群馬のBBQ場で見た異常光景
「みんなは嫌いみたいだけど、俺は好き」
というものが、あなたにも一つはあるだろう。
例えば、他人の話し声が嫌いな人は多い。
さっきからうるせえなあ。店員注意しろよ。
私はそう思わない。ふいに聞こえてくる他人の話し声が好きだ。
彼らがどんな言葉を使い、どんなことで笑い、どんな話し方をするのか聞くのが好きだ。
一番よく聞こえてくるのが銭湯。
先日ものんびり温泉に浸かっていると、20代前半と思われる男性2人が隣でこんな会話をしていた。
「お前、この間会った女どうなったん?」「誰だっけ」「なんか、G.Wに女と飯食うとか言ってたじゃん」「ああ、あれ」「どこの子だっけ」「小金井」「遠くて草」
草、って実際の会話でも使うんだ、と驚いた。幸せは足元に転がっているというが、学びもまた足元に転がっている。
そこをいくと、この間のバーベキュー場で見かけた若者は実に残念であった。
スノボー帰り、とある群馬のバーベキュー場で、肉を焼きながらのんびりと昼のビールを楽しんでいると、まだ大学生かと思われる若い5人組の男たちが、隣のテーブルにやってきた。
クーラーボックスやビニール袋など、彼らは重たそうなその荷物を手分けしながら運び、ウッドテーブルに並べていく。
バーベキューだというの真っ白なデニムに黒いTシャツ、セットされたツンツンの茶髪にチョーカーをキラリと輝かせ、オシャレへの熱量は高いようだが、どこか垢抜けない、まるで埼玉の繁華街をたむろしているような若者たちだった。
これはどんな会話が展開されるだろう。隣だから嫌でも聞こえてくるはず。楽しみだ。
彼らは軽く酒を嗜むと、すぐに荷物の整理を始め、うち2人が目の前の小川で釣りを始めた。このバーベキュー場は、釣りができる小川があり、釣った魚をそのまま焼いて食べることができるのが売りだ。
残り2人は洗い場へ行き、持参した包丁を取り出すと、小慣れた手付きでなにかの調理を始めた。残った1人はそれぞれのグループを行き交いながら、全体の進行をおこなっている。見事な分業制。私が思っていたイメージとなにか違う。
「この間あの女がよー」という、イキりトークはどうした。「あの確定演出っがよー」といった、人生にまるで役立たないトークの応酬はどうした。
さらに驚かされたのは、その間彼らは、一切スマホを取り出さないのだ。仕事中でもスマホをいじり出す大人が多い中、お前らは遊んでいるときでもスマホを出さないのか。
魚が釣れてもはしゃぐことなく、スマホを取り出す素振りさえ見せない。ウエーイ、パシャ、はどうした。お前らなにか忘れているんじゃないか。
彼らは準備が整ってきたところでスタッフを呼び、コンロや火起こしのセッティングを始めた。従業員にも低姿勢で、敬語で世間話までしている。
もっと大声で喋り散らし、その内容をこちらに届けてくれるんではなかったか。全然思ってたのと違う。
そのまま彼らは、ホイル焼きみたいな凝った料理を楽しみ始めた。
親が金持なのか、しつけが良いのか、いくらなんでも品が良すぎやしないか。20歳?22歳?それくらいだろう。垢抜けなさは埼玉県民特有のいなたさではなく品の良さだったのか。お前ら親が医者だな。そっちのお前は政治家の息子か。なんて上品なんだ。自分の20代の頃と比較して、だんだん酒がまずくなってきた。
彼らの奥に、20人を超える大家族グループがいた。その大家族が急に全員立ち上がったので何事かと目をやると、杖を突きながら歩く一人の老人を送り出すところのようだった。
高級そうなシャツを着こなしハットを被ったその妙齢な男性は、みんなに笑顔を振りまきながら、目の前まで迎えに来た真っ黒なセンチュリーに乗り込んだ。山奥のバーベキュー場でセンチュリーとはなかなか目立つ。
運転手は、嫌でも目が行くパツパツのシャツで巨乳を強調する50代くらいの女性で、どんな集まりなんだと私はしばらく目を奪われた。地元の有力者かなにかか。またはやばい系か。しかし、なんと隣の若者たちは、その謎の会合にも一切目をくれずに、自分たちのバーベキューを楽しんでいる。下世話な会話も素振りも全くしない。
20代の自分どころか、今も負けているんじゃないかと思ってきた。見た目はどこにでもいそうな派手目な若者なのに、素振りがまるで貴婦人の会。
その後ほどなくして、急な通り雨が降った。ついさっきまで柔らかい陽射しに照らされていた平和なバーベキュー場が、途端に山あいの現実を見せるかのように表情を変える。
ほどなくして止んだ頃には閉園時間となり、駐車場に移動する際、彼らと帰りが同じタイミングとなったので、ふと目をやると大宮ナンバーであった。
やっぱり埼玉県民じゃねえか。
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