第27話 嫌な話
「そうも言ってられないんだ」
ラルゴとサガンの二人そろって、ため息交じりに肩をすくめる。
面倒なことになりそうだと眉根を寄せていた。
「ふぅん?」
根っからの戦闘員のこの二人が面倒というなら、待つとか力技だけですまない状況だろう。
「カズラス渓谷の先に、カッシュ要塞があるだろう? あそこを根城にした盗賊団の頭だけ先週狩っている。他の奴等はそのままだ」
「あの要塞、結局壊してないのか?」
あまりに古い時期に作られたため、今では要塞を置く価値がない。
渓谷を超えた場所にあった大都市が衰退し、現在は森しかないのだ。
数百年前の戦乱時期に建造されたが、二〇年ほど前からカッシュ要塞は廃墟になっている。
ただ過去の遺産としても貴重だし、要塞としての作りも重要な建造物で、警備団が週に一度は中に入りセッセと保護にいそしんでいた。
「まぁな。要塞としてより、建築物としての構造や芸術性が高いため、文化財として価値があるそうだ。貴重な建物なんだとよ」
役人から聞いたまま告げるので、どこか棒読みだった。
戦に使う建物が文化財だなんて、チャンチャラおかしいと思っているのがわかる表情だ。
「警備団がやられて野盗に乗っ取られたのが一カ月ほど前らしい。その頭だけ先週殺ったとなると、な~んとなく想像つくだろ?」
頭を殺し、自分は自分で好きにやるからと自由を強調して盗賊の仲間に入らず、盗賊団には要塞を今まで通り使えばいいと放置しておく。
「う~ん、今度は俺たちに狩らせる気か?」
「子供の遊びにしちゃ大掛かりだな」
「俺たちの能力を知りたいんだろうなぁ。盗賊どもはお仲間でもないし、痛くもかゆくもないわな」
要塞かぁと遠い目になるラクシに、大きな要塞だとキサルも渋い顔になる。
要塞は構造的に厄介だ。
それ以上に国を挙げて保護にいそしむ貴重な建物だと扱いが面倒くさい。
「ずいぶんと喰えない小僧だな」
「近隣の魔物や妖物の殺傷許可も、たくさん申請されていたぞ。全部集める気かもな」
誰だ? 一度に許可だしたの、とぼやいた。
一件づつ別口だと、ラルゴが同じようにぼやいた。
たった一人でそこまで念入りに下調べをして、こんな短期間に段取りをするのは大変だったろうと、逆に感心するぐらいだ。
「ほっときゃミレーヌ様も危ないか」
「どうする? 東の剣豪殿への招待状かもな」
これが単なる想像で終わらないならでかい討伐になりそうだと、そろって嫌な顔になる。
もちろん今話した死神の話は、証拠も確証もない。
たまたま近くに来ていただけで、ミレーヌに関わっていると想定するのは、まったくの勘違いかもしれないと付け足した。
しかしこれが今わかる精いっぱいだと言われて「よし!」とガラルドは立ち上がった。
もとより根拠を探すような性格ではない。
死神がいなくても、籠城している集団を相手にするのは久しぶりだとやる気満々で、ガラルドは腰に剣帯を巻いて双剣を装着する。
既に戦闘モードだった。
カッシュ要塞の出入り口は、正面の巻きあげの吊り橋だけだと、記憶から引っ張り出してつぶやいた。
とりあえず吊り橋だけ残せば、後から検分に来るカナルディア国の警備団も文句はないだろうと、一人で納得して大雑把なことを言う。
「行くぞ。小僧とはいえ期待には応えてやろう。まぁ、他に手がかりもないんだし、カビの生えたような建物なら壊しがいもある」
全員、あきれかえった。
「ああもう!」とそろって非難の声を上げる。
「大臣から文句の嵐になるから壊すな!」
「だから、あんた、ちゃんと話を聞いてないだろ? 文化財だぞ? 傷つけちゃいけないぞ!」
「ミレーヌ様がそこにいるのはあくまで可能性だ。最初から壊す気はおかしいだろ!」
「バカか?砦があるから盗賊にも利用されるんだろうが。綺麗サッパリ更地にしておく」
たかが古い建物を一つ消すぐらいでムキになるなと、ガラルドは嫌な顔をした。
ミレーヌがいてもいなくても、盗賊の根城になるような場所を残す意味がわからないと文句を言う。
その盗賊たちがカズラス渓谷から街道に出て、人民を襲っているのは確かだ。
同じことを考える輩を出さないためにも、消すのが一番だと自論を語る。
バカはどっちだと、五人そろってぼやいた。
あながち間違いではないが、そうとばかり言えないのが法のあるこの世界なのだ。
東の国は特にその傾向が強い。
「頼むから、ほどほどを覚えろよ」
聞く耳があるならガラルドではなかった。
「俺に手を出せばどうなるか、ちゃんとわかるように教えてやらないとな。行くぞ」
「ちょっとは聞けよ。やめろって」
「置いてくぞ」
ただ一人装備を整えて、さっさと扉に向かっている。
自由に動ける立場ではないのに、こんな時には素早いんだからと隊員たちは嫌になってしまった。
「だから待てって。段取りが必要なんだ」
「準備ぐらいさせろって、まったくもう」
「要塞に流派が出向くには、騎士団に知らせたり、色々あるんだよ。わかってんのか?」
「止まらんと、ミレーヌ様に言いつけるぞ!」
オムレツ停止だと言われて、初めてガラルドはひどくショックを受けた顔になった。
ようやく足が止まったと、少しホッとする。
「面倒だなぁ~許可があればいいな? 飯でも食ってろ。ちょっとジャスティに話してくる」
あいつに話せば一度ですむと一人で納得し、ガラルドは出て行ってしまった。
足が止まった気がしただけで、一瞬の出来事だった。
「あ、おい!」
追いかけようにも、既に姿はない。
とっくに詰所から遠く離れているので、帰ってこいと叫んでも、虚しい遠吠えだ。
もう嫌だ、と五人そろってぼやいた。
「街道の騎士団と辺境警備団への知らせだってあるのに、なんで国王に話をつけに行くんだ? 本気で要塞を壊す気だぞ、あのバカ」
「正面突破と完全破壊しか知らん」
「熊だとわかっていても、どうしてこう頭を使わないのかね? 悪くないはずなんだが」
「熊でもインテリだぞ? 兵法も古代文明も神聖語も完ぺきで、そりゃたいそうな英才教育を受けてるんだが。熊だからまったく頭を使わないが」
とりあえず、夜明け前にガラルドと自分たちの総勢六人で要塞に行くかと、ボソボソと話す。
騎士団のように退魔の技をほとんど知らない人間が多いと、かえって邪魔になる。
事態終結後に片付けに来てもらえれば充分だ。
「持ってくか? アレを」
ミレーヌ様が要塞にいるならガラルド退治の武器が必要だと、ぼやき交じりにため息をこぼした。
「アレってなんだ?」
ガラルドを止められる武器が、この世界に一つでもあるなら見てみたかった。
そろってすがる目に、デュランが大真面目に答える。
「フライパン」
確かに、と思わず遠い目になる。
一度倒されてから、ミレーヌのフライパンには苦手意識があるようだった。
さっきも、オムレツ停止には反応していた。
フライパンをかまえて「二度とオムレツは作りません!」とでも直接本人に宣言してもらえば、ガラルドも少しは考えを改めるに違いない。
悲しい事に、暴走するガラルドを止められるのは、今のところミレーヌしかいない。
彼女にムリなら他の誰が何をしても、ガラルドに対してはすべて無駄である。
「フライパンかぁ」
要塞とオムレツを同じ秤にかけるなど普通ならありえないが、何せガラルドである。
「なら、俺の役目か? 斥候だし……」
キサルがものすごく哀しい顔をした。
ミレーヌを見つけてフライパンを渡すのが、斥候の最重要課題になるとは思わなかった。
いなかったら、ただひたすら邪魔な荷物である。
「気持ちはわかるが、文化財を保護できるかどうかの瀬戸際だぞ?」
「小さいのでもいいか?」
「でかいのじゃないと目立たないだろ?」
あたりまえに返されて、やっぱりなぁとキサルは大きなため息をついた。
そんなものを携えて要塞に出向く姿は、誰にも見られたくなかった。
厳重に梱包して、フライパンとわからない形で携帯しようと、ブツブツとぼやく。
「なんであんな面倒な熊が長様なのかね?」
それでも、他の人間を長にする気は全くないのだが。
困った面はガラルド個人の素顔を見せる時だけに限定されている。
まぁ、日常があれだけ困った奴を中心にしたからこそ、会ったばかりの個性的なこの五人が急速に協調して馴染んだのかもしれない。
やりますか、と。
無傷で要塞を陥落するために、五人は動き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます