036 リンク
ノーテッドの話がようやく終わり、メアリーたちは社長室を出た。
キューシーはぐったりとした様子で疲れ果て、メアリーはねぎらうようにその背中をぽんぽんと撫でる。
次に向かうのは、下の階にある解析用の部屋があるフロアだという。
エレベーターで降り、最上階とは違う、シンプルで工場っぽい廊下を進む。
するとキューシーの連絡端末に着信があった。
短く会話を終えると、彼女はカラリアに告げる。
「カラリア、あんたが失くしたって言ってた武器、見つかったそうよ。すぐにうちに運び込むって」
「本当か!? それは助かる!」
「ただし、渡す前に調べるから。ピューパ製の可能性が高いんだもの」
「構わん。何ならついでにメンテナンスも終わらせてくれ」
「厚かましいやつ。でもギブアンドテイクよね、わかったわ」
話を終えると、部屋に入る。
白衣を纏った男性が待つそこで、メアリーとカラリアは血と毛髪を採取された。
そこでメアリーは、ふとあることを思い出した。
「そういえば私、マグラートの死体も出せるんですが、使えますか?」
「ああ、死神の能力で……それもほしいわね。でもそれなら、ヘムロックも食べさせてよかったかも、そっちのが運ぶの楽だし」
「能力で出した死体だと、検査結果がどうなるかわからないので……」
「確かに、メアリーの一部と判定されたら困るな」
「あー、そういうのもあるのかぁ」
メアリーが手をかざすと、ずるりと死体が吐き出される。
正確には、死体そのものではなく、魔力を使って限りなく近く再現したもの――ということになるのだが。
さすがに、これには白衣の男も驚いたようで、軽くのけぞっていた。
しかしすぐに気を取り直し、検体を採取する。
その様子を見つめながら、カラリアはキューシーに問いかけた。
「結果が出るまでどれぐらいかかるんだ?」
「残留魔力波形検査あたりなら、二時間ぐらいかしら。気になる結果が出たら、すぐに伝えるわ。血液の採取が終わったら、二人はもう休んでていいから」
ひらひらと手をふるキューシー。
どうやら彼女には、専務としてまだやることがあるらしい。
事が終わると、メアリーとカラリアは社員に連れられ、休憩室へと向かった。
◇◇◇
休憩室は別のフロアにある。
ベッドはいくつも並んでおり、普段は研究者たちが、仮眠を取るのに使っているのだろう。
部屋の隅には自販機も並んでいた。
メアリーとカラリアは同じベッドの縁に並んで腰掛ける。
カラリアは、隣にちょこんと座る少女の姿の頭に手を当てて、心配そうに言った。
「疲れた顔をしているな」
「そう、でしょうか」
「いくら覚悟を決めても、つい先日まで素人だったんだ。無理はいつまでも続くものじゃない」
「……弱いですね、私。『
「相手は私たちの能力を知っており、かつ自分に有利な地形をうまく利用している。敵の概形すらわかっていない私たちが、不利な戦いを強いられるのも仕方あるまい」
「ですがっ!」
「それに、メアリーが弱いというのんら、それに負けた私はどうしたらいい?」
「あ、いえ、そういうつもりじゃっ」
「はははっ、冗談だ」
「カラリアさん、いじわるです!」
「ふ、すまない。ついな」
「罰として……膝枕、してください」
「私がか? 硬いぞ?」
「構いませんっ」
メアリーは体を横に倒し、ぼふんっ、とカラリアの太ももの上に頭を乗っけた。
「……本当にするのか」
カラリアは、こころなしか少し恥ずかしそうだ。
「ここから見上げるカラリアさんの赤い顔……いい眺めです」
「茶化すな、意地が悪いな」
「えへへ、伝染っちゃいました」
メアリーがはにかむと、釣られてカラリアも微笑む。
しかし、笑顔はそう長く続かなかった。
カラリアの指摘通り、メアリーはかなり疲れているのだろう。
「ふぅ……やっぱりお姉様とは感触が違うんですね」
「姉にもよく、こうしてもらっていたのか?」
「はい、私がお願いすると、いつでも」
目を細めて、幸せだった頃を思い返すメアリー。
プルシェリマ家では、あまりいい扱いを受けていなかった彼女だが、フランシスと過ごした時間だけは、間違いなく満たされていた。
「ロミオとの結婚も無かったことにして、お姉様とずっと一緒にいたかった。ただ、それだけでよかったのに」
「ああ……私もだ。真実など知りたいとは思わない、ユーリィがいれば、それでよかったんだ」
「知らない人が私を知っていて、私の知らないところで繋がっていて。気持ち悪いですよね」
「何も知らないはずなのに、真相に近づいている予感……不安にもよく似ている。もやもやとした感覚が、ずっと胸に渦巻いている」
「私とカラリアさんの出会いだけで終わってたら、喜んで受け入れるんですけど」
「最初は殺し合いだったろ?」
「それでも、結果的には仲良くなれましたから……」
そう言ったあと、メアリーは不安げに、上目遣いにカラリアを見つめて言った。
「仲、いいですよね?」
「心配するな。過ごした時間の割には、かなり距離は近づいていると思うぞ」
二人が出会ったのは、まだ今日のことである。
だというのに、このメアリーの懐きよう。
もちろん悪い気はしないのだが、見ていて不安になる無防備さだった。
思わず、カラリアは彼女の頭を撫でる。
するとメアリーは頬を緩め、かわいらしく控えめにあくびをした。
「ふあぁ……気持ちよくて、眠くなっちゃいました」
「私も少し眠いな」
「横になっていいですよ、勝手に足を借りておきますから」
「それだと私が寝にくい、枕にするなら腕にしてくれ」
「ふぁーい」
メアリーはすでに半分寝ており、ぼんやりとした目をしている。
彼女はふらふらと立ち上がると、カラリアより先に、ベッドで横になった。
そして誘うように、ぼふぼふと自分の隣を叩く。
(本当に腕を枕にするつもりなのか……)
半分冗談のつもりだったが、寝ぼけ眼の彼女には通用しなかったようだ。
カラリアは観念して、メアリーと隣り合わせで横になり、二人は抱き合うようにして眠りについた。
◇◇◇
メアリーは夢を見る。
大きなベッドの上に、見知った顔の女性が寝ている。
(ブレアお母様……?)
それはメアリーとフランシスの母であり、ヘンリーの前妻であるブレアであった。
彼女はメアリーが物心つく前に亡くなったため、彼女にはその記憶が無い。
『どうして来たの』
ブレアは冷たい声で言い放つ。
するとメアリー自身が、幼い声でこう答えた。
『お母様に、はやく元気になってほしくて』
しかしこのとき、メアリーはまだ喋れる年齢ではない。
(……お姉様なの?)
そう、だからこの声は、フランシスのものだ。
心配そうにその身を案じるフランシスに向けて、母は大きな声で言った。
『同情のつもりッ!? ゲホッ、ゲホっ……!』
『お母様っ』
『触らないでッ!』
『きゃっ』
ブレアは腕を振り払い、フランシスは転ぶ。
しかし母は娘を心配すらせず、体を起こすと、冷徹な視線で見下ろし、心無い言葉を浴びせかけた。
『近づかないでって言ったわよね。汚らわしい、ああ汚らわしい。お前なんて私の子供じゃ――いえ、私の子供だからこそ汚らわしいのよ! どうしてヘンリーは私を選ばなかったの? どうしてあなたを選んだの! どうしてあんな、メアリーなんておぞましいものを生み出したのッ! 嫌だ、嫌だ、もう何もかも嫌なのよぉおおおおおッ!』
ブレアは髪をかき乱しながら、奇声をあげた。
『お母様ぁ……』
フランシスは涙目になりながら、震えた声でそう呼ぶ。
しかし母が穏やかな、かつての姿に戻ることはない。
それどころか、ブレアは棚に置かれた果物ナイフを手にとって、這いずるようにベッドから降りた。
『あなたがいたからよ。あなたがいたから、ヘンリーはあんなことを……ヘンリーを返して……私からヘンリーを奪わないでえぇぇぇえっ!』
『いや、いやっ! お母様、やめてぇぇええっ!』
刃を向けられ、必死に抵抗するフランシス。
しかし子供の力で止められるものではない。
ついにナイフが彼女の喉元に突き立てられようとした、そのとき――
『あ……』
ブレアの胸を、水の刃が刺し貫く。
それはフランシスの手から伸びたものだった。
『そう、あなたは――私、から……命まで……奪う、の、ね……』
母の口から血が溢れ、体から力が抜け、彼女の上にのしかかる。
『お母様? ねえ、お母様っ? お母様あぁぁっ!』
幼いフランシスの悲痛な声が響き渡る。
その様子を、部屋の隅から見守る影が一つ。
四肢こそ人と同じ位置についているものの、体の大きさも、肌の色も、纏う鎧も人のものではない。
明らかに異質な異形。
そいつはただただその場に立ち、無言で惨劇を見つめていた。
◇◇◇
眠るメアリーは、激しくうなされ、苦しげな表情を浮かべていた。
その声に気づき目を覚ましたカラリアは、心配そうにその体を揺らす。
「メアリー、大丈夫か? おいメアリー!」
「っ……う、あ、カラリア、さん……?」
彼女は薄っすらと目を開き、カラリアの姿を視界に収めると、ほっとした様子で笑みを浮かべた。
「ひどくうなされていたぞ」
「変な……夢を、見ていて。でも……」
「腕枕の寝心地が悪かったのなら謝ろう」
「あは、それは最高でした。でも、なんだか――私、おかしいんです」
「どうおかしいんだ? そうだキューシーを呼ぼう、医務室で治療を――」
「違うんですっ、そういうのじゃ、なくて」
メアリーはうつむき、唇を噛む。
そして黙り込んだ末に、すがるように、カラリアに向けて言った。
「お姉様が、私の中にいるような気がして」
そう聞かされたカラリアは、当然困惑する。
だが――心当たりはあった。
(お姉様が見える、と言っていたな。幻覚、幻聴の類かと思っていたが、『
自分と戦ったときも、メアリーはおかしな言動を見せた。
あれもまた、彼女が喰らったという姉の死体が影響しているのだとしたら――
「最初は、カラリアさんと戦ったとき。次は、『運命の輪』との戦いの最中。そして今の、私の見たことのない夢……」
「それは、メアリーに害をなすものか?」
「違います。お姉様は、私をいつでも正しい方向へと導いてくれて。けど、今の夢は――お姉様が、お母様を殺しただなんて……!」
自分の肩を抱いて震えるメアリー。
カラリアは両手で彼女を抱きしめると、胸に頭を埋めさせた。
「あ……」
「まあ、今のところ害が無いのなら、頼ってもいいんじゃないか。お前の能力なら、悪いようにはならないだろう」
「はい……」
「すまない。正直、死神のことは私にもわからないからな。これぐらいしか言えない」
「……十分、すぎます。こうして甘えるだけで、心が軽くなるんです」
「お前に救われた命だ、いくらでも好きに使ってくれ」
「そんなこと言ったら、本当にずっと甘えちゃいますよ? 私、元々そういう人間だったんですから」
メアリーの声に、余裕が戻る。
微笑む表情からも影が消え、もうすっかり元通りだ。
もちろん、あの夢の謎が解けたわけではないが――
(私が一歳になる前に死んだから、ブレアお母様のことはほとんど覚えていません。私が知ったのは、お父様が再婚したあとに出来たキャサリンお母様のことだけ。何も知らないんですよね。本当に、何も)
メアリーが“ありえない”と否定しても、そこには何の根拠もない。
あの夢は、現実に起きた出来事なのかもしれない。
プルシェリマ家は、普通の家庭ではないのだから。
そう考えながらも、癒やしを求めてカラリアに抱きつくメアリー。
すると急に部屋の扉が開いた。
「よかった、起きて……って何やってんのよ二人とも」
キューシーは呆れた表情を浮かべた。
「色々あったんだ」
「色々あったんです」
「ありすぎよ、この短時間で。まあいいわ」
しかしすぐに険しい表情に戻った。
彼女の手には、紙が握られている。
「例の波形検査の結果が出たから伝えにきたの」
「採血された分ですね。どうだったんですか?」
「マグラートとヘムロックは、彼らの言っていた通り、実の姉弟だったわ。そして――」
キューシーはカラリアを見て――言いよどむ。
「何だその表情は、いい気分はしないぞ」
「本当に言っていいものか葛藤してたのよ。さっきから、あんたにキツいこと言ってる自覚はあるから」
「事実なら受け入れる。言ってくれ」
「……本当にいいのね?」
「もったいぶるな」
改めて、キューシーはカラリアを真っ直ぐに見据え、告げた。
「カラリア。あなたも、マグラートとヘムロックの血縁者よ」
覚悟はした。
だが驚かずにはいられない。
続けざまに突きつけられる不都合な真実に、カラリアは唇を噛み、汗ばむ右手を強く握った。
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