第27話 ルキアス村の異変

 翌日。壁の近くで野営をした俺達は、朝飯を食べて直ぐに移動を開始した。流石に五人も背中に乗せた状態ともなると、ミィミィも速度が落ちてしまうようで、村に着くまでの間シズクちゃんがどや顔で俺達の前を走っていった。


 2時間程で村近くについた俺達は、ミィミィの背中から降りて、徒歩で村へと向かうことにした。こんなに大きなミミズが突然現れたら、大騒ぎになってしまうから、ミィミィに乗っては行けない。


 それじゃあ置いてきぼりなのかと言うと、今ミィミィは俺の肩に乗って一緒に行動している。シズクちゃんに使い魔のサイズを変更することが出来ると教えて貰ったので、一緒に村へ伺うことが出来た。


「『ルキアス村』は薬草の群生地を囲うように作られた村なんですよ!何でも昔の領主様が、安定した薬草採取を実現するために、森を切り開いたんだそうです!」

「だから村の大人の殆どが、魔法薬製造の仕事に携わってんだ。だから正直生活には困ってねぇだろうし、ナオキが行っても意味はねぇと思うぜ」


 ルーシーさんは気だるそうに呟いた。


確かに、二人の話を聞いた限りだと、もしかしたらこの村の人達は信仰心が薄いかもしれない。でも逆に考えれば、そういった村でどう活動していくのか、今後の参考に出来る筈だ。


 どんな方法で村の人達に土地神と認めて貰おうか考えながら歩いていると、いつの間にか村の入り口に辿り着いていた。鼻をツンと刺すような、薬草のほのかな香りがここまで漂ってくる。だがそれと同時に、俺は妙な違和感を覚えていた。


「えっと、ミリアさん。ここが昨日言ってた村で間違いないんですよね?」

「はい!確かにここは『ルキアス村』のはずです!でも……なんだか様子がおかしいですね」


 ミリアさんも、俺と同じように感じていた事だろう。ミモイ村よりも豊かな村なはずなのに、まだお昼前の村の外には殆ど人影がなかった。数人の老人が家の前で座っている姿は見られるが、若い人達は一人も見当たらない。


「なんで村の中に誰も居ねーんだ?薬草の監視人まで居ねぇみてーだし、これじゃあ盗み放題じゃねぇか!」

「監視人なんているんですか!?薬草ってそんなに高価なモノだったんですね!」


 俺が一人で興奮していると、フレイが畑の横に建ててあった長い椅子を指さして語り始めた。


「薬草は放っておけば成長するのですが、間引いたりするとより良い薬草が育つんです!ですから村の薬草畑には、いつも監視人が立っていると言われています!」

「あーなるほど、そっちの意味か!でも……居ないみたいだぞ?」


 フレイが自慢気に語った監視人の役目を担う村人の姿は、何処を探しても見当たらなかった。仕方なく、近くで座りながら眠っていた御爺さんに訊ねることにした。


「すいません!私、以前この村に依頼を受けに来たことがある『戦乙女』のエイリスと申します!少しお話聞かせて頂いても宜しいでしょうか!?」


 エイリスさんの言葉に反応して、薄らと瞼を開くご老人。


「んー?どうしたんじゃ、お嬢ちゃんや」

「この村は、あの『ルキアス村』で間違いないですよね?」

「そうじゃ!且つては『トルネアの宝物庫』とまでうたわれた、あの『ルキアス村』じゃ!」


 そう言って誇らしげに語る老人。だがその表情には少し、曇りが見え始めていた。


「ではなぜ村に人が居ないのでしょうか?これでは薬草も盗まれてしまいます!」


 エイリスさんが問いかけると、お爺さんの表情がみるみるうちに怒りに満ち溢れた鬼のような形相へと変わっていく。


「村の者達は、今全員で領主のお屋敷に出向いている頃じゃよ。あの禿狸め……ワシらの事をコケにしおったのじゃ!!」


 御爺さんはそう言うと、手に持っていた杖で何度も何度も地面を叩く。息を荒げながら何度も何度も、杖をぶつけるその姿に、俺達はただ事じゃないと理解した。


「いったい何があったんですか?良ければ話を聞かせてください」

「1カ月前ほどじゃ……あの禿狸が突然この村にやって来て、『今月より、回復薬の買取価格を、今までの半分にすることにした!これは既に決定事項である!』とぬかしおったのじゃ!」

 御爺さんの話を聞いた俺達は、全員言葉が出なかった。あの無頓着なシズクちゃんですら、口を開けて固まってしまっている。それほどまでに、禿狸がやった行動は到底理解することの出来ないモノだった。


「なんだよそれ!ひどすぎじゃねぇか!!領主のやることじゃねぇだろ!!」

「今代のトルネア領主は呆れるほどに馬鹿だと聞いては居りましたが、まさかここまでとは!!信じられません!!」


 ミリアさんとルーシーさんも御爺さんと同様に怒りを露にする。俺も二人と同じ気持ちだった。村の人達の怒りは、こんなものでは無いだろう。身を粉にして働いていたところへ、突然の賃下げ。俺が村人の立場だったら、やることはたった一つだ。


「それで村人の皆さんは、領主の元へ行って一揆を起こしてるという訳ですね!」

「そうですじゃ!ワシらの大切な薬草の価値を、あんな禿狸に決められてたまるものか!!」


 御爺さんは勢いよく立ち上がり、杖を天に向けて突き上げた。


「それにしても理解できませんね……なぜ突然回復薬の価格を下げたのでしょう?薬に変わる代物でも手に入ったというのでしょうか?」

「本当ですじゃ!!なんでも、少し前に突然現れた土地神を自称する男が、どんな傷でも癒す魔法の力を有しているらしく、禿狸はその男を利用するつもりらしいのですじゃ!」


 御爺さんの言葉に、俺達は再び硬直した。今度は怒りや憎しみと言った感情ではない。俺の背中からは湯水のごとく冷や汗が噴き出ていく。


 身に覚えのない犯罪を犯してしまったのではないかという懸念が頭の中を埋め尽くしていく。


「おいナオキ!今回の騒動の原因、もしかしてお前じゃねぇよな!?何か企んでるとしたら、うちが容赦しねぇぞ!!」

「フレイもそう思いました!ナオキは自分の土地を広げたいがために、領主と結託したのですね!!」

「ちょっと待てって!!今まで俺が自分の土地から出られなかったの知ってるだろ!?今日初めてこの村の事知ったって言うのに、そんなこと出来るわけないじゃないか!」


 必死に訴えかけるも、フレイとルーシーさんの表情は険しいままだった。シズクちゃんにヘルプの視線を送るも、自分は関係ないとでも言いたそうに口笛を吹いてごまかしている。


「確かにそうですが……でしたらなぜトルネアの領主は貴方の事を知っていたのです?」

「それは俺にも分からないですよ!!村から一歩も出たこと無いんですから!!


 本気の本気で村から出たことが無い。というか出れない。それはエイリスさんも良く知っている筈。俺の訴えを聞いて、エイリスさんは「それもそうですね」と頷いてくれた。


 何とか疑いが晴れそうだと思った矢先、一つだけ気になる事を思い出した。


「そう言えば……一ヵ月前くらいに移住者募集の貼り紙を街に出して貰ったはず。もしかしたらその時に、俺のスキルについて誰かが書いたのかもしれない!」

「この野郎!!やっぱりお前が書かせたんじゃねぇか!!」


 ルーシーさんが怒りをこらえきれず、俺の胸倉につかみかかってきた。一触即発の雰囲気になるも、俺は本気で言い返すことが出来なかった。


「書かせてないですよ!でも……村人達が俺のためを思って書いたのかもしれません」


 街に行った4人のうちの誰かが、俺のためにと書いてくれたんだとしたら、それを責めることは出来ない。自分の能力によってここまでの事が起きると想像できなかった俺のせいだ。


「ナオキさんの事は責められませんよ。ルーシー達も、ナオキさんがそんなことする人間ではないと知っている筈でしょう?」


 エイリスさんがルーシーさんの手を掴み、俺の胸倉から引きはがす。そして俺に背を向ける形で彼女の前に立ちはだかった。思いもよらぬ彼女の行動に、俺だけではなく仲間の皆まで動揺している。


 俺の事を毛嫌いしていた筈のエイリスさんが、俺が犯人である筈がないと言ってくれている。それだけでルーシーさんは少し冷静になることが出来ていた。


「そりゃそうだけどよ……ここの村の人達はどうすんだ!?このまま放っておけって言うのかよ!!」

「一度村に戻りましょう。もしかしたら、領主様の使いが村に来るかもしれません。その時に、協力する気がないと伝えれば、領主様も考えを変えてくれるかもしれません」


 エイリスさんの説得により、ルーシーさんは渋々納得してくれた。


 こうして俺達は滞在時間20分程でルキアス村を後にして、ミモイ村へと戻ることになったのだ。


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