033 ワールド・デストラクション
モニタールームで意識を失っていたカラリアは、妙なぬくもりを感じて目を覚ました。
ぼやけた視界が、次第に鮮明になっていく。
――目の前にいるキューシーと目が合う。
「夢でも見ているのか」
「……現実よ」
彼女はぶっきらぼうにそう言うと、頬を赤くして顔をそむけた。
カラリアが視線を動かすと、部屋の隅っこでメアリーが上機嫌にこちらを見ていた。
彼女の体は再生が終わり、すっかり元通りである。
キューシーも、生き残った団員から回復魔術を受けたようで、服こそ血で汚れているものの、本人に傷はない。
「なあメアリー、私は何で、この女に抱きしめられているんだ?」
「キューシーさん、カラリアさんのことがすごく心配だったみたいで、見るなり抱きついたんですよ」
「気持ち悪いな」
カラリアが冷めた声で言うと、キューシーは声を荒らげた。
「嘘を言われた上に罵倒されるわたくしの気持ちにもなりなさいよ! 仕方ないの、こうしないと魔術が発動しないんだからっ! しかもあんた、体質なのか回復魔術の効きが悪いのよ!」
「言われてみれば、変に体が温かいが――キューシー、魔術師だったのか」
「キューシーさん、魔術師どころか『
「お前が?」
さすがにカラリアも驚いた様子のようだ。
アルカナ『女帝』――その主な能力は、判明しているだけで二つある。
一つは、触れた物体に魔力を注ぐことにより、自らに従う動物、“
下僕の強さは、物体の大きさにより変わるが、あまりに大きな物体――家や壁などには現状では使用できない。
そしてもう一つは、抱きしめた相手を治療する『
まさに今、キューシーが使用している魔術であった。
「驚いたな。もっと早くにアルカナ使いだと明かしてれば、戦いも楽になったんじゃないか」
「相手にわたくしの存在を知られたくなかったのよ。メアリーがいれば乗り切れると思ってたの。実際は、甘い考えだったわけだけど」
「不甲斐ないです。本来なら、私だけで復讐を完遂しなければならないのに」
「落ち込むなメアリー、相手の得意な場所に引き込まれてしまえば、誰だってこんなものだ。キューシーも、勝てたんなら結果オーライで喜ぶべきだろう」
「まあね……」
そう言っても、キューシーの表情はまだ暗い。
あのとき、ちゃんと殺せていれば、メアリーの手を煩わせることもなかったのに――そう思わずにはいられなかった。
そんな彼女の気分を察してか、カラリアはすぐさま話題を変える。
「ところでキューシー、まだ終わらないのか?」
「だからさっき言ったでしょ、あんた魔力の通りが悪いのよ」
「私のときはあっという間に終わってしまいました……」
「何でがっかりしてんの? つかカラリア、あんたもちょっとは恥ずかしがりなさいよ!」
「なぜだ? これは治療行為だろう」
「こいつ絶対にわかって言ってるわ……潰す、いつか必ず潰す!」
そう言いながらも、抱きしめる腕は緩めない。
(キューシーさん、何だかんだで優しいんですよね)
言い換えれば、それは“甘さ”となるわけだが。
そう言ったカラリアは、抱きしめられたまま、無言で口をへの字に結んでいる。
平然としているように見えるが、よく見れば少しだけ顔が赤い。
口ではなんと言おうと、やはり恥ずかしいらしい。
そんな二人の様子を、メアリーはますますニヤニヤしながら見つめるのだった。
◇◇◇
アジト内部には、死の匂いが蔓延していた。
そこらに団員の死体が転がり、生存者の体も例外なく血で汚れている。
しかし、キューシーによって治療を受けたおかげか、その傷は塞がっていた。
メアリーたちは、動けるようになったカラリアとともに、死体の片付けを始める。
(ティニーさん……)
見知った顔がさらす哀れな死に顔に、胸が締め付けられる。
持ち上げ、引きずり、抱き上げ、かき集めて――入り口前の広場の片隅に積み上がっていく。
死者はおよそ二十名。
戦いが始まる前、アジトには、三十人ほどが残っていたらしい。
死体の状態から、正確な人数を数えるのは難しいため、生存者から逆算された数字だ。
団員の中には、その亡骸を見て、肩を震わせ泣いている者も少なくはなかった。
アミも、メアリーにぎゅっと抱きついて離れようとしない。
するとキューシーが死体の山の前に立ち、高らかに宣言した。
「おめでとう、みんな。生き残った人は胸を張っていいわ」
空気を読まない発言に、カラリアが介入するまでもなく、団員――カラリアに助けられた彼女が声を荒らげる。
「元はと言えば、あんたが来てからおかしくなったんだろ!?」
「わたくしのせいにされても困るわね」
「だとしても、言葉はもうちょっと選べよ!」
「選んだって何か意味がある? わたくしが言わないと、悲しんでばかりじゃない。まずは誇りなさい。運であれ、実力であれ、自分が生き残ってここに立っていることを」
きっとそれは、悪意なんかじゃない。
キューシーなりの励ましのつもりだったんだろう。
「当初の予定通り、あなたたちをマジョラーム・テクノロジーの一員として受け入れるわ。ドゥーガンとの戦いのため、残った命を……存分に、使いなさい。そのためのサポートは惜しまないわ」
少し言いよどんだのは、ヘムロックとの戦いの中で、わずかに自らの中に迷いが見えたからか。
「それと、この死体だけど――わたくしは、メアリーの一部になるべきだと思うわ。みんな、どう思う?」
キューシーの提案に、積極的に反応する者はあまりいない。
確かに、一緒に戦えれば――そう望むものは多いだろう。
だが、勝手にそれを判断できるほど、傲慢にはなれなかったのだ。
代わりに、団長であるジェイサムが口を開く。
「俺も、そうするべきだと思う。団員を助けられず、目の前で死なせてしまった俺に言えたことじゃないかもしれないが――きっと、みんなそう望んでるだろう」
リーダーの言葉に、首を縦に振って同調する団員たち。
結論は出た。
キューシーは、メアリーのほうを見て頷く。
メアリーはアミの頭を撫で、一旦離れると、死体の前に立った。
背中や胸のあたりが膨らみ、無数の口が這い出る。
「ん……く、ふ、ううぅんっ……!」
わずかな喘ぎ声を漏らしながら、“口”は死体に食らいつく。
血肉を撒き散らし、ぐちゅぐちゅ、バリバリと咀嚼しながら。
(必ず、あなたがたをドゥーガンの場所まで連れていきます。ですから私に、力を貸してください――)
そうやって、伝わるかもわからない願いを念じながら、二十人分の死体を平らげる。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて、頭を下げるメアリー。
感極まった団員の嗚咽が響く――
「……ところで、キューシーさん。こちらはどうするんですか?」
死体の山跡地の横には、ゴミのようにヘムロックの死体が投げ捨てられていた。
「その死体は、うちで解析するわ。あいつが言ってたことがどうにも気になるのよ」
「完成品とか、失敗作って言ってましたね」
「ええ、それに――」
キューシーは、カラリアのほうを見つめた、
彼女はじっと、真っ二つに切り裂かれた死体を見つめている。
この様を見てもなお、『自分に似ている』と気付けるものなのだろうか。
一方でメアリーは、キューシーとは違う意味でヘムロックという存在が気になっていた。
(マグラートの姉……それが言葉通りの意味かはわかりませんが、姉と弟が揃ってアルカナ使いだなんて、そんな偶然あるんでしょうか)
わからないことが、あまりに多すぎる。
キューシーがアルカナ使いだったこともそうだ。
疑問のいくつが解決することを期待して、メアリーは他の面々とともにアジトを出た。
◇◇◇
外に出てからは、キューシーの手配した車で移動する。
運転席にはキューシー、助手席にはカラリア、後部座席にはメアリーとアミが、身を寄せ合って座っている。
夜明けが近いキャプティスを、マジョラーム製の魔導車は軽快に駆ける。
「長い夜でした……」
窓越しに白む空を見上げ、しみじみとメアリーはつぶやいた。
「ロミオのパーティからぶっ通しで起きてるんでしょう? うちのビルに着いたら休みなさいよ、ベッドも用意させてるから」
「ありがたく、お言葉に甘えます」
「そんなに寝てないなんて、メアリー様……大丈夫、なの?」
心配そうに見上げるアミ。
しかしその目は潤み、頬は赤い。
かわいいのは間違いないのだが――メアリーはふと心配になって、額に手を当てた。
「私は大丈夫ですけど……アミちゃん、すごい熱ですよ!?」
「うん……そう、なのかな? ぼーっとする」
「休んでください、マジョラーム社に着いたら診てもらいましょう」
「ん……わかった……」
アミは明らかに元気のない声でそう言うと、メアリーに言われるがまま、彼女の太ももを枕にして横になった。
カラリアは心配そうに、その様子を見つめる。
「アジトでの治療は終わっていたんだろう?」
「そう聞いていますが……」
「下手な病院より設備は整ってたはずよ。毒ガスとは別かもしれないわね」
「心労か。確かに、目の前でメアリーの体が真っ二つになったんだ、この年頃の娘には衝撃が大きすぎるか」
「キューシーさん、もしよければなんですが……アミちゃんのこと、マジョラームに預けられませんか?」
「いいの? その子、メアリーと一緒にいたがってるみたいだけど」
「最初から、安全な場所に送り届けるのが目的でしたから」
メアリーはアミを撫でながら言った。
何の力もないアミが、一緒に戦えるはずもない。
この調子でメアリーが命を狙われ続けるのなら、守るのだって難しいだろう。
「そう、わかったわ。子供一人ぐらいならどうとでもなるから、うちで手厚く面倒を見てあげる」
「ありがとうございます」
「その対価と言ってはなんだけど――本社に着いたら、メアリーとカラリアの体を調べさせてくれない?」
「メディカルチェックか?」
「それも兼ねてるけど、何らかの処置が施されてないか確かめるためよ。ヘムロック共々、ね」
ヘムロックの言葉は確かに気になる。
しかしそれ以上に、メアリーにはキューシーの言い方が気になった。
「キューシーさん、もしかして何か心当たりがあるんですか?」
「んー……」
「そもそも、キューシーさんがアルカナ使いなのも不自然です。マジョラーム・テクノロジーは、現社長のノーテッド氏が一代でここまで大きくした会社です。だから、マジョラーム家は魔術師の家系ではない――」
そのくせ、貴族と同等の権力をもっている。
魔術を脅かす、科学技術の発展――その象徴のような存在だ。
だからこそ、マジョラーム家は恐れられるわけだが、そこにアルカナ使いがいるというのは、明らかに不自然であった。
「そうか、母親が魔術師ならば、その子供が魔術師になる可能性はある。だが、両親ともに魔術師でない場合、アルカナ使いになれるほどの魔力を持つ子供はほぼ生まれない……」
「魔術師の両親から生まれた、魔力ゼロの私とはまるで逆です。“突然変異”的に発生する可能性もゼロではありませんが」
二人の追及を受けて、キューシーはため息をつき、気乗りしない声で語りはじめた。
「二人の言う通り、わたくしは魔術師なんかじゃないわ」
「でも、アルカナ使いになれたんですよね」
「話せば長くなるから、落ち着いてからがよかったんだけど……ま、どうせ着いたら着いたで忙しいんだもの、車の中で話しちゃいましょうか」
一応、隠すつもりではなかったらしい。
それでもやはり、乗り気ではない様子で、キューシーは言葉を続ける。
「わたくしが、王都の学園に通っていた頃――それ以外に、もうひとつ目的があったのよ」
「商売絡みか?」
「ええ、当時はそのつもりだった。王都は、商売
意味深に一拍置いて、彼女は言った。
「プロジェクト名“ワールド・デストラクション”。人工的にアルカナ使いを生み出す、その研究をね」
それは笑ってしまうほど壮大で、大げさなネーミング。
人工的、完成品、失敗作――メアリーは、いくつかの単語が線で繋がっていくような感覚を覚えた。
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