037 ヒーロー見参 ~逆境を乗り越えて強くなれ~

 



「あー、あー、もしもーし」




 耳に携帯端末を当てる、ローブの少女ディジー。


 彼女は地下の隠れ家にある、ドゥーガンの部屋で、彼の椅子に腰掛けている。


 当のドゥーガンは客人用のソファに腰を沈め、いつかと同じ本を読み続けていた。




「聞こえてる? ここ変な魔術妨害かかってるみたいで、通じにくいんだよね」


『うん、聞こえてるよ。そっちはどうかな』




 端末の向こうからは女性の声が聞こえた。


 ディジーの口調は、以前、ドゥーガンの執事であるプラティに向けたものに比べると、かなり丁寧だ。




「アルファタイプが――」


『名前を言ってくれればわかるよ』


「ヘムロックの姐さんが死んだ」


『彼女は一人で?』


「うん、あと一人ぐらい連れてけって言ったんだけどね。別のアルファタイプが向こうに付いたのも原因かも」


『カラリア、だったっけ。皮肉なものだね、タイミングが違っていれば、立場は逆だったかもしれないのに』


「あんたが好きそうな設定・・だよね。ネタにしちゃえば?」


『さすがに不謹慎だよ』


「ははっ、だろうね」




 その返事を予想していたように、ディジーはへらへらと笑う。


 通話相手も、『あはは』と苦笑した。




『脱落者は一人、残るは四人……? もう全員投入したら?』


「いんや、アルカナ使いは曲者揃い、複数人じゃ足を引っ張り合うことだってある。特にあたしの『魔術師マジシャン』とあいつのアルカナは相性悪いんだよね」


『ああ――確かにそうだね。無限回廊とは競合しそうだ』


「でしょ? だから今回は、あいつと『吊るされた男ハングドマン』に任せる。“アンプル”だって届いたんだ、かなり追い詰められるだろうし、仮に負けたって――」




 そこで、通話相手の女は、言葉を遮るように強めの口調で言った。




『死んでもいいなんて、言わないでほしいな。私はみんなと、世界が滅びる瞬間を見届けたいのに』




 ディジーは目を細め、口元に寂しげな笑みを浮かべる。




「花火の見物じゃないんだ、無理な相談だよ。むしろあたしらは、自分の命を花火として打ち上げる側さ。あんたがそれを見て綺麗だと思ってくれれば、それで十分だよ」


『嬉しくない恩返しだな』


「そう思うんなら、あの世で別に恩返しを受け取ってよ。どーせ、みんなそこで再会すんだから」


『……そうだね』


「で、そっちの首尾はどうなの?」


『順調だよ。ワールド・デストラクションの改造も進んでる。あと一ヶ月もあれば、この世界を滅ぼせる』


「ははは、そりゃあよかった。目出度めでたいねえ。あんたに付いてきてよかった」




 今度の笑顔は、心からのものだった。


 物騒な話な話には似合わない、純粋で、純朴な。


 彼女はその表情のまま、あっさりと言い放つ。




「こんな腐った世界、一刻も早く滅びてほしいもんだ」




 通話相手は、何も言わない。


 だが、必ず頷いて、肯定しているはずだ――ディジーの胸には、そんな確信があった。




 ◇◇◇




 マグラートとヘムロックが血縁者――そんな事実を聞かされたカラリアは、ベッドに腰掛けバゲットをかじっていた。


 キューシーが社員に持ってこさせたものだ。


 もっと豪華な料理を、と提案はしたのだが、カラリアがパンだけで十分と断った。


 一方で、メアリーとキューシーは、トレーに乗せられた皿に、肉と魚のメインディッシュが並んだ、社員食堂のセットメニューを食べている。


 黙々と食事を進める三人。


 メアリーとキューシーは育ちがいいので、食器にフォークが当たる音すらしない。


 息苦しいほどに部屋は静かで、そんな沈黙に耐えかね、キューシーが口を開いた。




「言っとくけど、わたくしは別に、カラリアを追い詰めたいわけではないのよ」


「……わかっている。私だって、事実は知りたい」


「でもさらに掘り下げたところで、都合のいい真実なんて出てこない予感もするのよね」


「それは、同感だな。ユーリィは、私のことを『身寄りのない孤児』と言っていたが、それすら嘘だったんだ」


「やはり、ピューパで……ということなんでしょうか。子供をさらって、アルカナ使いにするための手術を受けさせて……」


「だとすると、三人が血縁者になる理由がわからないわ。もっと言うとね、魔力波形の一致率……兄妹というよりは、一卵性の双子並に近かったらしいのよ」


「三つ子、だったんでしょうか」


「かも、しれない、わね」




 言葉を濁すキューシー。


 誰もが、頭に一つの可能性を思い浮かべていた。


 だが、誰も言おうとはしなかった。


 しかし――カラリア自身が口を開く。




「アルカナの器にするため、作られた子どもたち……だろうな」




 そして、バゲットを大きめに一口かじった。




「……ありえるんですか。人が、人を作るなんて」


「研究者が言うには、古から存在するホムンクルス技術の延長線上だろうって」


「ホムンクルス……血液を使い、限りなく人間に近い、意志のないゴーレムを作り出す魔術、だったな」


「それが科学の進歩で、意志のある人間を生み出せるようになってしまった……」


「いくら高名な魔術師でも、生きてるうちに作れる子供は限られる。人工的な量産は、合理的ではあるわ」




 メアリーは「人の命に合理性なんて……」と拒絶感を示す。


 しかし一方で、世界なんてそんなものだと、納得する自分もいた。


 でなければ、あんなに簡単にフランシスは殺されたりしない。




「でも、血を使うということは、ユーリィさんがカラリアさんの母親だった可能性もある、ってことですよね」


「あるけど。仮にそうだとしたら、カラリアは嬉しいの?」


「名前も何もかも嘘だったんだ。それぐらいの繋がりがあったほうが、救われるな」


「そう……なら、そのうちピューパに問い合わせて確かめてみましょうか」


「ドゥーガンを殺したら、次は王都まで国王を殺しに向かうんだろう? その途中にでもわかるだろうさ、嫌でもな」




 あくまで平静だとアピールするように、食事を続けるカラリア。


 しかし誰の目にも、彼女の強がりは明らかだった。


 それを悟られまいとするように、続けざまに彼女はキューシーに尋ねる。




「それで、ドゥーガンのアジトに攻め込む件はどうなっている?」


「軍や周辺貴族への調整は佳境よ。昼前には完了するわ」


「それが終われば、いよいよドゥーガンを殺せるんですね」


「ドゥーガンの死後、スラヴァー領は誰が治める?」


「そこ心配する?」


「気になるだろう。なあ、メアリー」


「スラヴァー領の行く末というより、キューシーさんの家がどうなるのかは気になります」


「ふふっ、ありがと。今のところはお父様がやることになってるわ。本人は乗り気じゃないし、国王は認めないでしょうけどね。でも、周囲の納得を得るためにはそうするしかないもの」




 スラヴァー領の最大の武器である軍事力は、ノーテッドがいなければ維持できない。


 とはいえ、今まではドゥーガンの政治力ありきの領運営ではあった。


 これまでと同じように――とはいかないだろう。




「だとすると、心配ですね。アジトに攻め込んでいる間に、ノーテッドさんの命を狙う者もいるかもしれません」


「相手の狙いがメアリーなら、その心配も必要ないが――まだわからないことが多いからな」


「そこは心配いらないわ。うちは国内一の軍事企業の本社よ? どれだけ強固なセキュリティが敷かれてるとと思ってるのよ。たとえアルカナ使いが突破しても、最上階に到達する前に、お父様はとっくに遠くに逃げてるわ」


「解放戦線の地下アジトとは比べ物にならない、と?」


「もちろん、完璧よ。予算が数桁は違うもの」




 キューシーは相当自信があるようだ。


 彼女自身もアルカナ使い、その能力の強力さや特異性を理解しているはず。


 その上で、完璧だと言い切るのだから。




「だからあなたたちが心配するべきは、自分の体調ぐらいのものよ。時が来るまで、しっかり休んでおきなさい」


「キューシーさんもですよ」


「わかってるわよ。戦うつもりならしっかり休んでおけ、ってお父様に言われたばかりだもの」


「何なら三人で並んで寝るか?」


「やめてよ気持ち悪いから」


「なら、私と一緒に寝ま」


「寝るわけないでしょ!?」


「ふふふ、冗談です。ねえカラリアさん?」


「ああ、冗談も冗談だ。本気するなキューシー」


「くっ……何なのよあんたらの仲の良さは……気持ち悪いわねぇ!」




 膨れながら、残った食事を書き込むキューシー。


 そして三人は食事を終えると、部屋を暗くして再び横になった。




(起きたらついに、ドゥーガンを……)




 そう考えるだけで、メアリーは高揚する。




(ああ、いけません、眠れなくなってしまいます。ですが、考えずにはいられない――)




 はやるきもち、火照る体。


 それでも、目を閉じて横になるだけで、体を休めることはできる。


 そうして二時間ほど、三人は仮眠を取った。




 ◇◇◇




 マジョラーム本社ビルは、工場などが併設された広大な敷地の一画にある。


 ビルそのもののセキュリティもさることながら、敷地内の門付近にも最新式の機械鎧パワードスーツを纏った兵が配置されている。


 侵入を拒む防護壁や、遠隔操作可能なガトリングガン等も配置され、たとえスラヴァー軍が攻め込んできても、侵入を許さぬよう作られていた。


 その正門の前に、一人の男が立つ。


 ツンツン頭の黒い髪。やたらと太い眉毛。そして濃い顔立ち。


 上には黒いコートと白いシャツ、下はダメージ加工――というより普通に破れた黒のズボンを履いている。


 彼は機械鎧に銃口を向けられながらも、ひるまず腕を組み、仁王立ちして大声で叫んだ。




「たのもおぉぉぉぉおおおおおッ!」




 まるで、道場破りでもするように。


 無論、誰も反応はしない。


 続けて彼は、自らの顔に親指を向け、高らかに自己紹介を始める。




「俺の名はカリンガ・ディアータ! 『吊るされた男』のアルカナ使いだッ! メアリー・プルシェリマはここにいるか!」




 あろうことか、アルカナ使いだと自ら暴露する男。


 それを聞いた警備兵はさすがに困惑し、ビル内部にその事実を伝える。


 そして、すぐさま命令はくだった。




「了解、排除します」




 問答無用に射殺せよ――その言葉通り、大口径の魔導銃が火を噴く。




「ぐわぁぁぁぁあああああああッ! 俺の質問に答えず攻撃とは、なんと卑怯な!」




 カリンガは防御もせずに、真正面から魔力の弾丸を受ける。


 コートは破れ、全身傷だらけになっていく。


 舞い上がる煙の中、ボロボロになった彼は、しかし倒れることはなく、右拳で顔を汚す血を拭った。




「く……こんな所で負けるわけにはいかない。こんな卑劣な輩に、負けるわけには……」




 まるで自分に酔ったようにそう言いながら、ギラギラに滾った瞳を、機械鎧に向ける。




「なぜなら、俺は主人公だから――」




 当然、「何を言っているんだこいつは」と誰もが思った。


 それでもカリンガは台詞・・を続ける。




「そう、湧き上がるこの力の名は、なぜなら俺は主人公だからヒーローズ・プライド! だから立ち上がり、立ち向かい、打ち勝つ!」




 そして拳を振り上げると――そこに莫大な魔力が宿る。


 機械鎧に仕込まれたアナライザーは、常に彼の魔術評価を表示していた。


 そこに記される数字が、みるみるうちに上がっていく。




「この素晴らしい世界のために、俺という主人公は前に進み続けなくちゃならないんだ!」


「こいつ、さっきまで三桁だったのに……四桁、いや、一万を超えたッ!?」


「主人公とは、かくあるべしッ! 食らえ正義の鉄槌、熱血粉砕・バアァァァァァァァニング! ナッコォッ!」




 前に突き出される拳。


 そこから放たれるのは炎などではなく、空間を震わす衝撃波。




「何だこの力は――わぶっ!?」




 カリンガの“道”を遮る正門が、遠隔操作の機関銃が、機械鎧の魔導銃が塵となって消える。


 そして鎧の中にいる警備兵は――パンッと破裂して絶命した。




「哀れな脇役モブよ、嘆くな。お前たちの存在は、俺という主人公の記憶に確かに刻み込まれた」




 全身に膨大な魔力を纏いながら、彼は堂々と敷地内へと入っていく。


 その後も大量の自動兵器や大勢の警備兵が、その歩みを止めるべく出撃したが、誰一人として生き残ることはなかった。



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