みずほ町殺人事件
こばゆん
第一章
第1話 プロローグ
父親から電話がかかってきたのは、七月。
「一輝の携帯が見つかった」と父親は告げた。
秀一は反射的に「よかったね」と答えた。
そのとき彼は、苦手な英作文の問題集に頭を抱えながら机に向かっていた。明日から始まる期末考査が目前に迫り、焦りを抱えつつも集中できないでいた。
電話越しに父親が黙り込むのに気づき、秀一は少しだけ顔を上げる。
「……何かあったの?」
しばらく間を置いて、父親は言いにくそうに続けた。 「九我さんに相談してみようと思うんだが……」
「光子さんに電話、代わろうか?」
父親の返事はない。代わりに、重い沈黙が受話器越しに流れた。
秀一はじっと次の言葉を待つ。口下手なのは自分だけではない。父親もまた、感情を言葉にするのが得意ではなかった。
「そっちに行くから、光子さんたちの都合のいい日を聞いておいてくれ」
「わかった」 そう短く返事をして、秀一はスマホを切った。
——去年亡くなった兄のスマホが見つかった——。
それがどうしたというのだろう。遺品整理の最中に出てきただけなのではないか。
無理に何かを考える必要はない。そう自分に言い聞かせようとしてみるが、どうしても気持ちは落ち着かなかった。
秀一は机に肘をつき、顔を手で覆った。あの日の記憶が頭をよぎる。 兄が亡くなったあの日。スマホをあの場所に置いたのは、間違いなく自分だ。 思い出したくない過去が、薄暗い影のように視界の端にちらつく。
最後に見た兄は、冷たく、無慈悲だった。
そのとき、部屋の外で足音がした。
ゆっくりとしたその音は、迷いなく隣の部屋へと向かっていく。
(……前は、帰ってきたら必ずノックして入ってきたのに)
距離が開き始めたのはいつからだろう。
高校に上がってからか、それとも中学の頃からか。
秀一は机を離れ、ベッドに上がると、隣の壁に耳を押し当てた。 耳を澄ましても、物音一つしなかった。
ため息をひとつつき、壁から離れる。 明日は中間試験で赤点を取った英語が待っている。期末考査の結果次第では、夏休みの部活動停止という罰が課されるのだ。
秀一は深く息を吸い込むと、再び机に向かった。
窓の外からは、夜の静けさが滲み込んできた。
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