出雲の三郎四郎
三十六計逃げるに如かず
尼子経久時代
第1話 尼子三郎四郎
永正11年2月11日、宇多源氏佐々木氏流尼子氏の嫡流・尼子政久の次男として、生まれた男子がいた。後に中国地方8カ国を治め、尼子氏の最盛期を創出する尼子晴久の誕生である。
館中に赤ん坊の鳴き声が響いた。閉ざされた襖の奥からは女性の吐息と着物が擦れる音がした。すると、襖の外で金属が互いに当たる音と男の足音がした。その足音は徐々に部屋に近づき、女性にも振動が伝わってきた。
「どうじゃ!男子か!」
「はい。立派な男子にございますよ。」
「おぉ!でかした!」
男は産婆の手から赤子を引き上げると、天に掲げた。
「お主がこれより、尼子の男子じゃぞ。分かるか。。。名は決めておるのか。」
「いえ。」
「父上より、文が届いておるのだが。又四郎では、兄に付けておる故のう。」
「見せてくださいませ。」
「ほれ。」
政久は懐からくしゃくしゃになった文を引き出すと、女性に差し出した。女性はそれを受け取ると、丁寧に開き、中を見た。そこには、四文字で
・又四郎
とだけ書いてあった。
「又四郎だけでは無いですか。ならば、貴方様が何か付けてくだされ。」
「う〜む。子の名など考えたこともない故のう。又五郎。。。四郎五郎。。。三郎四郎!どうじゃ!」
「そのなかでは、三郎四郎が良いです。」
「よし、お主は三郎四郎じゃ。尼子のために励むのだぞ!」
そして、政久は再度赤ん坊を掲げた。
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この後、政久の嫡男・又四郎が夭折した。これにより、三郎四郎は繰り上げで、政久の跡継ぎとなった。
「父上、三郎四郎には何か才がありますぞ。」
「。。。お主にはそう見えるか。」
この男こそ、尼子家を出雲の大名へと成り上がらせた謀将・尼子経久である。
「『そう』とはどういうことにございますか。」
「あやつは短気すぎる故、周りが付いて行けておらぬ。」
経久が縁側に座りながら、顎で政久に示した。政久も経久の視線を追わずとも三郎四郎を見た。彼は近習と遊んでいた。
「儂に柿を寄越さぬか!」
「三郎四郎さま、儂が先に取ったのですぞ。三郎四郎さまの物も取ったではないですか。」
近習の子供は三郎四郎よりも幼いにも関わらず、冷静であった。それに対して、三郎四郎は頑にも柿を奪おうとしていた。二人は暫く、柿を引っ張りあったが、堪忍袋の緒が切れた三郎四郎は、近習の子供を叩いてしまった。
「あっ!」
子供が地面に蹲ると、晴久は我に返ったがどう対応していいのか分からなかった。
「お、お主がすぐに寄越さぬのが悪いのだぞ。」
すると、経久は立ち上がり、子供達の方へと歩いた。遅れて、政久も父の後に続いた。
「三郎四郎!其方は尼子の嫡男なのだ!主は主らしく振る舞え!」
普段は優しい祖父の突然の怒号に三郎四郎は驚いた。
「お祖父様!儂はただ、柿が欲しかっただけにございます。」
「では、木を見てみよ。まだ、あるではないか。欲したのならば、己で取れ。」
三郎四郎は木を見ると、確かにそこには、柿の実はあった。それを見て、三郎四郎が黙っていると、経久が先ほどとは変わり、いつもの声で言った。
「三郎四郎、よく頭を使え。どうすれば、人と争わなくて済むのか。」
「。。。はい。。。」
三郎四郎はボソッと返事をした。
「分かれば良いのじゃ。童の頃は好きに生きろ。」
そう言い、経久はその場を去った。政久が父の顔を見ると、酷く暗い顔をしていた。
「政久、あやつには大将の器がない。」
「童のうちは皆そうでしょう。」
「あやつの様な者は中々変わらぬぞ。それよりも、桜井宗的が謀反を起こした。すぐにも、磨石城へ軍を送る故、支度をせい。」
「はっ。」
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