061 衝突、巨人vs巨人
メアリーの体から溢れ出した骨は、まるでドゥーガンが巨大化したときのように膨れ上がった。
形作るのは巨大な骸骨。
その高さはマジョラーム本社ビルとほぼ同じ――およそ四十メートル。
骨を作り出したメアリーの姿は、肋骨の内側にあった
彼女の体は背骨に埋まり、上半身のみになっている。
常時、自らの肉体を破壊することで、高い魔力を維持しているのだ。
「ドゥーガン、決着を付けましょう!」
勇ましく言い放つと、骸骨の両腕はドゥーガンに掴みかかった。
ドゥーガンもそれを真正面から受け止め、両者の力比べがはじまる。
メアリーの魔術評価は4万、対するドゥーガンは8万。
単純計算で倍の差があるため、本来ならつかみ合いなど成立しない。
だがこれは不意打ちだ。
だからドゥーガンの姿勢は不安定で、押せば後ずさるし――足をかければ巨体は転ぶ。
「ウアアァァァア――」
建物を押しつぶしながら、バランスを崩すドゥーガン。
彼は苛立たしげに、中央から生えた口でうめき声をユニゾンさせる。
さらにメアリーは、倒れたドゥーガンの体を両手で持ち上げると、街のほうに向かって放り投げた。
「さすがに重い……ですがッ! はあぁぁぁぁぁ――てえりゃあぁぁあああッ!」
巨大な体がふわりと浮かび、貴族の屋敷を粉々に押しつぶした。
そのまま、ドゥーガンは自らが作り上げた街の上を転がる。
まずは第一目標――ビルからの引き離しに成功。
メアリーは光線を警戒し、回り込んで敵に近づくと、右腕を変形させた。
「
倒れたドゥーガンの頭部に、十五メートル級の刃を叩きつける。
「ウアアァァァア、ア」
だが、触手に繋がれたドゥーガンの頭部が伸び、刃を噛んで受け止める。
さらにその頭部は、噛んだまま膨らみ炸裂した。
オレンジの爆炎が街を照らす――骨の巨人はその衝撃によろめき、乗り捨てられた車を蹴飛ばした。
その間に、ドゥーガンは立ち上がる。
不意打ちはもうできない。
相手は明らかな敵意をもって、メアリーと向き合った。
肉色をした花弁が妖しく揺れ、その中央から伸びる大きなドゥーガンの顔が、不気味に蠢く。
「見れば見るほど、生理的な嫌悪感が湧いてくる見た目ですね」
雄しべと雌しべの先端に付いたドゥーガンの目は虚ろで、口は半開き、よだれは垂れ流し。
外見だけは整っていたのに、それすら台無しで――その造形物に込められた意味は、下品な悪意。
ストレートに、馬鹿にしてやろうという意図だけが感じられた。
メアリーもそこに関しては共感しないでもないが――無駄に犠牲者を増やし、悪趣味に悪趣味を重ねるやり方は心底嫌いだった。
ドゥーガンが両腕を前に伸ばす。
指先に光が収束し、放射――計十本の光線がメアリーを襲った。
骨の巨人は、その無骨さに反してなめらかな動きで、横に飛び込み、転がってそれを避ける。
だが光線は彼女を追うように向きを変え、“本体”であるメアリーの体を狙うように、胸のあたりを通過した。
肋骨の表面に赤い線が走る。
切断された腕が滑り落ちる前に、メアリーは骨で間を繋ぎ合わせ傷口を補強した。
「脆い……いや、あちらの威力が高すぎる。できれば食らいたくはありませんが――」
光線の動きは早い。
また、背後に回り込んだとしても、ドゥーガンの腕の可動域はかなり広く、後ろにいるメアリーを的確に狙ってきた。
離れていては埒があかない。
タイミングをはかり、光線を止めるべく腕に掴みかかる。
しかし、不意打ちならともかく、まっとうな力比べで敵うのぞみもなく――ドゥーガンが腕を振り払うだけで、骨の巨人はなぎ倒される。
必死でしがみついても、今度は花の中央から顔が伸びてきた。
複数の顔面が肋骨に噛みつき、しっかりと逃さないようにした上で――爆ぜる。
夜のキャプティスに、連続して轟音が鳴り響いた。
衝撃に吹き飛ぶ巨人。
その肋骨が粉砕され、骨と同化したメアリーがむき出しになる。
彼女の体は炎にさらされ、焼けただれた。
「ぐううぅ、ぐ、がああぁああっ……!」
皮膚も肉も焼け、顔の一部分に至っては骨まで晒しながら、苦しむメアリー。
骨の巨人は傷の再生もほどほどに、腕を付いてゆっくりと立ち上がる。
「かひゅ……く、ふ……っ」
メアリーは喉も焼かれたのか、思うように声すら出せない。
だが意識は健在。
むき出しの肉をヤスリで削られているような痛みに歯を食いしばりながら、破損箇所の補修を行う。
砕けた肋骨は少しずつ再生し、再びメアリーの壁となる。
だがそれより前にドゥーガンが動いた。
彼は両手をメアリーに向け光線の照準を合わせると、さらに新たに生やした触手を伸ばした。
「おねえちゃーんっ!」
すると、メアリーの耳に無邪気な少女の声が聞こえてくる。
「アミ……ちゃ……?」
再生途中のかすれた声でその名を呼んだ。
アミは車輪を使って高速移動しながら、こちらに近づいている。
メアリーでもこの有様だ、あの光線がかすっただけでアミは蒸発してしまうだろう――そんな死地に向かっているという恐れすら見せず、彼女はいつもどおりの笑みを浮かべていた。
つま先から足の上に登ると、脛骨と大腿骨を駆け上がる。
そして肋骨の隙間から中に入り込むと、背骨に埋まったメアリーを、アミは心配そうに覗き込んだ。
「お姉ちゃん、大丈夫? すっごく痛そう」
焼けただれた姿を見ても、彼女は気持ち悪いとは思わない。
むしろ、そんな姿になってまで戦うメアリーに尊敬の念すら抱いた上で、その身を案じる。
「平気……です。それより、ここは危険――」
「うん、一緒に逃げよう! 『
アミが骨に手を当てると、その巨体の接地面に車輪が生まれる。
ギュアアァッ! と高速回転する車輪。
骨の巨人は倒れ込んだまま、スライドするように後退した。
ドゥーガンは慌てて光線を放つも、追いきれていない。
「速い……!」
「移動は私がサポートするから、お姉ちゃんは指示して!」
「本当にすごいですね、アミちゃんは」
「えっへへー、いくらでも褒めてね。その分だけ調子に乗っちゃうから!」
「今後もそうします。では、まずは体制を立て直しましょう」
肋骨の再生は完了した。
骨の巨人は再び立ち上がると、今度は足裏に、ローラースケートのように車輪を装着する。
そして滑るように、炎が照らすキャプティスを高速移動した。
◇◇◇
骨の巨人がローラーで滑って移動する、何ともふざけた光景。
それを遠くから眺めるカラリアは、思わず苦笑いを浮かべた。
「たちの悪い悪夢でも見ているようだな」
「夢ならいいわよ。これが現実だってんだからたまったもんじゃないわ」
キューシーは背中に翼を生やし、カラリアを抱えながら飛んでいた。
カラリアの手には、ライフルモードに変形した魔導銃マキナネウスが握られている。
彼女はそれを構え、ドゥーガンを狙った。
「つかあんた、結構重いのね」
「服の中に色々と仕込んでいるからな」
「これじゃあ、あんまり長くは飛べないから気をつけなさいよ」
「それはメアリー次第だな。ドゥーガンとの戦いがどれだけ長引くか――」
いくらライフルが強力だと言っても、ドゥーガンの足を切断するにも、四人の力を合わせて精一杯。
それ単体では、できることは限られている。
だがそれは一方で、役割さえ見つかれば、行動指針を決めやすいという意味でもあった。
「狙うは、あの巨体の中でもっとも脆弱な部位だ」
彼女はそう呟き、引き金にかけた指に力を込める。
「キューシー、ドゥーガンの右手に回れるか」
「了解。好きなだけこき使われてあげるわ」
わざと嫌味っぽく言われると、カラリアは思わず「ふっ」と笑う。
そしてキューシーは彼女を抱えたまま翼を羽ばたかせ、指定の場所に向かって飛んだ。
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