第13話 別記の願い

後半が開始されるとフェインターズは少々パターンを変えて来たようだ。暇、明神のフェイントコンビの波状攻撃から、曙野を使ったピヴォ当てにシフトし、後衛の日立も加えた3点からのロングシュートでのオフェンスとなった。


これが功を奏し、速い展開からの本数を重ねたシュートが、ついに3本目で実を結ぶこととなった。後半9分、1対1の同点である。


フィクソの日立は本来ガンガン点を取るようなプレーヤーではないのだが、それでもこの状況では見ざるをえず、昴の酸堂へのケアが間に合わなくて、明神の変態トラップからのビハインドのロールキックでの得点に、会場からは歓声が湧き起こった。

酸堂は相手との距離が空き過ぎており、上手くプレッシャーが掛けられていなかった。


 ここを修正するのは思いのほか難しく、そのままジリ貧となってしまった。普段なら保が諸葛孔明のように解決してくれるのだが、居ないとあってはそれにも頼れない。

 後半14分、暇がヒールリフトからのボレーシュートを勢いよく決め、遂に1対2と逆転されてしまった。勝っていた試合で逆転されると、勝ちに対する喪失感と焦りから歯車が狂ってしまいがちで、若い選手が多いバランサーズはここから一気に勢いがなくなってしまった。


 だが、後半の正念場であるラスト2分、コーナーキックでのフィードに合わせて別記が苦し紛れに撃ったシュートを、ゴレイロ曜日がファインセーブしたが、運悪く弾いたボールが昴の方へ行ってしまった。


これを昴が流し込んで2点目を追加――したかと思われたが、惜しくもこれは枠を外してしまった。だが、シュートが外れた後に第二審が頻りに笛を吹いていた。審判団の協議の結果、ゴール前で日立のハンドがあったことが発覚し、バランサーズ側がゴール前でのPKを獲得することとなった。


昴はお零れを押し込むことができなかった汚名返上しようと試みたが、狙いすぎてまたもや枠を捉えることはできず、名誉挽回の好機を逃してしまった。技術的には十分に得点できるものの、精神的な面で不安定であることは否めず、気分の波に勝てないでいるのであった。


 それからバランサーズは、決定的な機会を演出することができず、攻撃の芽が出ないまま試合が終わってしまった。試合後昴は如何にも悔いが残ったという風であった。


「さっきのがカウントされてたら同点だったのにな――」

「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」

「別記さん――」

「元イタリア代表、ロベルト・バッジョの有名な言葉です。逃げずに蹴った者だけが、得点をものにできるんですよ」


「そんな大層なもんじゃないよ。外しといて偉そうにできるのはスター選手だけだ」

「そんなことはないですよ。勝負は時の運ですから」


「別記さんは凄い大人なんだね。俺だったらちょっとは文句言うけどな」

「昴くんが点を取ってくれているお陰で同点になっていたんですから、当然ですよ」

「そういうもんなのかな。その考え方、見習うようにするよ」


「今日の僕はみんなとプレーできただけで幸せでしたよ」

「すまねえな、別記さん。最後だってのによ」

「え!?別記さん、辞めないですよね」

側で聞いていた蓮と味蕾が会話に割って入る。


「辞めるんじゃないよ、休部。本店からお声が掛かったんだって。栄転ってやつだ」

「おお、凄いじゃないっすか!!メガバンクの本店勤務なんて」

「ホントだよ別記さん、スーパーエリートじゃん!!」


「ありがとうみんな。けど、またいつか戻ってきたいですね。僕にはこのチームしかないですから。ここで得た経験が、本店に行っても役に立つと思ってますし」


 普段なら負け試合の後は飲みに行ったりはしないのだが、この日は送別会ということで保も加わって居酒屋で飲んだ。帰り際、保と別記は帰り道が同じだったようだ。


「保くん。今日は本当にありがとう」

「当然ですよ。お世話になった別記さんの送別会なんですから」

「そのこともなんですが、本当は今日、休日出勤なんて必要なかったんですよね?」

「そ、それは――」


「僕が最後だからって、試合に出すための口実として、そういうことにしてくれたんでしょう?だから、最後に一つお願いがあるんです」

「お願い――ですか?」


「今日の試合で昴くんの心に大きな傷を残してしまった。彼はあの時、蓮くんにキツく言われて精神的に蹴れる状態じゃなかった。それでも彼を止めなかったのは彼のプライドを傷つけたくなかったからです。結果、彼はチームのために勇敢に挑戦してくれた。だから彼を――甘やかさないでほしいんです」


「傷つけないようにしてくれ――じゃなくてですか」

「我々は彼に頼るあまり、彼の成長の機会を奪ってしまっていたのかもしれない。彼が自分の頭で考え、その殻を破ろうとしている今、優しさはかえって邪魔なものだと感じたんです」


「確かにそうだ。あいつは人から怒られることに全然慣れてない。自分では我慢強いと思ってはいるが、基礎練なんかはすぐに投げ出すし、全くその通りですね」

「よろしくお願いしますね」

「もちろんだ!そこまで考えていてくれたとは。ありがとうございます、別記さん」

「これでも僕もバランサーズの一員ですから」


 大人になると友達ができにくいとはよく言うが、スポーツを通じて育まれた友情というのは大きなもので、この二人は歳は違えど友人と言えるような間柄であった。この日、保は自分がどんなに嫌われようとも、昴のために鬼になろうと心に誓った。


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