第10話 出張土地神

 『治療』と『水生成』のスキルによってルノー村の人達を何とか助けることが出来た俺達は、彼等に野菜を盗まれた事など忘れて安堵の息を零していた。


 だが今回助けただけでは一時的な解決にしかなっていない。『ゴブリン』という存在が湖に住み始めたせいで、彼等は水源を確保出来なくなっている。どうにかして『ゴブリン』を排除しなくてはならない。


「ナオキ様!どうか貴方様のお力で、ルノー村を救ってやっては下さいませんか!」


 俺が顎に手を当てながら思考を巡らせていると、いつの間にか村の人達が膝をついて俺に頭を下げてきた。かつて自分達が救って貰ったように、俺ならなんとかできると思ったのだろう。


 だが申し訳ないが、俺は戦闘系の能力を持っていない。俺の力ではどうすることも出来ないのだ。


「ごめん。俺も何とかしてやりたいんだけど、戦闘経験無いからどうすることも出来ないよ。この村の人達皆でミモイ村に引っ越してくるのはダメなのか?」

「村への居住は領主様によって管理されていて、その人数によって納税額が決まるのです。ですので、いきなり村人全員が引っ越したとなると……」


 そう言って顔をしかめるフランク。この世界の納税額が収入の何%に当たるのかは分からないが、村人達の表情を見る限り、決して安いものでは無いのだろう。


「となると、やっぱりゴブリンを何とかするしかないのか。因みに、ゴブリン達は何匹くらい居るんですか?」


 辛うじて意識のあるルノー村の男性に問いかける。彼は悔しさで顔をにじませながら答えてくれた。


「多分二十匹くらいだと……数が少なきゃ俺達でもなんとかやれたんだけどな」

「二十匹ですか」


 二十匹と聞いた瞬間、ミモイ村の皆がざわつき始めた。会話を聞いている感じだと、どうやらかなりの数みたいだ。だが俺の中にある『ゴブリン』は、ゲームに出てくる敵のイメージしかない。


 そのせいか、20匹程度なら全員で戦えばなんとかなるのでは?と安易な考えが浮かんでいた。その考えを俺はそのまま言葉にしてしまう。


「二つの村で協力すれば、何とか倒せないかな?普段狩りとかしてるし、案外何とかなりそうだと思うんだけど」


 そう口にした途端、村の大人たちが驚いたような顔で俺を見つめてきた。口に出してはいないものの、皆の顔には「この人は本気で言っているのか?」と大きな文字で書かれている。


 場の空気を察してか、いつも狩りに行っているマルクスが皆の気持ちを代弁するように語り始めた。


「我々が普段行っている狩りとは勝手が違います。ゴブリンは人間と同じように武器を持つ、狡賢い生き物です。奴らとの戦いになれていない我々が束になったところで、勝ち目は薄いでしょう」


 つまり普通の人間と殺しあうようなものって事か。普段狩りをしているマルクスがこう言うのだから、俺達がゴブリンと直接やり合うのは避けた方が良いな。


「そうなるとゴブリンに出くわしたら、そのまま放置するしかないってことなのか?」

「いえ、それは違います。通常であれば、バハマの街に行って冒険者にゴブリン退治の依頼を出すのです。そこで依頼を受けてくれた冒険者の方が、ゴブリンを退治してくれます」

「そうなのか?だったら──」


 だったら今すぐ依頼を出しに行こう。そう言いかけた矢先、横になっていたルノー村の男性が絞りだすように声をだした。


「依頼なら一ヶ月も前に出したよ……それでも来ないって事は、誰も依頼を受けてくれてないってことさ」


 彼の言葉を聞いた皆は思わず唇を噛み締める。確かミモイ村からバハマの街へは歩いて一週のはず。一ヶ月も前に出したとなれば、遅くても二週間前までには来てもいい筈。


 疑問を抱いていた俺の顔を見て、マルクスが耳元で囁くように呟く。


「ゴブリン退治は労力がかかる割に、報酬が安いんです。受けてくれるのは基本駆け出しの冒険者くらい。ですが今回は数が多すぎて、その冒険者すら敬遠してしまったのでしょう」

「なるほど、そういうことだったのか」

 

 ゴブリン退治の依頼を受けるのは駆け出し冒険者くらい。その駆け出し冒険者も二十体以上のゴブリンとやり合うのは避けてしまう。ベテランの冒険者に依頼を受けて貰うには、報酬額を多めに出せばいいのだが、その金を出せる余裕が無いってところか。


 マルクスの話を聞いて、俺は安堵していた。冒険者が来ない理由が単純に金銭の問題だったからだ。それなら能力をフル活用すれば、俺達がゴブリンと戦うことなくこの状況を打破することが出来る。


「こうしよう!暫くの間俺がこの村に通う事にする!俺の能力を使って水不足と食糧不足は解決出来しよう!その後作った野菜を街で売って金にすれば、報酬の上乗せが出来るだろ?そしたらベテラン冒険者が来てくれるんじゃないか!?」

「おお、それは名案です!!ナオキ様の野菜であれば、銀貨三枚で売れるはずです!!」


 マルクスに続くようにミモイ村の皆が「流石ナオキ様!」と称賛の声を上げる。だがその様子を見てルノー村の人達は訳が分からないと言った様子で固まっていた。


 とりあえず、ルノー村の人達への説明は後にして直ぐにでも作業に取り掛からないと。


「それじゃあ決定だ!これから一週間に三日はルノー村に滞在するから!その間、ミモイ村の事は宜しく頼む!あと三日後に誰か迎えに来てくれると助かる!」

「承知しました!いいか、ルノー村の者達!ナオキ様の言うことをしっかり聞くんだぞ!!ナオキ様に何かあったら、我々が承知しないからな!!」


 そう言ってトールは持っていた斧をルノー村の人達へと向ける。まだ状況を理解できていないルノー村の人達に、俺は改めて自己紹介をすることにした。


 この世界に来たばかりの俺は、直ぐにこの事実を受け入れることは出来なかった。だが今は自信を持ってこう言える。


「俺の名前は橋本尚樹!一応この辺の土地神様をやっている者です!」


 俺の自己紹介に口を開けて固まるルノー村の人達。これはどう見ても頭のおかしい人間だと思われてるな。でもここでくじけちゃいけない。俺はこの手でルノー村を救ってみせる!

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