041 サムライメイドに死角なし

 



 カラリアは、研究室の並ぶフロアを走る。


 休憩室やメアリーの向かった階層とは異なり、かすかに油の匂いが漂っており、内装も心なしか寂しげだ。


 自販機に並ぶドリンクは、いかにも不健康そうなものが多く、働いている人間の層の違いが伺えた。


 休憩室同様、扉は閉じられているらしく、内側から魔導銃を撃ち込むような音がしている部屋もあった。

 

 キャプティスは混乱の最中、加えて朝――とはいえ、昨日から社内に残って・・・いる社員も少なくない。

 

 閉じ込められた研究員が脱出しようとしているのだろう。


 助けたいのはやまやまだが、カラリアの目的は武器の回収――それを達成するまで、彼女は足を止めない。


 しかしこのフロアの匂いを嗅いでいると、ふと過去を思い出す。


 ユーリィと共に過ごしたアジトは、それに近い場所だったからだ。


 誕生日プレゼントに貰った、魔導刀ミスティカと、魔導銃マキナネウス――それらの整備の仕方を習ったのも、あの場所だった。




『あー、違う違う。こっちのパーツを先に外して、次にこっち』


『……こう?』


『そう! カラリアよくやった! 天才だなお前ぁ~っ!』


『くすぐったいよユーリィ……ふふ』




 あの暖かい日々も、偽りだったのだろうか。


 そうは思いたくない。


 だが今になって思えば、ユーリィが整備の方法に精通していたのは、彼女が元はピューパ・インダストリーの関係者だったからなのだろう。


 あの武器を作ることができたのも、ユーリィという名の偽名を与えた知人がいたからこそ。


 当然、彼女はカラリアが普通の人間でないことも知っていた――




「考え事なんて、余裕があるんだな、カラリア」




 まるで追想を具現化したように、カラリアの目の前にユーリィが立っていた。


 彼女はすぐさま鼻で笑い、どこかにいるであろうアルカナ使いに言い放つ。




「悪趣味だな、偽物とは」


「違う、私はまだここにいる。ずっとずっと、カラリアを見てるんだよ」




 ユーリィの体に火がつく。


 服を燃やし、肌を焦がし、その体は徐々に爛れていく。




「魂はアルカナに捕らえられて、逃げられないんだ。助けてくれカラリア、なあ、カラリア」




 燃え盛る炎の中で、彼女はカラリアに向かって手を伸ばし、声を震わせながら叫んだ。




「熱いよ、痛いよ、なあカラリアぁ、私はこんなに辛い思いをしているんだ。お前を助けた私が苦しんでいるのに、お前は私を助けてくれないのか?」




 カラリアはそれを無視して、横を通り過ぎる。


 だが――




「それとも……嘘をついていたことを、根に持っているのか?」


「っ……!」




 その背中に向けて放たれた言葉が、心に突き刺さり、足を止めた。


 カラリアとて人間だ。


 しかも、まだユーリィの死から立ち直れたわけではない。


 幻覚だとわかっていても――無痛でいられるほど、心無い傭兵にはなりきれなかった。




「すまなかった、カラリア。けど、本当の名を教えるわけにはいかなかったんだ。私は償いきれない罪を犯した。お前という子供を育てることで、それを少しでも軽くしたかったんだ」


「黙れ……」


「かばって助けたのもそのためさ。自己犠牲って、何だか――自分が許されたような気分になるだろう? そう思うから、カラリアだって――」


「黙れえぇぇぇええッ!」




 握った拳が、ユーリィの体を吹き飛ばす。


 四肢はバラバラに飛び散って、同時に――カラリアの全身に、激痛が走った。




「づっ、ぐ……!」




 ミシッ、と体の内側から嫌な音がする。


 臓器が潰れそうなほど強く圧迫される。


 だが両足を強く踏みしめ、彼女はなんとか耐えた。


 そして自分自身に向かって吐き捨てる。




「私は馬鹿か、罠だとわかっていたくせに……ッ!」


「わかった上で、踏み越えられると、私も自信を無くすわ」




 ぬるりと、壁から現れるアオイ。


 カラリアは握った手に血をにじませながら、彼女をにらみつける。




「でも、つい足を止めてしまうのは、やっぱり、人間としての性なのね。そう、みんな抗えないから、私のアルカナはこの力を得た」


「悪趣味な女だ」


「悪趣味が、私を生んだのだから、当たり前ね」


「……お前も、そうなのか?」


「あなたとは、違う。あなたはアルファのホムンクルス、私はベータのホムンクルス」


「ベータ、か。両親が違うと?」


「そう。けれど、見捨てられたのは、同じ。みんな、ずるいと思っているわ。どうして、あなただけ、連れ出されたのか。救われたのか。幸せになれたのか」


「私のせいにされても困るな」


「でも、その妬みで、『正義ジャスティス』は殺された」


「そんなことだろう、とは思っていたが――やはりか。とんだ逆恨みだな!」




 苦情ついでに、彼女はアオイに殴りかかった。


 無論、それは当たらない。


 沈んでまた現れ、アオイは不気味に髪を揺らす。




「正当な、恨みよ。けど、まだ、足りない。復讐は、殺しても、終わらなかった」


「終わらせなかった、の間違いじゃないかッ!?」




 繰り出される拳。


 アオイは消え、また背後へ――カラリアはそれを読み、スカートの中から取り出したナイフを投擲。


 すると相手の目の前にユーリィの幻影が現れ、突き刺さる。


 その痛みはカラリアへと転嫁され、彼女は顔を歪めた。




「元凶が、残っている。そして、その元凶の周りに、あなたたちが、集まる」


「く、メアリーか……彼女は何も知らないだろう。それこそ八つ当たりだな!」


「無知の幸福。それもまた、妬みの対象よ」




 アオイは絶潰封域ブラックアウトを発動――カラリアの側方より壁が迫る。


 彼女はそれを、手の甲で破砕し止めた。




「ふンッ! 動機が妬みだと、もう隠しもしないか!」


「それぐらいしか、私たちには、残されていないの――発動、心傷風景トラウマバイオレンス




 通路を塞ぐように、ユーリィの幻影が複数体現れる。




「カラリア」「カラリア」「愛しているよ、カラリア」「私の大切なカラリア」




 彼女たちは同じ顔をして、同じ声をして、甘えるようにカラリアに飛びかかった。




「精神攻撃を諦め物量で来たか!」




 もう胸の苦しさは感じない。


 しかし胸糞悪さは倍増する。


 カラリアは避けもせず、幻影たちを真正面から立ち向かった。




「ふッ! せいッ! はあぁッ!」




 そして、躊躇うこと無く拳と足で粉砕。

 

 

 「づうぅっ……!」

 


 

 当然、カラリアの体は傷つくが、膝を付くほどではない。




「威力を最小限に抑えて、心傷風景を破壊――頑丈な体、羨ましい」




 すると、カラリアの後方で扉が吹き飛ぶ。


 内側から巨大な魔導銃を何発も打ち込み、破壊したらしい。


 中から出てきた研究員は、両手に武器を抱えていた。


 彼はカラリアを見るなり笑みを浮かべる。




「あ、やっと開いた! あなたがカラリアさんですね、これをっ!」




 駆け出した研究員を、アオイは冷たい目で見つめ――冷めた声で告げる。




「絶潰封域」


「え――あっ」




 助ける間もなく、彼は壁に押しつぶされ、絶命した。




「残念、武器も、潰れちゃった」




 カラリアはそこに駆け寄ると、うつむき、声を震わせる。




「この程度で破壊できるとでも?」


「……武器も頑丈。生意気」


「無意味だとわかった上で聞くが、罪なき人々を殺す理由は?」




 まずは刀を拾い上げ、ベルトに固定されるギミックで、腰に取り付ける。


 次に、人の身長ほど長いライフルを手に取り――




「世界が滅びる直前なら、命は等しく無価値だから」


「もういい年だろう。そういう考えからは卒業しておけ」

 

「あの世に行ったら考えるわ」

 

「ならばすぐに送ってやろう、このマキナネウスでな!」




 それを片手で握り、アオイに発砲した。


 ドウンッ、と普通の人間なら上半身だけが吹き飛ぶような反動を、片手で押さえ込む。


 放たれたのは、人の顔ほどの大きさの弾丸。


 それは発する熱により、触れていない廊下の壁すら焼き溶かしながら、最奥の行き止まりに衝突――そして、炸裂。


 ビルに大きな風穴をあけた。


 まさに必殺の一撃。


 しかし隙は大きく、アオイはそれを避け、平然とカラリアの前に現れる。




「強烈――だけどちぐはぐ。巨大なライフルと、刀だなんて」


「この威力、魔術評価に換算すると20000相当だ。潜ったところで、壁ごとえぐり取ってやる!」




 アオイに向かって、大口径のライフルを連発するカラリア。


 フロアどころか、建物自体を壊すほどの勢いで、そこらじゅうをクレーターだらけにしていく。




「そらそら、どうした! さっきまでの余裕は! 心傷風景とやらを使ったらどうなんだ!」




 反応はない。


 壁に潜って、様子でも見ているのだろうか。




「それとも姿を見せていなければ力は使えないのか? 隙がなければ発動できない魔術なのか!? 答えてみろ!」


「わかった、答えるわ」




 フロアが揺れる。


 カラリアのライフルによるものではない。


 耳障りなキャタピラの音が鳴り、そいつはガリガリと、壁を削りながら迫ってくる。


 そして、カラリアから少し離れた部屋の中から――周囲の壁もろとも扉を破壊して、キャタピラに人の上半身を載せたような兵器が姿を現した。




「開発途中の機動兵器――乗っ取ったのか……」


「確かに、私の魔術は、弱点がある。だけど、このビルは武器庫のようなもの。建物内にあるもので、それは、どうとでも埋められるの」


「それはどうだろうな! おおぉぉぉッ!」




 両手で抱えたライフルから、連続して魔力の塊を放つカラリア。


 触れずとも人を蒸発させるその弾丸は、機動兵器に直撃。


 だが――煙が晴れたその先にある装甲は、まったくの無傷であった。




「無傷。ふふ、こういうの、浪漫があって、カリンガが好きそうだけど」


「この硬さ、マジョラームの科学力だけではない……アルカナの力でさらに強化されているのか」


「そう、私の領域内では、全てが私の味方だから」


「だが、エネルギーは無限ではあるまい! こちらも撃ち続ければッ!」


「残念、物量でも、こちらのほうが上」




 砲口がカラリアを向く。


 放たれるのは直線の弾丸。


 その程度ならば彼女もたやすく避ける。


 だが、さらに複数の発射口が開き、そこから比較的弾速の遅い――しかし複雑に軌道を変える光球が放たれた。




「こちらの動きに合わせて……追尾するのか!?」


「この手数、その銃では対応できない。爆発するから、刀も無駄よ」


「ならばッ、マキナネウス、デュアルウィールドッ!」




 カラリアの声に合わせ、銃が二つに分かれる。


 さらに変形し、二丁拳銃となって彼女の手に収まった。




「形が変わった?」


「弾幕を張ろうと、この形態ならば――撃ち落とすッ!」




 威力は半分以下、しかし速射性に優れたその形態は、機動兵器の放つ弾幕をことごとく相殺していく。




「でもあの威力では、こちらに、傷は付けられないわ。時間はある。一撃で沈める。一番大きいの、出しなさい」




 負けじと、機動兵器の胸部が開き、巨大な砲門がカラリアを狙う。


 それを見て彼女は、さらに銃を変形させた。




「マキナネウス、ガントレット! 防壁展開!」


「また、形が変わった……シールド? 構わない、発射するわ」




 カラリアの前面を守る防御壁。


 それは銃が形を変えた、篭手より生成されるものだった。


 銃口から放たれる魔力を、一定範囲に収束させることいによって作られた、半透明の盾――もっとも、それでさえ敵の攻撃を完全に防げたわけではない。


 カラリア自身の防御力があってこそ、耐えられたのだ。


 自律兵器の主砲は――否、兵器全体が熱を持ち、次を放つまでに冷却が必要となる。




「倒しきれない。ならば再び、物量で……ん、機能低下……」


「故障か?」


「欠陥兵器」


「試作機を使うからそうなるんだ!」




 カラリアはガントレットで刀の柄を握り、前かがみになる。


 魔導刀と魔導銃が接続され、鞘が激しく光を放った。




『OVERDRIVE,READY』


「チャージ完了。アルカナごと両断するッ!」




 カラリアの体内に宿る莫大な魔力。


 それを、科学の粋を集めた武装により、一気に放出する。


 そこに彼女自身の身体能力――居合斬りの威力も加わり、最速、最強の斬撃を繰り出すのだ。


 それは元から備わっていた魔力による防壁、そしてアルカナの力による装甲の強化すら貫く。




「強化された装甲が……紙みたいに……」




 タイプアルファ――カリンガと同類とはいえ、アルカナ使いですらないカラリアが放った一撃に、驚くアオイ。


 ご自慢の機動兵器は、カラリアの宣言通り、真っ二つになって両側に倒れた。


 その影に隠れるように、アオイは慌てて壁に溶け、カラリアの前から消えた。




「……ふん、逃げたか」




 バチッ、と雷光を纏う刃を、鞘に収めるカラリア。


 彼女のその腕は、痛々しいほどに青黒く変色しており、いたるところで血管が切れて内出血が起きていた。




「久しぶりに使ったが、以前より消耗が大きいな。鈍ったか?」




 だが手のひらは問題なく開閉できるし、握力もさほど落ちてはいない。




「あとは予定通り、キューシーの援護に――」




 エレベーターに向かって走り出すカラリア。


 だがその足元からは、このフロア以上に激しい揺れと音が伝わっていた。




「さっきの女が逃げる前からこうだった。『吊られた男ハングドマン』でもない――メアリーは一体、何と戦っているんだ?」




 攻め込んできたアルカナ使いが、もし三人だとしたら――そんな不安を抱きながらも、カラリアはメアリーを信じて、上層階へと向かうのだった。



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