第14話 『戦乙女』の本音

 ミモイ村へ着いた俺達は、直ぐに移住者の方々を集めて『治療』スキルの実演を始めることになった。


 優しそうなお姉さん──ミリアさんの提案により、俺を中心にして移住者を左右一列に並ばせていく。横に左右に10人ずつ分かれたところで、俺は『治療』スキルを発動させた。


「『治療』発動!」


 俺が言葉をスキルを発動すると、左右に立っていた人達を淡い光が包んでいく。光が収まったタイミングで、俺はスキルの効果を確認すべく隣に並んだ移住者の方々へと目を向ける。


 移住者達は自分達に何が起こっているのか分からないと言った様子で、困惑の表情を浮かべていた。その僅か数秒後、腕に布を巻き杖を突いて歩いていた青年が驚きの声を上げた。


「あ、足が!!足が動くぞ!」


 青年はそう言ってその場で足踏みをし始めた。その様子を見た移住者たちは、各々体調が優れなかった部分を確認し、涙を浮かべながら喜びの声を上げた。


 どうやら両隣に並んだ全員にスキルの効果が及んだらしい。軽傷だった者も重傷だった者も、全員元気になったようだ。


 ひとしきり喜びを味わった後、誰が言うでもなく俺の前へと集まり、膝をついて頭を下げた。


「ナオキ様!!本当にありがとうございます!このご恩は一生忘れません!!」

「食事や仕事を与えてくれるだけでなく、我々の傷を癒してくれるなんて!これこそ神の御業!ナオキ様は本当に土地神様だったのですね!!」


 額を地面すれすれまで下げながら俺に感謝の言葉を告げる移住者達。その周りで、何故かうんうんと頷きながら共感の意思を示すミモイ村の村人達。


方やエイリスさん達はと言うと、開いた口が塞がらないのか、ポカーンと口を開けたまま俺と移住者の姿をジッと見つめていた。


すでに似たような状況を何度も経験してきている俺は、慌てることも無く、移住者達の目線まで腰を下ろして優しく話しかけてやる。


「皆さんの怪我が治って良かったです!これからは村の新しい一員として、一緒に暮らしていきましょう!」


 俺がそう締めくくると同時に、ミモイ村中に歓声が響き渡った。


 エイリスさん達に疑惑の目を向けられたときはどうなることかと思ったが、そのお陰で移住者達に完全に土地神だと信じて貰えた。このままいけば、新たな土地に村を作るのもそう時間はかからないだろう。そうすれば土地レベルも3に上昇するはず。


 自分が建てた計画が思いのほか順調に進んでいることに喜ぶ俺だったが、口を開けたまま固まっている『戦乙女』の面々を見て我に返る。


 移住者達の輪を抜けて、エイリスさん達の元へと駆けよっていく。近づいてくる俺に気づいたのか、彼女達も平静を取り戻したようだ。そして、数刻前とは打って変わった態度で喋り始めた。


「凄いですよ!!擦り傷はおろか、骨折まで治してしまうなんて!高位の回復薬でもこんな事出来ません!」

「フレイは見直しました!お兄さんは出来る男です!!」

「中々やるじゃねーか!このスキルがありゃ、ボブゴブリンなんざ余裕だぜ!!」


 ルーシーさんはそう言って自分の武器を握ると、ニヤリと笑って見せた。なんだか良い感じにまとめようとしているみたいだが、俺はさっきの陰口を忘れてないからな。


 なよなよした男だの、司教じゃないとそんなスキル使えないだの。先ずはそう言った陰口を口にしてしまった事を俺に謝るのが筋ってもんじゃないのか?


 苛立ちめいた感情が心に宿されそうになった瞬間、ふわりと花の香りがした。そして柔らかな感触が俺の両手を包み込む。


「貴方を疑ってしまい、申し訳ありませんでした!ですが、この目で見るまでは信じられなかったのです!貴方の言うような効果があるスキルなんて、見たこと無かったものですから……」


 そう言ってエイリスさんが申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。それと同時に彼女は俺の両手をギュッと握りしめる。


「大丈夫ですよ!俺の説明の仕方も悪かったと思いますし。疑ってかかるのも必要なことでしょうから!」


 そうだ。エイリスさんは何も悪くない。パーティーのリーダーとして、常に慎重に行動しなくてはならない。今回は俺がちゃんとスキルを使えるかどうか、その確認をしたに過ぎない。それに、女性の失敗の一つや二つ、軽く許してやるのが漢ってやつよ。


 美人に手を握られたとか、そんな疚しい理由で彼女を許したわけでない。


 俺がそんなに気にしてないと知ると、エイリスさんはホッとしたのか笑顔を見せてくれた。だがそれも束の間、彼女の瞳がキラリと光り、俺の目を真直ぐに見つめてきた。


「そう言って頂けると助かります!ですが……アレは良くないと思います!」


 エイリスさんはそう言って鋭い目つきで俺を睨みながら、未だ喜びに浸っている移住者達のほうを指さした。アレは良くない?一体何のことだ?


「あの、アレがどうしたんです?皆喜んでるだけだと思うんですが?」

「とぼけないでください!スキルを使って人々を救うのは素晴らしい事です!ですが、神を自称するのはいけません!いつか教会に罰せられてしまいますよ!」


 そう言ってエイリスさんは俺の胸に向けて指先を突き付けてきた。どうやら彼女は、俺が自分のスキルを使って、言葉巧みに村人達を騙していると勘違いしているしい。確かに、言われてみれば自分自身を『土地神』と証明するものは何一つ示していなかった。


 ここはちゃんと証明して誤解をとかねば。


「いや、神を自称しているというか……実はですね。この辺の土地神なんですよ、俺!」


 まぁ証明するものなんて何一つないのだが。だって俺自身も自分が『土地神』だって知った理由が、目の前に浮かび上がる文字だからな、その文字は他人には見えないからエイリスさん達に見せることは出来ない。


 だから今の俺に出来ることは、土地神だと言い続けることしかない。「この辺の土地神なんですよ、俺!」ってリピートするしかないんだ。


「……はぁ。分かりました!そう言うことにしておいてあげます!」


 エイリスさんは呆れ顔でそう告げると、ルノー村へと向かっていってしまった。やはりダメかと思ったその瞬間、俺の両肩に誰かが手を置いた。


 振り向くとそこにはフレイさんとルーシーさんが立っていた。もしかして二人は納得してくれたのか?そんな期待を胸に膨らませた俺が馬鹿だった。


「ぷっ!フ、フレイは気にしませんよ!フレイも小さい頃、自分が特別な存在だと思っていた時期がありましたから!お兄さんは今絶賛その時期なのでしょう!」

「『勇者病』ってやつだな!!アンタの場合は『神様病』ってか!?あはははは!!」


 ひとしきり俺を煽った後、二人は笑うのを我慢しながらエイリスさんの後を追って行く。最後に残されたミリアさんは、俺と目を合わせないように斜め下を向きながら声をかけてきた。


「私達は先に村に行っていますから!その……落ち着いたら来てくださいね!一緒にゴブリン退治の作戦会議をしましょう!」

「あ……はい」


 ミリアさんの優しさが心にグサッと突き刺さる。俺は本当に土地神なのだろうか?そう自問自答しながら、彼女達の遥か後ろをゆっくり歩いていくのだった。

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