第11話 捜査依頼②

 正語しょうごは、鷲宮一輝わしみやかずきという男をよく知らなかった。


 母親同士が姉妹で従兄弟ではあるが、関わりはほとんどない。

 子供の頃、一輝は母親と一緒に数回この家を訪れたことがある。


 その時の印象も悪い。

 一輝はひどく痩せた無口な少年で、肌は紙のように白く、無機質な灰色の目が不気味だった。


『あいつの目、キモいな』

 幼い正語は、母親にそう漏らしたことがある。


『一輝くんのご先祖様は、外国から来た宣教師をかくまっていたのよ。その頃、その宣教師と子供をもうけた女性がいたみたいなの』

 光子みつこはそう説明したが、子供だった正語には難しくてよくわからなかった。


 さらに光子は続けた。

『あの家に生まれた灰色の目の人には不思議な力があって、亡くなった人と話ができるのよ』


 衝撃的だった。

「あいつはゾンビと話せるのか」とひるんだ。


 夏休みに光子が妹の家に泊まりに行こうと誘っても、正語は頑として拒否した。

 兄たちが『お城みたいに広い家だった』『庭にテニスコートとプールがあった』と楽しそうに話しても、まったく興味が湧かなかった。


 小学生の頃はサッカー、中学ではバスケに熱中していた正語にとって、ゾンビと話せる一族の家より仲間と過ごす方が楽しかった。


 成長するにつれ、兄たちの話が現実的な意味を持つようになる。


『霊視をしてもらいに、政財界の大物や著名人が通っているらしい』

『あの家が大金持ちなのは、その霊能力のおかげみたいだ』


 正語はそれを理解しつつも、やはり関わりたくない家だと思った。

 霊魂の存在云々より、そんなことで金儲けをする家に胡散臭さを感じたからだ。


「……一輝さんの死に不審な点はなかったんだろ? 何がそんなに気になるんだ」


 再び腰を下ろした正語は、光子に問いかけた。

 一輝は温室の中で熱中症で亡くなったというが、確かに三十代男性の死因としては珍しい。


「……外から鍵をかけたんじゃないかって、疑われた男の子がいるの……コータ君っていうんだけど……生きている一輝さんを最後に見たのも、遺体を見つけたのもコータ君なのよ……」


 光子の言葉は歯切れが悪い。


 正思しょうじが横から口を挟んだ。

「スマホが見つかった神社、出るんだよ」

 両手をだらりと垂らしながら続ける。

「昔、鷲宮さんの家に恨みを持った女の人がそこで首を吊ったんだって。コータ君はその女の人と縁がある家の子でさ、女の霊がコータ君に取りいて鷲宮家に復讐したんじゃないかな」


 正語は鼻で笑った。

「あの家には霊媒師がいるんだろ? 一輝さんの霊にでも聞いたらどうだ?」


 茶化したつもりで言ったのに、光子は真顔で答えた。

「もう聞いたわよ。一輝さんが亡くなってすぐに、真理子さんに一輝さんの霊を呼んでもらったの」


 正思が解説を始める。

「真理子さんって、一輝くんの従兄妹いとこだよ。一輝くんが亡くなって灰色の目の人は真理子さんしかいないから、本家を継ぐみたいだね。一輝さんの霊は『よかれと思ってしたことが裏目に出ただけだから、何も詮索しないでくれ』って言ったんだ」


「……どういう意味だ……」


「わからないわ……真理子さんが泣き出してしまって、それ以上詳しく聞けなかったの……」


 正思が楽しそうに続ける。

「一輝くんは真理子さんにぞっこんだったけど、大学生の時に別の人と子供を作っちゃったんだよ。その奥さん、由美子さんっていうんだけど、突然子供を連れて家を出ちゃったんだ」


 正語は内心舌打ちをした。

(主婦の井戸端会議かよ……)


「俺はもう寝る」


 腰を浮かせた途端、光子に睨まれた。


「正語さん! 智和さんがスマホを持って来たら、一緒に話を聞いてね!」

「……わかった」


 正語は諦めたように短く答えて、部屋を出ていった。



 


 


 

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