029 廻る殺意

 



 カメラの破壊後、メアリーは近くにあった椅子に座り、息を吐き出した。


 傷口はぐじゅりと蠢き、元の形に戻ろうとしているが、痛みと独特の気持ち悪い感触に、心が削られていく。


 ベッドに横になっていたアミが、心配そうにその顔を覗き込んだ。




「メアリー様……何があったの?」




 彼女は部屋から出ていない、外から騒ぎの音だけが聞こえて、不安だったろう。


 メアリーは無理して笑顔を作ると、彼女の頭をなでた。




「この部屋から出なければ大丈夫です」




 保証は無いが――それでも外よりは遥かにマシだろう。


 するとティニーが床にへたりこみ、うつむきながら言った。




「ごめんなさい、王女様。私を助けるために、こんな……」


「命があればすぐに元通りです、胸を痛める必要はありませんよ」


「そこは恩ぐらい売っときなさいよ。さんざん人殺しをしておいて、今さらお人好しを続けるような柄でもないでしょうに」


「無差別に殺しているわけではありません。死んでいい人間と、生きてほしい人間の区別を付けているだけです」


「それはそれで怖いわね。まあいいですわ、それより、ここからどうするか考えないと」


「逃げるべきだと思いますっ!」




 ティニーは即答した。


 メアリーも否定はしないが、難しい顔をしている。




「メアリーが壁を壊して道を作ればそれも可能よね」


「簡単にできればいいのですが」


「何か問題でも?」


「前回と同じなら、すでに『魔術師マジシャン』が能力で出口を塞いでいる可能性が高いかと。それに、相手のアルカナ使いを減らすことも、私たちの目的の一つです」


「やっぱそこよね。複数人のアルカナ使いが出てきている様子はないし」


「今のうちに潰しておきたいです。ここで負けるようでは、今後も戦い抜けませんから」


「あ、あの、ですがっ……」


「ティニーさんには申し訳ありませんが、敵の撃破を優先します。それが解放戦線の方々を守ることにも繋がると思いますから」


「……わかりました」




 メアリーは、ティニーの不安も理解できた。


 しかし、どちらを選ぶにせよ、彼女たちの安全を保証できるかなどわからないのだ。


 一番の安全は、敵を殺して消し去ること――それ以外に無い。




「だったら、まずは敵の能力を暴くところからね。メアリーが無茶してくれたおかげで、敵は相当手札を晒したと思うわ」


「はい、敵が攻撃できるのは、あのガラス玉から一定の範囲内のようです」


「でもそれだと、最初のパイプが説明付かないですよね?」


「転んで死んだ団員に関しても気になるわ」




 最初はガラス玉など存在しなかった。


 少なくとも二名は、それ以外の条件を満たしたから殺されたのだ。


 顎に手を当て考え込むメアリー。


 その思考を、振動音が遮る。


 ティニーが持つ端末に、着信があったようだ。




「誰からですか?」


「これは……カラリアさんが助けたあの子です。王女様が出ますか?」




 うなずき、ティニーの右手から端末を受け取るメアリー。


 すると向こうから聞こえてきたのは、カラリアの声だった。




『繋がったか。こちらカラリア、応答願う』


「メアリーです。カラリアさん、無事だったんですね!」


『ティニーという女の端末にかけたんだが、一緒にいるんだな?』


「はい、三人で医務室に逃げ込みました。他には、キューシーさんと、アミちゃんがいます」


『それは幸いだ。こちらも、助けた女は無事だ。私が去ったあと、急に騒がしくなったようだが、どうなってる?』


「あのあと、大量のガラス玉がばらまかれて、それに近づいた人から死んでいきました」


『ガラス玉? 時計じゃないのか』


「時計、ですか?」




 メアリーは首をかしげる。




『私はてっきり、『時計に近づくと殺される能力』かと思っていたが。破壊しようと石を投げつけても弾かれるからな』


「それ、ガラス玉でも同じ現象が起きました! 私が飛ばした骨が、曲がって当たらなかったんです」


『時計もガラス玉も同じ条件を満たしているということか』


「その二つの共通点を探せば――」


「ねえメアリー、端末ちょっと貸して」


「へ? あ、はい」




 キューシーに渡すと、彼女は端末を操作して通話モードを切り替え床に置いた。




『何があった?』




 カラリアの声は、耳を近づけずとも部屋全体に聞こえるようになる。




「こっちのほうが話しやすいわ」


『キューシーか、お前も生きていたらしいな』


「残念だった?」


『ああ』


「そこは少しぐらい心配しなさいよ……で、あんた今どこにいんの?」


『部屋だ』


『宿舎エリア、あたしらが普段生活してる四人部屋だよ』




 カラリアが助けた女団員の声が聞こえてくる。


 声の様子からして、怪我すら負っていないようだった。




「そこは安全そうですか?」


『時計から距離さえ取っていれば、命の危険はないな。今のうちに明確な“答え”を出したい。時計とガラス玉、共通点に誰か心当たりはないか?』


「どっちも丸い!」


「アミだったっけ、あなたは黙ってなさい」


「うぅ……」




 キューシーに叱られ、しょぼくれたアミは、メアリーにしがみつく。




「アルカナの数は全部で二十。ヒントも無しに探るより、その中から近いものを見つけたほうが早いと思いますわ」


「キューシーさんって、アルカナについても詳しいんですか?」


「魔導兵器の開発には魔術の知識が必要よ。その“到達点”であるアルカナのことぐらいは知ってるわ」




 むしろ知らないメアリーがおかしい、と言わんばかりに、自慢気にキューシーは言った。


 するとティニーが尋ねる。




「実は私、アルカナのことあまり知らなくって。そもそもアルカナって何なんです?」




 アミも便乗して「うんうん」と頷いた。




「アルカナは“神様”よ。この世界を作った二十柱の神々が、秩序を維持するために、自分たちの器にふさわしい魔術師を選び、力を与えたと言われているわ」


「アルカナが、術者を選ぶんですか? じゃあ、私も選ばれたってことになりますよね」


「その通りよメアリー。アルカナには意志がある。だから時に、器となった魔術師の人格にも影響を及ぼすことがある」




 キューシーは鋭い目で、メアリーを見る。




「私の死生観の変化は、その影響だと」


「それが復讐心から来たものなのか、それともアルカナのせいなのか、自分でわかってないんじゃない?」


「そう、ですね。ですが今はそれを論じるときではありません。アルカナにはどんな種類があるのか教えてくれませんか」


「わかったわ。一気に羅列してあげる、ちゃんと覚えなさいよ」




 そう言って、キューシーは続けざまに、アルカナの名を口にした。




「『魔術師マジシャン』、『女教皇ハイプリーステス』、『女帝エンプレス』、『皇帝エンペラー』、『教皇ハイエロファント』、『恋人ラヴァー』、『戦車チャリオット』、『パワー』、『隠者ハーミット』、『運命の輪ホイールオブフォーチュン』、『正義ジャスティス』、『吊された男ハングドマン』、『死神デス』、『節制テンパランス』、『悪魔デビル』、『タワー』、『スター』、『ムーン』、『太陽サン』、『審判ジャッジメント』――以上二十柱が、この世界を作ったと言われている神の名よ」


「お、多い……」




 情報量の多さに、アミは混乱して目をぐるぐる回している。


 メアリーは脳内でそれらの名を咀嚼しながら、情報を整理した。




「すでに確認できている『魔術師』と『隠者』、『正義』、そして『死神』以外、ということになりますね」


「『正義』はすでに他の使い手に継承・・されている可能性もあるわ」


「継承?」


『アルカナは使い手の死後、再び別の術者を選ぶんだ。継承までにかかる時間は、数ヶ月から数年と言われている。ユーリィが死んでから時間が経過している。今ごろは、知らない誰かが受け継いでいるかもしれないな』


「あんたも知ってるのね。伊達にアルカナ使いに育てられてないってわけ」


「そんな仕組みだったんですか……」




 メアリーは考えてもいなかったが、言われてみれば当然の仕組みだ。


 つまり彼女の持つ『死神』もまた、少し前までは、別の誰かが使っていた力なのだろう。




「でも、時計やガラス玉って正義ではないわよねぇ」


『共通点と言えば、アミの言った通り丸いことぐらいか』


「運命の輪、はどうでしょうか」


「確かに車輪は丸いけど、それだけ?」


「時計とガラス玉――共通点は“丸くて、回転するもの”です。車輪も回る。現に、あのピエロの人形も一輪車に載っていました」


「あー、言われてみれば。あの不気味な人形、ダミーでもなんでもなく、あれが近づいた場合も攻撃が可能だったってわけね」




 人形という外見と、ガラス玉という中身、二段構えの罠。


 メアリーの判断は間違いではないことが証明され、少しだけ心が軽くなったが、それでも犠牲者が出たことに変わりはない。




『つまり回転する物質の周囲でのみ、能力が発動するいうことか。しかし、それが結論なら――警戒すべき場所が多すぎるな』


「はい、油断できません」




 その言葉に呼応するように、頭上から何かが弾ける音がした。




「何の音ですかっ!?」




 ティニーが大げさに怯える。


 部屋の天井には、空調用のプロペラ――シーリングファンが取り付けられている。


 その回転により、周囲の空間が歪んでいるようだ。


 メアリーは攻撃を受ける前に、背中から生えた腕を伸ばした。


 握りつぶさんと開かれた手は、しかし見えない力に遮られ、歪められようとしている。




「メアリー様でも壊せないなんて……」




 無力はアミは、ベッドの上で縮こまって怯えている。


 メアリーは、もう一本の腕を伸ばし、プロペラを両側から押しつぶす。




「く……うぅ……! 魔力による力場なら、それ以上の魔力で押しつぶせば……ッ!」




 ここまでしてようやく、メアリーの『死神』が『運命の輪』が作り出す力場を上回り――プロペラは潰れてひしゃげた。


 もはや回ることもないそれは、無造作に床に捨てられる。




「ふぅ……」


「ほんの一個でその疲れよう、割に合わないわね」


「ええ、本人の魔術評価が異様に高いのか……」


『あるいは、“回転体”に対象を縛っているから強い力を発揮できるのかもな』


「やっぱ術者本人を潰すのが一番よね。ねえティニー、このアジトに大量の時計を仕掛けたのって誰なの?」


「……それは、その」




 言いよどむティニー。


 一緒に活動してきた団員だ、簡単には割り切れないだろう。


 かわりに、メアリーがその名を告げる。




「私と最初に会った、細身で眼鏡の隊長さんですよね。確か――名前はインディだったと」




 ティニーは、ゆっくりと頷いた。


 “時計”も力の発動のトリガーになると聞いて、彼女の頭にはずっとその名前があったに違いない。




「そいつが、ドゥーガンが送り込んだスパイね」


『隊長がスパイとは笑えない冗談だ。モニタールームに向かって、そいつを潰せばいいのか』


「インディ自身がアルカナ使いの可能性もあるわ」


「でもアナライズを使えば、魔術評価はわかります。アルカナ使いだと隠すのは難しいのでは?」


「メアリー、わたくしにアナライズを使ってみなさい」


「はえ? あ、はい、わかりました……」




 表示された魔術評価の値は――表記がぶれて、よく見えない。


 メアリーが目を凝らしてみても、それは変わらなかった。




「あれ? どうして……」


「魔術を防ぐ、一種のジャマーよ。魔術なら何でも十把一絡げじっぱひとからげに妨害するから、アナライズも使えなくなるの。まだ開発途中だから、一部の幹部しか持ってないけどね」




 キューシーは自慢げに、上着のポケットから手のひらサイズの装置を取り出す。


 それがジャマーということなのだろう。




「魔術評価の偽装は可能なんですね」


「これはうちの最新技術だけど。一流の魔術師なら、そういう手段を持ってるかもしれない、という話よ」


『ますます私一人では不安だ。メアリーも来てくれるとありがたいが』


「わかりました。キューシーさんたちの安全の確保はどうします?」


「“回るもの”に近づかなければいいんでしょう? この部屋にあるのは――壁かけの時計ぐらいね。なら平気よ、それより原因の根本を断ってくれたほうがよほど安心ですわ」


「あの時計ぐらいは壊していきます」


「まあ、それが安心ね」


『手間をかけてるんだ、ちゃんと報酬は請求するんだぞメアリー』


「はい。生きて脱出できたら、たんまりもらいます」


「傭兵め、金には目ざといんだから」




 先ほどのプロペラ同様、骨の腕で時計を押しつぶすメアリー。


 ちょうど時計が破壊されたところで、彼女のスカートの内側で、端末が震える。




「……着信?」


「どこに仕舞ってんのよ、あんた」


「ベルトにちょうどいいところがあるんです」




 メアリーは端末に手を伸ばす。


 その様子を見ながら、キューシーはふと思い出す。




(あれ? 端末のバイブレーションって、確かモーターの回転・・を利用してたはず――)




 寒気がした。


 だが、最初にティニーの端末が震えたとき、何も起きなかった。


 今回もそうあってくれと願いながらも、キューシーは叫ぶ。




「メアリー、端末を離して!」


「え――?」




 ぐにゃりと、メアリーごと・・空間が歪む。


 防げない力が、骨を折り、肉を引きちぎる。


 そのまま、彼女の肉体は真っ二つになって、部屋に血しぶきを撒き散らしながら床に転がった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る