


 さすがの彼女でも、空中でライフルを振り回すのは疲れるのか、右腕と左腕を交互に揺らす。




「……倒したの?」


「まだだ」




 カラリアはそう即答した。


 キューシーも、カラリアの表情で何となくは察していたが――




「あれぐらいじゃ死なないのね。そうよね、プラティだってそうだったもの」


「確かに、あの程度の傷では死なないだろう。だが問題は、あれが傷ではないことだ」


「は? どういうこと?」


「避けるために、自分で裂けた・・・・・・んだよ」


「はぁ? じゃああれって――」




 驚くキューシーの前で、逆再生するように元の姿に戻っていくドゥーガン。




 ◇◇◇




 メアリーは、背後から聞こえる肉が蠢く音を聞いて、ため息をついた。


 そして骨の巨人は振り変えり、拳を構える。




「手応えがないので、ひょっとすると、とは思っていましたが」


「ほぼ無傷っていうのは、私たちのほうが傷つくよねー」




 平然とそこに立つドゥーガン。


 いや――一応、跳び蹴りのせいで、多少は花弁が歪んだようだが、影響はほぼ無い。


 相変わらず、気持ち悪い顔面は絶好調に揺らめいている。


 だがふいに、その体がビクッと震えた。


 さらに、首を左右に振りながら、全身を痙攣させるドゥーガン。




「何……?」




 メアリーは悪寒を感じ、巨人はわずかに後ずさる。


 なおも震えるドゥーガンは、前かがみの体制になると、背中がボコボコと膨らみはじめた。




「ドゥーガン、まさかさらに変形を!?」


「どうするの?」


「ならばガトリングで!」




 巨人の両腕を変形、骨片の雨をドゥーガンに叩き込むメアリー。


 顔が盾となって身を守るが、横から狙撃するカラリアがそれを撃ち落としていく。


 ついに骨の弾丸は本体にまで到達し、無防備な体を刺し貫いた。


 飛び散る血肉。


 しかし、そんなことはお構いなしに変形は続く。


 体の内側から、背中の肉を貫いて生えたのは――




「赤い、翼……」


「天使だからなの?」


「飛ぶつもりですか、その姿、その大きさで!」




 バサッ、と翼を羽ばたかせると、飛ばされそうなほどの強風が巻き起こる。


 特にアミの軽い体は簡単に飛ばされる。


 彼女は咄嗟に近くの骨にしがみついた。


 すると、そこから生えた人間サイズの腕が、彼女をしっかりと抱きとめる。




「アミちゃん、大丈夫ですか!」


「ありがとう、お姉ちゃん! でもこれじゃあ、前に進めないよ!」


「飛び立つのを待つしかないようです」




 メアリーは吹き付ける風に目を細めながら、夜空を見上げた。


 ドゥーガンはその赤い翼で、すでに手の届かない高さにまで飛び上がっていた。


 赤い体が夜の闇に溶け込んでいく。




「あんな高さまで行っちゃったら、こっちからの攻撃が届かないよ……」


「それも狙いの一つなんでしょう」


「他にも目的があるの?」


「上さえ取ってしまえば、カラリアさんの狙撃を封じることができる」


「あ、そっか……じゃあ頑張って近づいても、あのへんてこな生首爆弾は止められないってことだよね」




 そして、ドゥーガンは地上から完全に見えない高さまで飛んだところで――地上に向けて両手を伸ばした。


 指先に光が収束する。


 メアリーから見たそれは、流れ星の瞬きにも似ていた。




「来る――!」


「どうするの、お姉ちゃん!」


「今は回避に専念します、スピードを限界まで上げられますか?」


「できるよ! 『運命の輪』、フル回転だあぁぁぁあっ!」




 ギュアアァァァァッ――と車輪が甲高い音を響かせ、急発進する巨人。


 内側のメアリーたちの体がガクンッと大きく揺れるとほぼ同時に、天上から光が降り注いだ。


 光線は大地を焼き溶かし、無数の火の柱がそびえ立つ。


 そこにはもはや、かつて栄えたキャプティスの面影すら残っていなかった、



 

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