034 私たちは空っぽだった

 



「アルカナ使いが、人の手で作れるんですか?」




 思わずメアリーは聞き返す。


 しかしキューシーは、否定も肯定もしなかった。




「前も言ったように、術者を選ぶのはアルカナ自身よ。そこに介入できるわけではないから、“アルカナの器を作る”と言ったほうが正しいわね」


「作るだけ作って、あとは運任せというわけか」


「外科手術と、魔術的な処置を複合させた、最先端の技術――王国軍にアルカナ使いを供給するために、ピューパ・インダストリーはそんなものに手を出していたの」


「ですが王国軍には、元からいた二人しかいませんよね?」




 そう、キューシーの話が事実なら、王国はもっと多くのアルカナ使いを確保しているはずだ。


 マグラートの『隠者』のような暗殺向きのアルカナだったり、キューシーのようにその存在自体を隠したがっているならともかく――他国やスラヴァー公爵に力を誇示したいヘンリー国王としては、アルカナ使いが手に入ったら、見せびらかしたいはずである。




「カラリアが言ったように、結局は運なのよ。どれだけ器を生み出しても、アルカナ使いは増えなかった――ってことになってる」


「でも実際には、王国は秘密裏に複数人のアルカナ使いを確保していた……」


「そこが解せないんですわ」


「ちなみにその手術を受けると、具体的にどうなるんだ?」


「アルカナが一流の魔術師を選ぶっていうのはね、体内にある魔力の許容量、つまりは“タンク”が大きくないと、自分たちが住み着くスペースが無いからなのよ。要するに、必ずしも大量の魔力が必要なんじゃない。“スペース”さえあれば、彼らは住み着いてくれる。それを確保するための手術よ」




 住み着く、とは妙にコミカルな表現だが、アルカナが意志を持つ神々だと言うのなら、間違ってはいない。




「だから、あの手術を受けた人間は、“魔術評価は低い”のに、“実際の魔力許容量は大きい”という状況になるわ」


「……以前の私のように、ということですね」


「私の場合は逆だが、似たような状況だな」


「そういうコト。だから調べたいの、二人の体をね」




 確かに、調べたくなる気持ちもわかる。


 だがメアリーとカラリアの胸は、同時に不安も渦巻いていた。


 知らなくてもいい真実を知らされるのでは――と。

 

 


(アルカナが宿るかどうかは運次第……マグラートやヘムロックが、キューシーさんと同じ施術を受けているのだとしたら、彼らは私たちに嫉妬して――いや、でもあの二人だってアルカナを得ているはずです。彼女たちの執念の動機としては、弱い気もします……)

 

 

 

 敵の事情などどうでもいい。

 

 だが、きっとメアリーにはまだまだ知らないことがあるのだろう。

 

 明かしたところで、幸せになれない事実が。

 

 さらに心を深いな靄が包んで――メアリーはそんな気持ちをごまかすように、キューシーに尋ねた。




「キューシーさんはピューパの本社で手術を受けたんですか?」


「いいえ、こっちに持ち帰ってから、自前の施設でやったわ」


「リスキーだな、自分で自分を実験台にしたのか」


「……まーね」




 軽く目を細めるキューシー。


 何か思うところがあるようだ。


 それから、少し会話は途切れる。


 沈黙を嫌ったメアリーとカラリアが、ぽつぽつと話題を振り――その中でカラリアは武器の回収を頼んだりもしたが、いまいち会話は弾まない。


 そうしているうちに、車はマジョラーム本社ビルから離れ、細い道へと入っていく。


 背後からは、リヴェルタ解放戦線の生き残りを運ぶ車が二台、付いてきていた。


 現状、追手の気配は無い。

 

 数分後、路地の行き止まりに到着。


 キューシーは車を降りると、近くにある建物の壁に触れた。


 すると地鳴りが響き、目の前の道路が傾いて、トンネルが現れる。




「アジトもそうだったが、お前の家はこういう仕掛けが好きだな」




 再び運転席に腰掛けたキューシーに、カラリアがそう言った。




「家でくくらないで。お父様が好きなのよ、こういう……ロマン、っていうのかしら、そういうものが」


「童心を忘れないお父様なんですね」


「もう少し大人になってほしいわ」




 車はトンネルの中へと進む。


 三台とも中に侵入すると、入り口は勝手に閉じた。


 そこからは、長く続く真っ直ぐな道が続いている。


 地下ではあるが、明かりも多くそれなりに明るい。




「立派な隠し通路だな。この道、軍は知っているのか?」


「もちろん知らないわよ」


「マジョラームも、それなりに隠し事が多いですよね……」


「お互い様よ。それにこれ、非常時にドゥーガンの逃げ道にする予定だったんだから」

 

「ドゥーガンですら知らない道なら、敵にバレる可能性も低い、ということですか」

 

「そそ。大事なのよ、情報って」




 そのまま進むと、大きな扉が目の前に現れる。


 中に広がるスペースに車を置くと、降りてきた団員たちの前で、キューシーは言った。




「お疲れ様、ここがマジョラーム本社ビルの地下よ。ひとまず、この建物にいる限り、あなたたちの安全は確保されているわ」




 話しているうちに、奥にあるエレベーターから、黒服の男たちが現れる。


 彼らはキューシーと目が合うと、深々と頭を下げた。




「解放戦線のメンバーは、彼らについていきなさい。次の戦いに備えて、しっかりと体を休めるのよ」




 ここまで来てしまえば、もう後戻りはできない。


 団員たちは言葉に従い、黒服たちとともにエレベーターで上層へと向かう。




「メアリー、アミも向こうに連れて行ってもらうわ。念の為、メディカルルームで精密検査を受けさせるから」


「はい……お願いします」




 キューシーは気を遣ってか、女性社員を呼んだ。


 といっても、黒のスーツを纏い、メアリーから手渡されたアミを軽々持ち上げる彼女も、只者ではないのだろう。


 メアリーの手から離れるアミは、繰り返し「ごめんなさい」、「迷惑ばかりかけて」とつぶやいていた。


 不安になったメアリーは、別れ際、彼女の前髪を手のひらで上げて、額にキスを落とす。




「は、はへっ? あ、あぁっ、メアリー様、今のっ……」


「私には何もできませんが、早く元気になってくださいね」




 女性社員に連れられ去っていくアミは、ただでさえ熱で赤いのに、さらに真っ赤に顔を染めながら、キスの感触を噛み締めていた。

 

 するとキューシーが吐き捨てる。




「うわ、間違いなくフランシスあの女の血筋だわ」


「あまりやりすぎると、あの娘が爆発するぞ、メアリー」


「え、やりすぎましたか? お姉様がよくしてくれたので、同じようにしてみたんですが」


「メアリーもだけど、フランシスもかなりのシスコンだったわよね」


「えへへ……まあ、お姉様はお姉様ですけど、姉というよりは、母親みたいに、私のことを愛してくれましたからっ」




 いつになくニコニコと笑いながら、メアリーは言った。




「姉のことを話すときのメアリーは、本当に嬉しそうな顔をするな……」


「カラリア、あんま掘り下げるとキリが無いわよ」


「はい、お姉様のことなら永遠に話せますっ!」


「ね?」

 

「機会があれば聞かせてもらおう」

 

「物好きねえ……さ、わたくしたちも向かいましょう」


「まずは、社長さんに挨拶、ですよね」




 メアリーたちは、団員やアミとは別のエレベーターを使って上へと向かう。


 社長室があるのは最上階。


 フロア表示に並ぶ数字を見て、メアリーはこの建物の高さを実感していた。




 ◇◇◇




「うわぁ……綺麗な風景ですね」




 最上階に到着したメアリーは、窓から見える景色に、感嘆の声をあげる。




「さすがキャプティスで二番目に高いビルですね」


「それ褒めてる?」


「もちろんです」




 窓に張り付くように顔を近づけながら、メアリーは早朝のキャプティスを見つめる。


 カラリアはそのすぐ横に立ち、言った。




「街の端にあるおかげで、全体が見通せるな」


「そう、大事なのはそこなのよ。例のロミオタワーは、確かに一番高いけど、真ん中に建ってたんじゃ一方向しか見えないもの」


「あのビルもマジョラーム製ですよね?」


「まあね。一番高いのは公爵の建物であるべきだーって、プライドの問題もあったみたいよ」


「ドゥーガンがですか?」


「ロミオのよ。あいつ、わがままお坊ちゃんだから」


「だとは思ってました。もう死んだのでどうでもいいですけど」




 辛辣に冷たく言い放つメアリーに、キューシーは苦笑しながら肩をすくめた。


 無駄話もほどほどに、一行は社長室の扉の前に立つ。




「お父様、入るわね」




 そう告げると、返事も聞かずに扉を開いたキューシー。


 部屋に足を踏み入れたメアリーとカラリアは、予想外の光景に驚いた。


 社長室というからには、広々として、整然とした、清潔感溢れる部屋だと思っていたのだが――実際には、壁面にいくつもの壁が並び、足元には本が散乱した、面倒くさがりが住み着いた研究室のような有様だったからだ。




「んー? おお、おかえり、キューシー」




 娘の声を聞いて、本の山の向こうから、太った男性がひょっこりと顔を出した。


 無精髭を生やした、ラフな格好の中年男性――




「まさか、あれが……天下のマジョラーム・テクノロジーの社長なのか」


「みたい、ですね」




 メアリーは、彼と会ったことがある。


 だがそのときは、ヒゲも剃って、スーツに身を包んだ、“外行き用”の姿だった。




「びっくりしただろうけど、これが普段のお父様なのよ」




 ため息交じりにキューシーは言った。


 どうやら彼女も、この状況を良いとは思っていないようで――しかし当の本人は、娘の帰りを喜びながらも、ちらちらとコンピューターの画面を見ていた。




「ただいま、お父様。客人が来たときぐらいは、研究のことは後回しにしてくださらない?」


「ごめんごめん。シミュレーションがいいところでさあ。お、来たか? 来た、来た、いい数値だ、その調子、そこ、行け、行けッ! 来たあぁぁぁぁぁーっ! やったあぁあ、ようやく成功だ! 見てくれよキューシー、これで排熱効果は10%も向上する! さらに主砲の威力も上げられるぞおぉ!」


「……はぁ」




 ガッツポーズをしながら飛び跳ねる父を見て、肩を落とすキューシー。




(あはは……全然似てませんね、この二人)




 メアリーがそう苦笑いをしてしまう程度には、両者の雰囲気は親子とは思えないほどに別物であった。



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