第11話 お泊り

その後二人は昴の家へ行って泊まることにしたのだが、彼は少々お疲れのようだ。

「眠い、腕枕して~」

「重たいよー」


「いいじゃん、ちょっとだけ~」

「もう~腕しびれちゃうよ」

「あ、そっか。ごめん」


そう言って頭を掻く昴を見て、瑞希はこれくらいの失敗ならまあいいかと思った。

それから一通り盛り上がると、昴は疲れて子供のように寝入ってしまった。

「可愛いんだよな~寝顔。起きてる時はあんなに憎たらしいのに。なんでなんだろ~?このままずっと寝ててくれたらいいのに。でもそれじゃ、つまんないか」


 そんな独り言を言うのも楽しいくらい、瑞希の生活は充実していた。それから化粧を落として歯磨きをした後、昴の隣で眠りについた。

「おはよう――なんかまだ眠い」

「え!?大丈夫?なんか声ちがくない?」


 そう言った昴の声は少し枯れてしまっており、夜中に布団を蹴ってお腹を出して寝ていたため、風邪を引いてしまったようだ。普段聞いたことのない声というのは新鮮味がありなんだか面白みがあった。


「ん?そう言えばちょっと喉がイガイガするかもーー」

「そうだよね!ちょっと待ててね」

 そう言うと瑞希はハチミツに生姜をスライスしたものを加えた『はちみつジンジャー』を作って昴に飲ませてくれた。これは味が良く、美容にも効果がある飲み物である。


「昴くん、風邪はどう?」

「うん。もうだいぶよくなったみたい。瑞希が看病してくれたお陰だね」

「そっかー、よかった~」

 子供のように燥ぐ瑞希を見て、昴はなんだか愛おしいと感じた。


「ありがとう、これはお礼しないとだよね。なんか欲しいものあったら言ってよ」

「欲しいもの?いいよそんなの。こんなの大したことじゃないんだしーー」

「いいからいいから。言うだけならタダなんだし、言うだけ言っとけよ」


「う~ん、ティファニーのオープンハートのネックレスとかかな~」

「ああ、あの真ん中に穴が空いてるヤツ?」

「そうそう。あれすっごく可愛いんだよね!」


 20代後半ともなればTスマイルを好む者も居るのだが、瑞希は少々感覚が若かったため、オープンハートの方がお気に召しているようだ。それからは昴が元気を取り戻せたことで、お互いに部屋の中で好きな事をしていた。瑞希はポッキーを咥えながら本を読んでいる昴を見て興味津々である。


「ねえ~なに読んでんの?」

「ん?サルトルだよ。存在と無」

「へえ~難しいの読んでんじゃん」

「そうでもないよ。慣れれば簡単だし」


そう言って昴は、眼鏡を外して目を擦った。暫くすると昴は本を読み切ったようで、少し退屈そうにした後、瑞希に話し掛けた。

「瑞希、瑞希~、――瑞希ってば!」

「うわっ、びっくりした!!」


瑞希は漫画を読んで集中していたため、昴が呼んでいたのに気づいていないようだ。昴がいきなり目の前に現れたので、かなりドキっとしてしまった。

「もう、ビックリするじゃん!」

「さっきから話し掛けてたよ。ねえ、ドリキャスやろうよ」


 『ドリームキャスト』とは今はなき平成のゲームハードであり、平成初期にはこういった名機が数多く存在していた。だがその過渡期を越えられたのはプレーステーションくらいのもので、だいたいはその荒波の中で駆逐されて行った。二人は少し迷った挙句レースゲームで対決することにした。


「負けたら罰としてキスな」

「え~、何それ、キモ」

 そうは言ったものの特に嫌な気はしていないのであった。3レースほど行ったのだが、昴は手加減などしないため、慣れていない瑞希が3回とも負けることとなった。


「全然ダメじゃん。ほんと下手くそだな」

「はいはい、そうですね。昴くんは上手いですね」

「ははっ、負け惜しみじゃん。鈍いっていうか、センスがないんだよな~」

「しょうがないじゃん!こんなのやったことなかったんだし!」

「まあ、そう怒るなよ。たかがゲームだろ?」


 実際はたかがゲームなどということはなく、こういった勝負事は喧嘩に発展することが多く、負けた方の感情に配慮するのこと大切であると言える。瑞希が不機嫌になったので、昴はもう少しやりたかったが、ゲームを終えてテレビの画面を戻すことにした。すると偶然にもプロサッカーの試合をやっていた。


「おっ。高野出てんじゃん。すげえなぁ。上手かったもんな~アイツ」

「なに言ってんの?高野くんは後輩だよね?昴くんの方が上手かったじゃん」

「そうだったっけ?もう忘れちゃったな~『そんなこと』」

「そんなこと――?」それを聞いて瑞希はかなり不機嫌になったようだ。


「そんなことって、勝ってたはずの後輩に負けちゃってるんだよ。悔しくないの?」

「なんだよソレ。俺が高野より格下だって言いたいのかよ」

「そうだよ、だって高野くんはプロに――」

そこまで言って、瑞希は思わず言葉を詰まらせた。


「なんだよ、言えよ!その続き」

「ううん、いい。ごめん」

「謝んなよ、なんか惨めになるじゃんか」


 この頃の昴には感謝という概念が不足していたため、看病してもらったことや相手を煽っていたことなどを棚に上げてしまっていた。人間は持ちつ持たれつ生きて行くものであり、その埋め合わせがないと、いつかは相手に愛想をつかされることになる。


その後、二人して出掛けることになり身支度をして行った。瑞希は昴が真面目な顔で髭を剃っている横顔や、袖をまくり上げた腕から血管が浮き出ているのを見てドキっとしていた。昴は早々にシャワーを浴びて服を着替えると、髪をセットし始めた。それを見て瑞希はふと思ったことを言う。


「昴くんが家で髪セットしてるのって、全然見たことないかも」

「そう言えばそうだよな、俺らって瑞希の家に行ってばっかだったし」

「それってどうやんの?」


「これか?ワックスを髪を洗うみたいにして全体になじませる。この時に頭の後ろ側を中心にフワっとさせるのがコツかな」

「おー。様になったね」

「だろ?後は指で軽く流れを作ってスプレーで固定してお終い。慣れれば簡単だよ」


「すごーい。勉強になります!」

「まあ女の子はこんなセットはしないだろうけどね。参考までにね」

 拘れば拘るほどに時間が掛かるものなのだが、昴は一度決めたらそのままであった。


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