13 マグナム販売方法決定

 マーリカが魔道具屋と直接交渉するのは、あまりに危険だ。


 マーリカがやりたいと挙手した数秒後には、当然ながらキラは却下している。だが、やる気に満ち溢れたマーリカを販促の話題から遠ざけすぎると、ひとりで勝手に動く可能性がある。なので、ここのところキラは、妙案がないものかと頭を捻らせていた。


 だが、何はともあれマーリカの暴走対策だ。


 とにかく、勝手に領の外に出られては堪ったものではない。そこでキラは、「お嬢が船を出してほしいと頼んでも絶対に出さない様に」と全領民にキツく言い聞かせた。


 だが、この元気一杯な変わり者の令嬢を「可愛いなあ」と思っている者は、実は少なくない。


「マーリカ様のお願いなら仕方ないなあ。キラには内緒にして下さいね」と点数稼ぎにやる奴は、キラの監視の目を潜って必ず現れる。それがキラとムーンシュタイナー卿の共通認識だった。


 ちなみに、魔具制作で爆破を繰り返したマーリカは、二人に密かに『爆弾娘』と呼ばれ始めている。そんなマーリカは現在、道具屋のスティーブの作業場となっている一階の広間の片隅で、何故か木板への鱗の貼り付け作業を手伝っていた。


 そこに、マーリカ様がやるなら自分も、と主に年若い男がマーリカを囲み始める。キラがムーンシュタイナー卿に執務をさせるべく執務室に向かった途端、こうなった。


 尚、マーリカはこう見えても貴族なので、本気でマーリカとどうかなりたいと考えている者は恐らくはいない。だが、一見それなりに可憐に見えるマーリカに笑いかけられ、うまく出来たのね凄いわと褒められれば、どうしたってもっと褒められたいと思ってしまう。それが男心というものだろう。


 ちなみにそれを見ている女たちは、キラが戻り次第雷を落とすのを密かに楽しみに待っていた。男女別け隔てなく褒めるマーリカを、彼女らはこっそりと応援する立場にいたのだ。勿論マーリカは一切気付いていない。


 一階の広間のほうが賑やかだなあと気になりつつも、キラの吊り上がった目に優しさが一切込められていないことに気付いていたムーンシュタイナー卿は、溜息を吐きながら書類に署名をしていく。


「ひゃあ、ひと月の場所代ってこんなにするのかあ」


 先日支払った市場の場所代の領収書を眺めると、ムーンシュタイナー卿が情けない声を出した。こうやってムーンシュタイナー卿が目を通し承認したものを、キラが帳簿に付けていくことになっている。サボりがちなこの領主に財政危機感を共有してもらおうという、キラの策略によるものだった。


 今のところそれはうまくいっていて、ここ最近のムーンシュタイナー卿の金銭感覚は、かなり庶民よりに傾いているともっぱらの噂だ。


「売上は好調なので、工事費用はさすがにまだ出せませんが、領民への給金を払って食費を出してもお釣りが出ますよ」

「そうなの? いやあよかったあ! ちなみにどれが一番売れてるのかい?」


 ムーンシュタイナー卿の問いかけに、キラが無の表情で答えた。


「……目玉です」

「あー」


 パン粉をまぶした目玉をさっくりと揚げたムーンシュタイナー領名物になりつつある『魔魚のホクホク目玉揚げ』は、キラの予想を裏切り、現在爆発的な人気を博している。齧った瞬間に蕩け出る黄色い液体はまろやかで、塩味だけでなくジャムや蜂蜜などの甘いものにもよく合い、「毎日でも食べたい」という者が続出したのだ。


 最初こそ「目玉って嘘だろ」と敬遠されていた魔魚のホクホク目玉揚げだったが、どこにでも挑戦者はいるものだ。そしてひとつ食べた彼らは、そのなんとも言えない不思議な食感と味にハマった。味付けが選べるところもよかったらしい。


 販売を始めて三週目に入ると、他領のジャム屋が「うちのものを置いてくれないか」と頼み込んでくる様になった。そこで『○○領のジャム』、『◇△領の蜂蜜』などと名前を全面に出してみたところ、ジャムの売れ行きも上がり、是非うちの領のものをご贔屓に、と袖の下ならぬ野菜や肉の貢物が日々舞い込む様になった。


「相乗効果ってやつだねえ。素晴らしい!」


 領から出ていくお金が減るので、それが施しと捉えられる可能性があろうが、ムーンシュタイナー卿は気にしない。ある意味おおらかな領主である。


 次に、キラが一枚の書類をムーンシュタイナー卿に差し出した。魔具販売についての企画書である。暫く無言で興味深そうに読んでいたムーンシュタイナー卿が、立ったままのキラを見上げる。


「……市場で売るの? 魔道具屋じゃなくて?」


 キラはにこりともせず、小さく頷いた。

 

「魔道具屋は管理体勢はいいですが、高いので庶民の手には届きにくい。だったら安価で市場に出してみようかと」

「王都の魔道具屋とかって、中間手数料ぼったくるって噂だしねえ」


 魔道具屋におけば、高値で売れる。だが、金持ち対象となる為、販売件数は少ないだろう。


 ムーンシュタイナー領には、お高く止まって勿体ぶる余裕は一切ない。即金であればあるほどありがたい。であれば。


「元手は魔魚の核とお嬢と俺なので、タダですからね。質より量で数を売った方が得策かと」

「いいと思うよ。――決裁! と」


 キラの企画書に署名したムーンシュタイナー卿が、書類をキラに手渡して笑顔で立ち上がった。


「じゃあ、そろそろマーリカの様子を見に……ぐえっ」


 ムーンシュタイナー領の従者は、領主の襟首だって平気で掴む。椅子の前まで引き戻して、渾身の力でムーンシュタイナー卿の肩を押し、椅子に座らせた。


「キ、キラ……?」

「ムーンシュタイナー卿?」


 キラが滅多に見せない笑顔を惜しげもなく見せる。そこに温かみは感じられない。


「まだ書類が半分残ってますよ。今やるか、昼飯抜いてやるか選んで下さい」

「ひっひいいいっ」


 半泣きになったムーンシュタイナー卿にいつもの如く「俺が見てきますから」と伝え、キラは颯爽と階下へ向かった。「自分が行きたいだけじゃ……」というムーンシュタイナー卿のごく小さな呟きは、果たしてキラの耳に届いたのか否か。


 キラが階段を軽やかに駆け下りると、一階の広間の一角に人だかりが出来ている。目を細めて訝しげに観察していると、その中心にマーリカがいた。周りの男どもとの距離が近い。


 キラは、男どもを掻き分けてつかつかとマーリカの元へ向かう。キラの存在に気付いたマーリカが、七色の盾を掲げ、満面の笑みを浮かべた。


「キラ! 見て、皆で鱗の防具を作ってみたの! こんなに沢山出来たのよ!」

「本当ですね」


 キラはそう答えながら、周りに青い瞳で圧をかけつつ、マーリカの肩を抱いた。がっかりした雰囲気が男たちから漂い、周りで見守っていた女たちがニヤつく。


 キラはマーリカを見下ろすと、にっこりと笑った。


「お嬢、明日俺と一緒に市場に行ってみましょうか。魔具の販売を開始する許可が降りましたので」


 その言葉に、これまで外出禁止されていたマーリカは目を輝かせる。そう、キラが考えたマーリカ暴走対策は、「とりあえず目を離さない」に決まったのだ。別名、監視ともいう。


「本当!? 行きたいわ!」

「では、その前に出来るだけ魔具を追加で作りましょうね」

「え? う、うん……」


 魔具作りと聞いて、マーリカがポッと頬を赤らめた。領民たちは、防御壁の中で二人が何をしているかは知らされていない。だが、魔具を作る際、マーリカは必ず頬を赤らめる。なので「これは何かあるぞ」と睨んではいたが、マーリカもキラも一切語らない為、謎とされていた。


 照れくさそうに俯き加減になっているマーリカの肩を庇うように押しながら、キラが人混みからマーリカを連れ出す。


「さ、行きましょ」

「え、ええ」


 すれ違いざま、キラが男たちに一瞥をくれた。それはつい先程まで舞い上がっていた男たちの心を一瞬で凍らせるほどひんやりとしたもので、女たちが「ほら、調子に乗るからだよ」と注意すると、男たちは寒そうに二の腕をさすったのだった。

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