骨骸の剣聖が死を遂げる~呪われ聖者の学院無双~
御鷹穂積@書籍7シリーズ&漫画5シリーズ
序章
第1話◇魔獣と美女
ゾンビが人を噛む理由を知ってるか?
あれは――祝福なんだ。
ゾンビになった俺が言うんだから、間違いない。
◇
話は、ゾンビになる前に遡る。
俺は昼の森を、馬で駆けていた。
黒い毛並みの愛馬は優秀で、デコボコした道を華麗に駆けるばかりか、枝葉が俺に当たらぬよう配慮までしてくれている。
「頼むぜビオラ、もう少しだ」
俺が名を呼ぶと、それに応えるように彼女は加速してくれた。
景色がぐんぐんと流れていく。
おそらくこの辺りの筈だが――。
と、そこで甲高い悲鳴が森に響く。
「ビオラ」
指示を出すまでもなく、声のする方へ向かう相棒。
何度も戦いを共にしてきた愛馬には、俺の言いそうなことなどお見通しらしい。
そして、俺達は辿り着く。
視界が開け、瞳に映るは毛皮の巨人。
否――あれは熊だ。
普通の熊よりも一回りほど大きく、目が血走っている様は、明らかに正気ではない。
その大熊が、腰を抜かしている赤毛の女性に、鋭利な鉤爪を振るわんとしていた。
「悪いな、少し飛ぶぞ」
俺はビオラに謝罪してからその背に足をかけ、走行中の彼女から跳躍。
腰に吊るした鞘から剣を抜き放ち、目標に向かって閃かせる。
瞬間、熊の右前足が断ち切られ、鮮血が舞った。
降り注ぐ血の雨を背後に、俺は華麗に着地。
女性に向け、柔らかな微笑みを浮かべる。
「ご無事ですか、お嬢さん」
印象というのは大事だ。
好感を与えたいのならば、相応の振る舞いというものがあるだろう。
「えっ? えっ……?」
赤毛にそばかすの、十八から二十頃の女性。
突然の出来事に混乱しているのだろう。無理もない。
森で食べ物でも探していたらしく、近くに小さな籠が転がっている。
というか、俺は近くの村で彼女のことを知り、駆けつけたのだ。
そもそもの任務は村周辺に出現する魔獣の討伐であり――。
まぁいいか。それよりも、女性が無事だったことが重要だ。
「俺が来たからにはもう安心です。ちゃんと家まで送り届けますからね。お嬢さん、お名前は?」
「え、あの、えっ、名前……? ……トリー、ですけど」
「トリー、素敵な名だ。俺のことは、どうかアルと」
俺の黒い髪と黒い瞳はこの地域では珍しい。それに、身長だって平均よりも低く、どれだけ鍛えても身体は分厚くはなってくれない。
だが、そんなことは関係ない。
強くなると決めたなら強くなる。
女性との縁は、それが死地であれ大事にする。
俺は俺の思うように生きるのだ。
「ところでトリー。熊の魔獣をサクッと倒せる男というのはどうでしょう? 村にはこんな男、いないのでは?」
「あ、あのっ……!」
トリーが慌てたような声を上げながら、俺の背後を見ている。
「大丈夫ですよ、トリー。さっき言ったでしょう?」
俺は彼女を左腕で抱き、跳躍。
少し遅れて、その空間を大熊の左前足が抉った。
大きく距離をとった俺は、トリーの柔らかい肢体から腕を離すことに名残惜しさを感じながらも、彼女をそっと下ろす。
「俺が来たからにはもう安心です、と」
野生動物なら、あれほど深刻なダメージを負えば逃げ出す方が自然だが……。
やはり、この大熊は違うようだ。
「……魔獣化ってのは、本人はどういう感じなのかね」
魔力の影響を強く受けて変質してしまった動物を魔獣と呼称するが、とにかく凶暴になる。破壊衝動に身を任せて暴れ回るのだ。
「トリーと俺との出逢いはもう済んだ。お前の役目は終わりということだな」
俺はまぁまぁに勝手な言い分を口にしながら、大地を蹴る。
大熊の振り下ろしを真横へ跳んで回避し、即座に真上へと舞い上がって刃を一閃。
獣の剛毛は刃を通しにくいが、俺の腕にかかればなんてことはない。
大きな首がゴトリと落ち、先程よりも大量の血が大地に降り注ぐ。
俺は再び血の雨を器用に避け、血振るいをしてから剣を鞘に収めた。
それからトリーの許へと戻る。
「ね? 言った通りでしょう?」
「す、すごい……」
思わず漏れたというような、トリーの言葉に微笑みを向ける。
「ありがとう。これが仕事なので、出来て当然です」
「仕事……あ、その服……」
俺は白を基調とした、騎士めいた衣装に身を包んでいた。
恥ずかしくてしょうがない格好だが、制服なのだから仕方がない。
それに、これで意外と女性受けがいいのだ。
「えぇ、聖騎士です。魔獣発生の報を受け、周辺住民の方をお守りする為に派遣されました」
男の死は、まぁそういうこともあるよなと受け入れるしかないが、女性の死は世界の損失なので見逃せない。
「あ、あの、わたし、ごめんなさい……」
トリーが、自分の籠をちらりと見る。
魔獣がいて危ないと知りながら、食料探しに森に入ったことを後悔しているのだろう。
「いいえ、どんな危険が迫っていても、腹は減ります。日々の糧を得ようと動くのは自然なことですよ。村に帰って、みなを安心させてあげましょう。トリー、立てますか?」
トリーはそこでようやく、自分が腰を抜かしたことを思い出したようだ。
恥じ入るように、顔を赤くする。
「い、いえ……その」
「構いませんよ。先程は勝手に触れてしまいましたが、手をお貸ししてもよろしいですか?」
「は、はい……よろしくお願いします」
彼女の腰を抱くようにして、そっと立ち上がらせる。彼女の体温と匂いを近くに感じる。
都会の女のように香水の匂いを漂わせたりはしていないが、素朴な感じもまた素敵だ。
と、丁度そこで茂みから音がした。
トリーは怯えたように肩を跳ね上がらせる。
「大丈夫、俺の相棒ですよ」
愛馬のビオラだ。
俺の邪魔にならぬよう、あの後そのまま駆け抜け、戦いが終わったタイミングで戻ってきてくれたのである。
なんて賢い相棒なのか。
「彼女に乗って帰りましょう」
「か、彼女……?」
「あぁ、ビオラはメスなんです。騎士にとって馬は相棒なので、人のように扱う者も珍しくないんですよ」
ビオラは俺の無事を確認すると、頭を寄せてくる。
「さっきは踏んでごめんな。あとでちゃんと労うから」
トリーの腰を抱いていない方の手で、愛馬を撫でる。
ビオラは「許してあげる」とばかりに、小さく頷いた。
「……ほんと。こちらの言葉を、分かっているみたいですね」
「分かってくれてますよ」
トリーが落ち着くのを待ち、ビオラに一緒に乗って村へ向かう。彼女の籠を拾ってやるのも忘れない。
思えばこれが、
魔法使いはいるが数が少なく、まだまだ人類の主力武器が剣の時代。
魔力の影響を受け凶暴さを増した獣などから、人々を守るべく組織されたのが――聖騎士団。
俺はそこに所属し、困っている女性とついでに男共を救うという、崇高なお仕事をこなしていた。
まぁ、昔の話だ。
この翌日には、ゾンビになってしまうような男の話だ。
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