第41話 ハンドスプリング

*湯沢の家での話

5年生になってから、もうだいぶ学校になれてきてわりと友達が増えていた。その中で友達になったのが、同じクラスの湯沢で、たまに約束して家に遊びに行っていた。そんなある日、その日は岡野も湯沢の家に遊びに行っており、3人でダベりながら遊んでいた。


この二人は野球が好きだったようで、どちらの家に遊びに行った時にも、わりと『実況パワフルプロ野球』をやっていた。これは、3頭身くらいにデフォルメしたキャラクター育成してプレーでき、実在するプロ野球選手のデータが使われているゲームだった。

だが、この日はそれにも飽きてしまって、特にやることがなくなって、湯沢の持っているポケモンカードを見せてもらったりしながら、暇を持て余していた。


「ゆざわなんかおもろいことないん?」岡野がそう言うと

「いや、特にないよ」と湯沢は気のない返事をした。

「それやったら、ゆざわのポケモン見せてや」

「ええよ。ほんなら、ちょっと待って」

そう言うとゆざわはゲームボーイを取り出してポケモン赤を起動した。


「うわ、すげえ。ミュウおるやん!」

「ええやろ。作り方おしえたろか?」

「うんうん。教えて教えて」

「まず、1匹目をサイホーンにして一番下の技のPPを21にして2匹目をミュウってなまえのスリープにすんねん」


これは適当なポケモンとエスパータイプのポケモンならできるのだが、この2匹は捕まえやすく、サイホーンは技が『つのでつく』しかなくてやりやすいので、ここではそうしている。

「道具の上から16番目でセレクトを押して戻って、草むらに入って、さっきのPPが21の技のとこでセレクトを押してから逃げんねん」

「ふんふん、それで」ぼくとおかのは興味深そうに相槌を打っていた。

「そっから2番目のポケモンを育て屋に預けて引き取ったらミュウになってるわ。1匹目にしてたやつはバグってまうから、かわいそうやけど逃がした方がええな」

「おお~すげぇ、ほんまにできとる」


ぼくらはそう言いながら、バグ技で誕生させたミュウを見て驚いていた。

また、ゆざわはスーパーボールを結構いっぱい持っていて、それを壁に当てて跳ね返ってきたものをキャッチするという遊びをやり始めた。初めは軽く当てたものを普通に取っていたのだが、しだいにそれも退屈になり、誰が一番鋭い球をキャッチできるかという競争になった。

順番にやっていき、みんな上手く成功していったのだが、ぼくはこの二人とは違い、特に野球をやっていたりはしなかったので、思いっきり投げた球が受け止められず、岡野にスーパーボールが当たってしまった。


「痛っ」

「ごめん、大丈夫か?」

「大丈夫ちゃう死にそうや」

「ほんまごめん」

という具合で、彼とは家が近かったのだが、結局そのまま岡野にひたすら文句を言われながら帰ることになった。当たったところが赤く変色していたので、わりと心配していたのだが、次の日に学校に行くと、ちょっと痛むとは言っていたが、別に何もなかったように赤みは引いており、その次の日にはもう大丈夫だったようだ。



*さかあがりを教えた話

5年生の時に、違うクラスだが小体連で友達になった水野くんという子がいた。水野はサッカーを習っていて運動神経がよく、たいていなんのスポーツでもできるような子だった。だが、彼には運動において一つだけ悩みがあり、それは『逆上がりができない』ことであった。


小学校高学年ともなれば、男子ならほとんどの子は逆上がりができるようになっていて、スポーツが得意な彼としてはどうしてもできるようになりたいと思っていたようだ。

ある時、小体連のサッカーの練習が始まる前に彼がぼくの前で逆上がりができないと言ってその場でやって見せた。3回ほどやって見せ、できなくて困っているということを伝えられた。それを見ていたぼくはあることに気づき、それを彼に教えることにした。


「何がダメなんやろな~?みんなみたいにできたらええんやけど。どうしても上手く行かんねん」

「手を伸ばしたままやから体が鉄棒の上まで行かんのちゃう?手、曲げてみたら」

「そうなん?ほんならやってみるわ」

そう言うと水野は鉄棒に向かって逆上がりをやってみた。


「できた!できたで逆上がり!」

「やったな!きれいにできとったで」

「ほんまありがとう!これ、できんでずっと悩んどってん」

「そうなんや。ほんなら役に立てて良かったわ」

「ほんまありがとうやで。けんたろうも何か困っとったら言ってな」

「おう。今んとこ大丈夫そうやから、何か困ったことあったら言うわ」


こんな感じで話したのだが、ぼくとしては『ただ思ったことを言っただけ』なのだが、この後も何回かこのことについて触れられ、感謝されることがあった。

このことでぼくが学んだことは、人によってできることは違っていて、自分にとっては何気ないことでも、誰かにとっては重要なことだったり、何かを解決できるようなことだったりするということだ。この本を読んだ少年少女も、ぜひ友達が何か困っていた時にはアドバイスしてあげるようにしてほしい。


情けは人の為ならずという言葉があるが、これは、誰かを助けてあげるのはその人の為だけではなく、自分が困った時に助けてもらえるかもしれないから、困っている人がいたら助けてあげた方が良いという意味の諺だ。人生では時に躓くことがあるが、そんな時に助け合えるのが、本当の友達だと言えるのではないだろうか。



*ハンドスプリングの話

 5年生になると体つきもかなり大人に近づいており、身長は140cm台後半まで伸びていた。そんな折、体育の授業で『ハンドスプリング(手の力をバネのように使って行う前転、バク転の逆版)』というものをやったのだが、着地する時に足が伸びた状態だと失敗してしまい、上手くできないでいた。


 そしてどうしてもハンドスプリングをマスターしたいぼくは体操を習いに行っていた、ミーミー(岬くん)に頼んで休み時間に大きい方の鉄棒の前の砂場で教えてもらっていた。

彼はぼくより少し背が高く、メガネをかけていて、細身だががっしりとした体形だった。だが、それには一つ条件があり、ぼくは教えてもらう度にある言葉を言うことになっていた。最初にお願いに行った時に、


「豆板醤じゃんって言ってくれたらいいよ」と言われ、

「豆板醤じゃん!」

「あはは、おもろい。もっかい言って」

「豆板醤じゃん!!」

「あははは。ほな教えたるわ」

というやり取りを経て始められたからだ。ある時、


「これって毎回言わなアカンの?」と聞いてみたのだが、

「うん。けんたろうが標準語で言うのがおもろいから聞きたいねん」と言われ、

“まあタダで教えてもらうのもなんか悪いしな“と思って毎回言っていた。そんな努力の甲斐あってか、1ヶ月経つころには完璧にハンドスプリングをマスターし、みんなの前でに見せびらかしていた。


ただ、『豆板醤じゃん』だけはその練習が終わってからもわりと頻繁に要求され、

“別に減るモンでもないしいいか”と思いリクエストに応えるようにしていた。



*学校までの距離の話

日本の学校にも校区というものがあり、その中で暮らしている7歳から12歳になる歳の子たちが6年間、小学校に通うことになっていた。ぼくの通っていた時点では4月になると桜が咲く中入学し、制度上はあるのかもしれないが留年することはなく、みんな一斉に進級して行くのであった。


中には家が遠い子もいて、学校まで30分近くかかる場合もあった。こういう子は遅刻には気を付けないといけないのだが、意外と遅刻して来る子は少なく、逆に家が近い子の方が油断して遅れてくることが多かった。

中でも極めつけに遅かったのは、学校の向かいに住んでいた猪爪くんだった。づめは学校まで1分で着くので、いつもギリギリに登校しており、たまに寝坊して数分遅れて来たりしていた。

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