026 安全地帯の獣たち

 



 キューシーの乾いた拍手だけが響く中、誰もが彼女に、殺意にも似た嫌悪感を向けていた。




(こんな滅茶苦茶なやり方が通用するはずがありません……)




 彼女と知り合いのメアリーですら、そう思うのだ。


 団員たちは、今にもキューシーに襲いかかりそうである。


 団長もいつもなら動いているところだろうが、今回ばかりは腕を組んだまま、気まずそうに唇を結んで黙り込んでいた。


 誰もが黙り込み、気まずい空気が流れる中、ふいにカラリアが前に出る。


 彼女は拳を握ると、上機嫌に拍手するキューシーの頭に、背後からげんこつを落とした。




「あ゛だっ!?」




 思わず濁った叫び声をあげるキューシー。


 彼女は殴られた場所を片手で押さえながら、カラリアのほうを振り向き、声を荒らげた。




「何すんのよあんたっ!」


「叱ってくれる人間が周囲にいないまま育ったクソ女にしか見えなかったからな」


「何て失礼な野良犬……ッ! わたくしはマジョラーム・テクノロジーの跡継ぎでしてよ!?」


「なるほど、どうりで態度がでかいわけだ。もっと言えば、初対面で犬と呼ばれたことも根に持っている。あと一発ぐらい殴っていいか?」


「そういうとこが野良犬なのよ! あんたその目つき、傭兵でしょう!? 野蛮ったらありゃしない」


「よくわかったな。ま、そんな話はどうでもいいんだ。私には聞きたい話が腐るほどある。メアリー、とっととどこかの部屋に案内してくれないか。こいつも連れて行く」


「ちょ、あんたえり掴まないでよ! 伸びる! スーツが伸びるからぁっ! メアリー、こいつを止めなさいよーっ!」




 女性にしては大柄なカラリアに首根っこを掴まれ、じたばたと暴れるキューシー。


 場の空気は、先ほどとはまた別の意味で凍りついていた。


 メアリーは頬を引きつらせながら、呆然と立ち尽くすジェイサム団長にアイコンタクトを送る。


 そして四人で、施設内にある会議室へと向かった。




 ◇◇◇




「そうか、メアリー王女の事情は理解した」




 あの屋敷で何が起きたのか――メアリーの説明が一通り終わると、ジェイサムは頷いた。




「大きな爆発が起きたと聞いたときは心配したが、無事に戻ってくれて何よりだ」


「そちらの作戦も、無事に済んだようでよかったです」


「こっちはアルカナ使いなどいなかったからな。しかし、カラリアと言ったか……ここに来て戦力が増えるのは頼もしいな」


「ジェイサム、わたくしは信用できないと思うわよー」




 キューシーは頬杖をつき、唇を尖らせながらカラリアをジト目で睨んだ。


 そんな視線を、カラリアは「ふん」と一笑に付す。




「私が信用できないのなら、性悪女はどうなる」


「キューシー・マジョラームって名前があるんですけど?」


「長いな、性悪のほうが呼びやすい。何なら女狐でもいいぞ」


「あんまり吠えてると潰すわよ犬」


「きゃんきゃん鳴くな野狐」




 一触即発――二人はにらみ合う。




「ま、まあまあ二人とも……目的は一緒なんですから、仲良くしましょう。ねっ?」


「はぁ。わたくしは、どうしてメアリーがその犬を信用できるか理解できないわ。殺し合ったんでしょう?」


「それは、似てると思ったからです、同じ復讐を志す者として。それにカラリアさんは優しいですよ、たぶん!」


「たぶんって……曖昧すぎるわよ」


「言えた立場か? さっきの演説は、この組織を潰そうとしているようにしか聞こえなかったぞ。真意はどこにある?」




 カラリアの言葉に、メアリーも心のなかで同意した。


 カラリアの機転であの場は切り抜けたものの、彼女がいなければキューシーはどうするつもりだったのか。


 見た所、護衛すら連れてきていないようだが――




「解放戦線をうちの会社の私兵として雇うっていうのは本気よ」


「な……あれは冗談じゃなかったのか、ミスターQ!」


「ミスターQ……くくっ」


「カ、カラリアさんっ」


「笑うな野良犬! ジェイサム、今後はキューシーと呼びなさい。ミスターQは絶対に使わないこと!」


「わ、わかった」


「で、さっきの発表だけど――何で急にって思ったでしょうけど、急なのは当たり前なのよ。事態は急速に動いてるんだから。そしてその中心にいるのは――」




 そう言って、メアリーを見つめるキューシー。




「私、ですか」


「間違いなくね。ドゥーガンがうちを裏切ってヘンリーと組んだのも、そのためとしか思えないわ」


「力に目覚めた途端にみんな注目して、都合がいいですよね。今までさんざん落ちこぼれ扱いしたくせに」


「まず、あなたが力を持ってないのがおかしいのよ。魔力は遺伝するわ。魔術師同士で子を成せば、ほぼ間違いなく次の子も魔術師になる。だからこそ、科学技術が発展する今の時代まで、貴族は絶対的な特権階級であり続けた」




 キューシーの語る通り、魔導銃が発明され、マジョラーム・テクノロジーのような企業が台頭するまでの歴史において、平民はどうあがいても貴族に逆らうことはできなかった。


 リヴェルタ解放戦線のような組織は、存在すら許されなかったのだ。




「現に、姉のフランシスは一流の魔術師だったし、兄のエドワードだってそれなりだったはずよ。メアリーだけが、魔術師の子でありながら、魔力を持たない特異体質。しかも、死の間際でアルカナに目覚めた。明らかなイレギュラーじゃない」


「国王も公爵も、本当なら目覚める前に潰したかったんだろうな」


「しかも、第一王女であるフランシスを殺してまで……ね」


「お姉様……」


「ドゥーガンも、街中であんな爆弾を使うほどなり振り構わずあなたを狙っている。この事態に対処するには、組織の再編が必要だと判断したの」




 ジェイサムは納得したような、しないような微妙な表情で「うむ……」と相槌を打った。


 同時に、メアリーも黙り込む。


 彼女はまだ、何も知らない。


 あのタイミングで、メアリーを地下牢に助けに来たフランシスも、おそらくは事情を知っていたのだろう。


 つまり、家族の中で知らないのはメアリーだけだったのだ。


 沈黙がしばらく続きそうだったので、カラリアは自らの疑問をキューシーにぶつけた。




「なあキューシー、話は変わるが、聞きたいことがある。今日使われた爆弾はマジョラーム製か?」


「爆炎の色からして、ピューパ製の可能性が高いわね。しかもあの威力、軍でもないと手に入れられないわ」


「ユーリィさんが死んだときに使われたものと同じなんでしょうか」


「爆発の様子からしてそうだろうな」


「ユーリィ? 以前も使われてるってこと? それ、いつの話?」


「四ヶ月前、隣国での出来事だ」


「割と前ね。しかも隣国に王国が介入……国際問題じゃない。そこまで執拗に狙われるって、カラリアあんた何者なの?」


「私は何も知らない、いきなり狙われたんだ」


「メアリーが言ってたユーリィってのは? 誰なの?」


「カラリアさんの相棒で、育ての親だそうです」


「この野犬を育てた人物……普通じゃないわね」


「一応、『正義』のアルカナ使いだった」


「ふーん、狙われる理由は十分にあるわね。あんたと出会う前は何をしてたの?」


「知らない。ユーリィは、あまり昔のことを話したがらなかったからな」


「はい出た過去を話さない女。問題抱えてるの確定ね」


「そういう言い方はやめろ」


「死ぬ直前でも話せない、墓まで持っていきたいような過去なんて、ろくでもないに決まってるわ」




 カラリアは唇を噛んで黙り込む。




(あの様子だと、カラリアさん自身、ユーリィさんが自分の過去を話したがらないこと……気にしてたのかもしれませんね)




 メアリーは心配そうに彼女を見つめる。


 すると、今まで会話に参加しなかったジェイサムが口を開いた。




「なあキューシー、そちらの事情が大事なのもわかる。だがこれから先、リヴェルタ解放戦線はどうなる? 再編とは具体的にどうするんだ?」


「あー、そうね。そっちを先に済ませましょう。今後、ドゥーガンの攻撃はさらに容赦のないものになっていくわ。つまり、今まで解放戦線が仕掛けてきたゲリラ戦よりも、格段に死の危険性が上がるの」


「承知している」


「口で言うのは簡単。でも、生半可な覚悟で残られても困りますわ」


「俺たちを試したってことか?」


「これで組織から抜ける人間がいたとしても、わたくしは責めない。脱退希望者のために、キャプティスから脱出するための足や、外でしばらく暮らせるだけのお金も用意してあるわ」


「キューシーさん……そこまで考えてたんですか」


「手切れ金というわけか。冷酷なだけの女ではなかったらしいな」


「そうよ、尊敬なさい」


「ふん。どちらにせよ、やり方は強引極まりないが」


「命やプライドを捨ててでも、ドゥーガンを殺したい人間にだけ残ってほしかったのよ。そのためには、強引なぐらいでちょうどいいの」


「つまり我々団員を選別する、というわけか」


「簡単に言うとそうね。半端な人間が残ったって足を引っ張るだけだもの。ジェイサムは不満でしょうけど、わたくしは必要だと判断したわ。中には勢いで入っちゃった人間もいるでしょうからね」




 この組織のバックに付いているのが、マジョラーム・テクノロジーと知ったとき、多くの団員は迷いを抱いただろう。


 マジョラームと言えば、ドゥーガン・スラヴァーとは運命共同体と言われるほど近しい存在。


 いくら仲違いしたと言っても、スラヴァー領の平民たちが過去に受けた苦しみの原因は、間違いなくマジョラームにもある。


 そんな会社の靴を舐めてでも、ドゥーガン個人を殺したいと願うのか――




「確かに、我らは同じ志を抱き行動をともにしてきたが、そこまでして“ドゥーガンの死”にこだわるかは、過去に受けた仕打ちによって変わってくるだろう」




 そんなジェイサムの言葉に軽くうなずきながら、カラリアが言葉を続ける。




「人を憎むか、仕組みを憎むか――前者こそが、キューシーの求める人材に近いというわけか」


「その通り。今の貴族社会そのものを憎む人間は、ドゥーガンではなく、わたくしたちのことだって憎んでるもの。理想は、メアリーみたいなのが何人もいてくれることね」


「私ですか?」


「そうよ、もしもメアリーがいなかったら、わたくしは今ごろ、ドゥーガンのご機嫌取りをしてた可能性だってあるんだから」




 その場合も、ドゥーガンがマジョラームを裏切ったことに違いはない。


 だが何人ものアルカナ使いを差し向けられては、いくら国内一の軍事企業といえど、止めきれるものではない。


 会社存続のために、本音を飲み込んで頭を下げる――時にはその選択も必要かもしれない。


 もっともその場合、キューシーは死ぬほど自分を軽蔑するだろう。




「そうしなくて済んだ――という意味では、メアリーに感謝してるわ」


「よ、喜んでいいんでしょうか……?」


「悪人を一人、血まみれの地獄に引きずり込んだんだ。胸を張っていいぞ、メアリー」


「カラリア、それ皮肉でも言ってるつもり? ドゥーガンと手を組むか、敵対するか、どちらを選んでも似たようなものだわ。だったら、私怨を晴らせる道のほうがマシよ。ますますメアリーに“ありがとう”ね」




 キューシーはテーブルの下で拳を握る。


 フランシスのことを思い出しているのだろう。


 メアリーは、自分と感情が共有できるキューシーに対し、カラリアとはまた別の形の信頼を感じていた。




 ◇◇◇




 その後、再び団員たちが集められ、改めてキューシーの演説が行われた。


 ジェイサムも納得はしていないが、仕方ないと受け入れた様子であった。


 結果として、その場で半数の団員が脱退を表明。


 残る団員たちも返事を保留にする者も多く、アジトにはいつになく暗い空気が漂っていた。




 ◇◇◇




 さらに数時間が経過。


 荷物をまとめた団員がアジトを出ていく中、それを見て脱退を決める者も少なくはない。


 一方、メアリーはアミが休む医務室にいた。


 メアリーは彼女の頭をなでながら、柔らかな声で話しかける。




「あとは安静にしていれば治るそうです。よかったですね、アミちゃん」


「うん……メアリー様、迷惑かけて……ごめんなさい」


「そこはありがとう、ですよ」




 メアリーが鼻先に軽く人差し指で触れると、アミは弱々しくも、笑顔を浮かべた。


 カラリアは、部屋の隅に立ち、その様子をじっと見守っている。


 すると医務室の扉が開き、ティニーが入ってきた。




「王女様、カラリアさん、さっき頼まれた連絡端末です!」




 彼女は右手で、それぞれメアリーとカラリアに端末を渡す。




「ん……ありがとうございます、助かります」


「いえ、作戦前に渡しておくべきでした。団員の連絡先は、すでに登録されています。それと、改造されて音は出ないので気をつけてください。あ、でもバイブレーション機能は残ってますから!」




 軽く説明を受け、それぞれスカートの中に収める二人。




「どこに入れて……あ、それにしても、大変なことになっちゃいましたね」




 ティニーは、苦笑いしながらメアリーに話を振った。




「ティニーさんは残るんですか?」


「今さら帰る場所もありませんから。だったら、ドゥーガンを殺すために命を使いたいんです」




 彼女の言葉に、メアリーは少し驚いた。


 抱く感情が、そこまで深いものだとは想像していなかったからだ。


 ティニーもまた、自分たちと同じような復讐者なのか。


 もう少し、彼女の過去について知りたい――そう思い、口を開こうとしたそのとき、




「ん、停電ですか……?」




 部屋を照らす明かりがバチッと明滅した。


 その場にいる全員の視線が天井に向けられる。

 

 次の瞬間――




「ぎっ、がっ、ぐがあぁぁぁぁああああああッ!」




 外の廊下から男の叫び声が響き渡った。


 全員がその声に驚き、扉に近いメアリーが真っ先に部屋を飛び出す。


 彼女の目に映ったものは、




「ぐ、あ……は、はひっ……助け、て……」




 パイプが腹部に突き刺さった、男の姿だった。


 開いた穴からは、体内の血がどろりと流れ出している。


 彼の頭上では天井が壊れ、その奥にある配管がむき出しになっていた。




(あれが破裂して突き刺さったんですか……?)




 駆け寄ろうとするメアリー。


 しかし、バゴンッ! と壊れた天井から破裂音が響き――再び、破損したパイプが放たれる。


 その鋭い先端は、まるで狙いすましたように、顔面のど真ん中に突き刺さった。




「おごぉっ!? お、ぶ……あ、が……ひ……」




 メアリーに向かって手を伸ばしたまま、絶命し、白目をむいて崩れ落ちる男。


 溢れ出た血が、じわりと床に広がる。




「今のは……事故?」




 彼の死体を前に、メアリーは呆然と立ち尽くした。



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