022 因果応報なんて嘘

 



 メアリーも、アルカナ使いが出てくる可能性については、キューシーとの会話で想定していた。


 だが、カラリアがアルカナ使い並の強さを誇っていたので、他にはいないだろう――そう思っていたからこそ、今『魔術師マジシャン』の能力を受けているという事実に驚く。




「アルカナ使いがここに!? でもカラリアさんはドゥーガンに雇われているはずです。なぜ仲間を陥れるような真似をするんです?」


「しょせん、傭兵の扱いなどその程度ということだ。はは、馬鹿だな私は。同じ過ちを二度も繰り返すなんて……!」




 カラリアは力なく肩を震わせ笑う。




(同じ過ち……カラリアさんは過去に、魔術師と交戦したことがあるのかもしれません)




 そして、その戦闘により、何らかの因縁が生じている。


 だからこそ、こうも絶望しているのだろう。




(お姉様はそれを知っていたから、私にあんな助言をしたんでしょうか?)




 少なくともそれは、メアリーが知らない事実だ。


 つまりただの幻覚、幻聴である可能性は減ったと言ってもいいだろう。


 だとすると、ますますあのフランシスの正体がわからなくなるのだが。




「聞かせてください、カラリアさん。魔術師や、その使い手とあなたの関係について」


「能力の詳細はともかく、そんなことを聞いてどうする」


「あなたの様子を見る限り、魔術師とカラリアさんは味方同士じゃありません。そしてカラリアさんは金で雇われた傭兵、スラヴァー公爵との繋がりはそこまで強くないはずです。このことは、私がアルカナ使いだと知らなかったことからも推察できます」


「確かに、奴らは私を信用してなかったな」


「つまり、あなたもろとも私を殺そうとする魔術師こそが、真の意味でのスラヴァー公爵の手下であり、私の敵なんです!」


「ふっ。それで?」




 鼻で笑うカラリア。


 なおも彼女は、メアリーの言葉に耳を傾けるつもりはないようだ。




「仲間になれるのではないかと、そう思ったんです」


「……めでたい頭だ。さすがは箱入り娘の王女様だな」


「かもしれません。でも、一人ではできないことも、二人ならできるって――カラリアさんも、そう感じてるんじゃないですか?」


「お前に負けたからか?」


「はい、そうですっ」


「あっさり言い切るか。割と傷つくぞ」




 そんなやり取りを経て、カラリアの表情が緩む。


 きっと、自分が発した言葉のうちのどれかが、彼女の心に刺さったのだろう――とメアリーは思った。




「……二人なら、か」




 目を細め、彼女は想起する。


 そして、ともに湧き上がる後悔を噛みしめるように、拳を握った。




「そうだな……急に誰かに話したい気分になった。つまらない話だが、本当に聞きたいのか?」


「はい。とはいえ、ここは敵の能力の真っ只中です。時間があれば、で構いませんが」


「時間なら……おそらく大丈夫だ、少なくとも数時間はもつ」


「ならゆっくり聞けますね」


「脳天気だな、話そうとしている私もだが――私が奴の存在を知ったのは、つい数ヶ月前のことだ。その頃、私はまだ、ここオルヴィス王国ではなく、相棒と二人で、隣国で傭兵をしていた」




 メアリーの望みに応え、ぽつりぽつりと、カラリアは語りだす。


 姉に言われたからそうしているだけで、メアリーはまだカラリアを信用はできない。


 だが、少しは心が通じたのかと思うと、悪い気はしなかった。




「彼女は『正義ジャスティス』のアルカナ使いだった。お人好しな女で、私のような、どこで生まれたのかもわからない子供を拾って育てる変わり者だったよ」


「アルカナ使いが、親代わりだったんですか……」


「母親と呼ばれるのは嫌っていたがな」


「だから“相棒”なんですね」


「彼女は私に戦い方と、生き方を教えてくれた。まあ、教える側も傭兵のくせに金にならない依頼ばかり受ける、『生きるのが下手』な女だったが……」


「そう言いながらも、“目標だった”とでも言いたそうな顔をしています」




 メアリーはカラリアの正面にしゃがみこんだ。


 その距離は、敵対するものとしてはあまりに近すぎる。


 その話の先に――おそらくは、二人が共感を得られる結末が待っているとわかったからこそ、維持できる距離だ。




「どうだろうな。憧れていたかもしれないが、同時に、あんな風にはなれないとも思っていたさ。対価もなしに他人のために命をかけて……彼女が死んだ日だってそうだった。また金にならない依頼を受けて、私に小言を言われながら、一緒にとある建物に向かったんだ。そして、潜んでいた悪党を倒して、依頼人の元に戻るべく、建物を出ようとしたときだった」




 カラリアはふいに立ち上がり、玄関の向こうに広がる闇へと足を踏み出す。


 すると彼女は、その向こうにすっと消えてしまった。




「あ、ちょっと! どこ行くんですか!?」




 メアリーは、一瞬だけ戸惑って――「えいっ!」とその後を追った。


 暗闇を抜けると、そこは見覚えのない部屋だった。


 長いテーブルが置かれ、いくつもの椅子が並ぶ――食堂だろうか?


 付いてきたメアリーをみて、カラリアは呆れた様子で、しかしどこか嬉しそうに言った。




「信じて付いてきたのか? これが私の罠だったらどうするつもりだったんだ」


「付いてくるよう仕向けたくせに、意地が悪いですね」


「そういう世界で生きてきたからな。まあ、見ての通りだ。いくら出口を抜けても、また建物の中に戻ってしまう」


「今と同じ現象がそのときも発生していた、と」


「そんな芸当ができるのは、アルカナ使いだけだとすぐにわかった。私と彼女は罠にはめられたんだ」


「でも、これだと閉じ込めるだけですよね? どうして死んでしまったんですか?」




 その問いに、言葉では答えず、歩きだすカラリア。


 彼女はテーブルの下や棚の中などを調べはじめた。


 メアリーは不思議そうにその様子をみながら、とてとてと後ろについていく。




「いくらアルカナ使いでも、建物まるごと一つを、永遠に隔離することはできない。時間か、空間か、どちらかに制約がなければ、無限に魔力を消費してしまう」


「制約が時間にあるのなら、待てば脱出できるかもしれない、ということになりますね」


「ああ、だが何時間待っても……そう、一日待っても、この魔術は解除されなかった」


「つまり制約は、時間ではなく空間にあった、と」


「時間の経過を待っている間、私たちはその可能性も考え、建物内に脱出できる場所がないか探索していた。そして、これみよがしに置かれた大きな“箱”を発見した」


「箱……それと同じものが、この屋敷もあると?」


「おそらくは」


「私、全部の部屋を見てみます」


「どうやって――いや、あの気持ち悪いあれ・・か」


「気持ち悪かったですか?」


「死体がずらりと並んでいるあたりが最高にな。もう少し不気味じゃない見た目にはできないのか?」


「わかりました、では目だけにしてみますね」




 メアリーは立ち止まり、目を閉じる。


 足裏から突き出した骨は、まるで根を張るように屋敷全体に広がっていく。


 そして床を突き破り、生えてきた細い骨の先端に、ぽんっと花が咲くように目玉が生まれた。




「……余計にひどくなってないか」




 そのヴィジュアルを前に、頭を抱えるカラリア。




「私に扱えるのは死体だけですから、こうなってしまうんです!」




 メアリーは不服そうに、唇を尖らせて言った。


 そんなやり取りは裏腹に、“成果”はすぐに出る。




「箱って、結構大きいんですか?」


「ああ、膝の高さ以上はあるはずだ。それと、屋敷の中心近くにある可能性が高い」


「じゃあこれで間違い無さそうですね。見つけました、向かいましょう!」




 今度はメアリーが先導して、二人は食堂から出る。


 箱の場所にたどり着く前、メアリーは窓の前で足を止めた。


 ガラスの向こうには、キャプティスの景色が見えている。




「この窓からは、外に逃げられないんでしょうか」


「開ければわかる」




 言われるがままに開くと、途端に景色は消え、黒塗りにされたように暗闇が広がっていた。


 無言で閉じるメアリー。




「さすがにそう甘くはないさ」


「むぅ」




 膨れるメアリーに、カラリアは苦笑いして、再び歩きだす。


 そこからほど近い廊下の、花瓶が置かれた棚の影――そこに箱は置かれていた。


 金属製の、正四角形に近い、無骨な見た目をしている。


 メアリーは近くにしゃがみこみ、じっと見つめる。




「これですか……『魔術師』の能力とこの箱に、何の関係があるんです?」


「“破綻点”とでも呼ぶべきか。それを壊せばこの“無限回廊”は打ち破れる。そういう物体を設定しなければ、限りなく無限に近い“空間の隔離”は成立しないんだ」


「つまり、箱を壊せば脱出できるんですね。でも――そうしようとして、カラリアさんの相棒さんは死んでしまった」




 メアリーの言葉に、カラリアは無言で頷いた。




「この箱、中身は爆弾か何かですか?」


「推察通りだよ。衝撃を与えると爆発する。最新式らしくてな、詳しい人間でも、道具なしに解除は難しい。威力だって、屋敷を全て吹き飛ばした上で、アルカナ使いだって死ぬほどだ」


「けれど脱出のためには、これを壊すしかない、ですか」


「そう、遠くで破壊しようにも、限られた屋敷の空間内からは出られない」


「どうあがこうと、逃げ場はない……」




 そして、カラリアだけが生き残った。


 その結果が示す事実は――




『困ったねえ、こんなことなら爆弾解除の練習とかしとくんだったよ』


『どうするんだ、ユーリィ。このままじゃ二人ともっ!』


『そうだね、まず私が『正義』で溜め込んだ魔力を使ってバリアを張る。カラリアは私の後ろに隠れる。これで二人とも生き残って万々歳ってわけだ』


『でもユーリィ、昨日、怪我人を助けるために力を使ったばかりじゃないか……』


『まあ、なるようになるさ。最悪、あんただけでも生き残ればそれでいい』


『何を言って――』


『潮時なんだよ。きっと、私に因果応報の順番が回ってきただけなんだ』


『ユーリィ、やめてくれ。頼む、ユーリィ!』


『ごめんね、私のわがままに付き合わせて。元気で生きるんだよ、カラリア』


『ユーリイイイイィっ!』




 役立たずだけが生き残るという、残酷な現実。


 その出来事を、鮮明にカラリアは思い出す。


 最期の瞬間、ユーリィが自分に発したその言葉も。


 きっと彼女は、未来への希望のつもりでその言葉を発したのだろう。


 けれど今のカラリアにとって、その言葉は呪いだ。


 思い出すたび、一緒に、黒焦げになって動かないユーリィの死体を思い出して、吐き気と自責の念がこみ上げてくるのだから。




「なあユーリィ。これもきっと、私に因果応報の順番が回ってきただけなんだろうな」




 いつか聞いた言葉を口にして――




「可能な限り離れて自分の身を守れ。お前なら爆風の中でも生き残れるだろう」




 爆弾を破壊すべく、カラリアは刀を抜いた。



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