第9話 ルールがいっぱい
「なんて素敵なんでしょう! 綺麗ですこと!」
買い物から帰ってきたミレーヌの賛辞に、厳つい武人の顔を消す。
どうやら合格点をいただけたらしい。
師匠に認められたばかりの見習いのような顔で、こぞってホッとしていた。
ピカピカとまではいかないが、置かれていた物品は全て詰所や物置に移動した。
痕跡を魔物に悟られないようにする自分たちの技術が、まさか掃除に役に立つとは。
意外な新発見だった。
仕事ならまだしも、日常ではもう二度と技術を生かしたくないけれど。
今後一切、ミレーヌの目の前に仕事に使う品を置くつもりはなかった。
本日の損害は甚大だった。
金額的な計算をしなくても、そのぐらいわかる。
廃棄物と化した貴重品の山を見て、どうやって同じ物を手配すればいいのか途方にくれ、考える気も起きないぐらいの損失が出ていた。
それでも正当な言い分なので、反論しようもないのだが。
夕食後に早速ルール作りも始まった。
掃除だけでなく、仕事用の専門道具は邸宅側に持ち込まないとか、遠征後の服は詰所で着替えるとか、裸や下着で家の中は歩かないとか、細かい規定がつくられていく。
王都に住まう者なら当たり前ですわと言われても、そこまでするのかと皆は顔をひきつらせるばかりだ。
口を挟む勇気ある者はいなかったけれど。
実に面倒くさい。
「まぁ、そんな嫌な顔をなさらなくても。わたくしだって緊急時には即時対応しますし、多少のことでしたら目をつぶりますわよ?」
ミレーヌはニコニコ笑っていた。
これほどスムーズに事が運ぶとは思っていなかったので、実に機嫌が良かった。
「緊急時には少々は目をつぶると?」
「ええ、お仕事は重要ですものね」
実際はどうなるか怪しいものだと思ったものの、誰も何も言えなかった。
機嫌を損ねたら後が恐ろしい。
歳を聞けば自分たちより下か同じなのに、ミレーヌの言葉には母親のような貫録があって逆らい難い。
食事表も作られた。
夜勤、遠征、夜市に行くなど一目でわかるように一覧にされ、食堂に貼りだされた。
常駐者だけでなく、予定のわかる流派からの訪問者の欄も当たり前のように書き足されている。
ミレーヌは腰に手を当てて、満足そうに日常規約と食事表を見上げている。
こうしておけば人数把握ができて材料の仕入れも過不足なくできるし、作りすぎや足らずが起こらなくて便利だ。
「これで一応の形はつきましたわ。当たり前のことばかりですけど、こうやっておけば皆さまも忘れませんわよね」
その後ろに控えるように並んで、男たちは無言で眼差しを交わし合っていた。
ちょっとぐらいは自己主張をしようと努力したものの、あっさり論破されて神妙な顔になるしかなかったのだ。
本当に逆らえんぞと目だけで話す。
女主人と家来のような図だった。
よけいなことは何一つ言わなかったけれど、口もとには苦笑が浮かんでいた。
気性の激しいサラディン人のサガンやラルゴでさえ頭が上がらず、ここまできっぱりやられると気持ちいいさと笑うしかない。
不思議なことに、まいったと頭をかいてそれで終わりだ。
そう、なんだかんだ文句を言いつつ一連の出来事で、青年たちはミレーヌのことを気にいってしまった。
明るくて仕事もでき、多少のことではへこたれないのだから、付き合いやすいのだ。
確かに強硬手段に出てくるけれど、ミレーヌにとっての重要事項だけなので裏はない。
それらは市井になじむための必須事項に近かった。
尻に敷かれるのはごめんだが、とにかく思考と発言がわかりやすいので、それなりに扱いやすい娘でもあった。
それ以上の意外な収穫が一つあった。
祖母のサリである。
部屋の片づけが終わったからと声をかけると、居間も兼ねている食堂に出てきた。
歳のせいもあって耳は遠いのだが、非常に器用で繕い物など手際よくしてくれた。
目が薄くなったと言いながらも、ほつれていた袖やポケットなどを丁寧に素早く直していく。
おまけに、非常に感覚が鋭い。
「ミレーヌ」
呼んだかと思うと、救急箱を持ってくるように言った。
こっちへおいでと声をかけられた者は、思わず眉根を寄せてしまった。
「まぁ大変、気が付きませんでしたわ」
ミレーヌは慌てていたが、それが普通ですよと答えるしかない。
看破したサリが尋常ではないのだ。
ケガをしているのは確かだが、そこをつかれると命に関わるので、同じ武人同士でも見破られるようなヘマはしない。
「包帯を変えましょうねぇ」
断ろうとしたが、ミレーヌに押し切られた。
サリはいい歳の老女なので素直にうなずけなかったが、ミレーヌには勝てない。
「おばあちゃんに任せておけば、間違いはありませんわ」
最初はどうしたものかと困惑していたものの、サリの手際や治療の確かさに驚くことになる。
本当にこのばあさんはただものではない。
意外なところで役に立つと、全員が目配せし合ったぐらいだ。
一人雇ったつもりだったのに、二人とも気が利いていた。
難を言えば、サリの耳が遠いことだろう。
話しかけても、少々違う答えが返ってくる。
かといって、的外れではなかった。
なんとなく伝わるものがあるのだ。
サリは頭が良くて思いやりがあった。
今まで老人と関わることなどほとんどない生活だったが、これから一緒に暮らすことへの違和感もなかった。
「私にできることはこれぐらいだねぇ」
つぶやくと、サリは手際よく道具を片付けた。
繕い物や治療を終えて満足したのだろう。
部屋を出ていく小さな丸い背中に、誰とはなしにつぶやいた。
「サリ殿も何かに似てるよな?」
「あれだろ? 祝祭に縁日で売られている奴」
「縁起物にそっくりだ」
そこにいるだけで福福とした印象がある。
パッと福招きの造形を思い出し、確かにそうだとうなずきあう。
「家なんぞ面倒だと思っていたが、あんたたち二人はかなり拾い物だ」
「大掃除でどうしたもんかと思ったけどな」
「あんたたちは流れ者のこともよく知っている」
妙な褒められ方をして、ミレーヌはお茶を配りながら小首をかしげた。
「家のない生活でしたら、おばあちゃんは詳しいですわ。わたくしはわかりませんのよ」
流れる旅の生活など未知の世界だ。
ミレーヌのキョトンとしている顔がおかしすぎて、ハハハッと一斉に声を上げて笑った。
自覚はなくてもルール作りの時に武人への配慮をちゃんとしていたし、傭兵に対する禁忌を身につけていた。
どうやら商家に雇われていただけではないらしい。
「ミレーヌさんは無頼の来る宿にも、貴族の館にも、長く勤めたことがあるね」
「いろんな場所に出入りしていたように見えるが、違うかい?」
内情を知らないとわからないことを自然にふるまえるので、経歴の予想はつけやすかった。
「すごいわ」
ミレーヌは手を叩いて喜んだ。
「あら、流派の方ってすべてお見通しですのね! ギルドに申請できない歳の頃には、口利きでいろんな所へ日替わりに出てましたの。だって、仮成人前だと正式な雇用がありませんから」
決まった曜日に顔を出す場所もあれば、本当にその場限りの仕事もあった。
一六歳で仮成人となる。
それがカナルディア国の決まりだった。
就職や婚姻も親の許可があれば可能な年齢だ。
ただ、自己判断で正式な雇用や婚姻をするためには、十八歳の成人を待たねばならない。
成人すると納税義務も生じる。
下街でも王侯貴族でも変わらず年齢は重要だ。
「ああ、そうか。地方と違うんだった」
「王都内は仮成人以上でないと常駐で働けない決まりがあったな」
「ええ、住み込みは成人以上でないといけませんし。王都は特に法律が細かいんですの」
店舗を持つ者は当然だが、路上販売でも登録方法や販売場所なども決まりがある。
すべてが前日までの申請制なので、思いつきでは何もできない。
気まぐれでかごに花を入れて、小遣いを稼ごうとしただけで犯罪行為になる。
子供でも騎士団に捕まって半日は格子の中に入れられてしまう。
それだけ商売の公共性や暮らしの安全が保障されていた。
ただし、知らないと意外なところで罪を犯している可能性が大きいのだ。
「実に面倒だな」
「俺たちは流れの傭兵だから知識として知っていても基本が自由だからなぁ」
男たちは王都ならではの暮らしに、低くうなって腕を組んだ。
秩序正しい都市に常駐するならば、そういった決まりも確かに無視できないことだ。
新しい隊員を入れるにしても、十六歳で仮入隊、十八歳になってやっと正式入隊かと、なんだか渋い顔になる。
見込みのある者は少年でも遠征や実践に連れ出したい。
経験に勝る学びはないのだ。
自身の安全にもつながる。
なのに、この王都に居を構えるなら、仮成人前だと道場に置いて講義を受けさせることしかできない。
前途多難だなとしばし悩んだ。
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