第9話 保の教え
ブレイカーズボールからの再開で隙を伺いながら攻めるが、バランサーズのマークマンを決めて守る『マンツーマンディフェンス』は徹底しており、誰もマークマンから目を切ったり、守れないほど離したりはしていなかった。
堤は苦肉の策で本来得意ではないミドルシュートを撃たされる形となり、これに味蕾が反応し、ボールが手を掠ったことでコーナーキックとなった。だが、ここでの攻めも城崎の上げたセンタリングを坪倉が苦し紛れにヘディングで合わせ、浮き球を味蕾ががっしりと両手で受け止める形となった。
“あ~あ。フットサルはヘディングで点取るのめちゃくちゃ難しいんだよな。スペース狭いしゴール小さいし。このチームならショートコーナーにすればいいのに”
『ショートコーナー』とはセンタリングを上げず味方にゴロでのパスを送ることで、そうは思ったものの、試合中にそんなことを助言する訳もないので、昴はただ心の中でそう思っただけであった。
ブレイカーズが体制を立て直す前に攻撃を仕掛け、体重移動でのフェイクで垣谷を抜き去った蓮のグラウンダーのシュートを、土屋が右足を大きく出してのファインセーブで辛うじて止めた。それに対し場を盛り上げるために別記が拍手して場を盛り立てる。
だいぶ冷っとするような場面であったため、ゴレイロの土屋はボールボーイが出した新しいボールを不機嫌そうに撥ねさせて具合を確認した。だが、あろうことかそれを怠そうに前衛に放り投げ、坪倉は愛のないパスに反応しきれず、別記がトラップして縦に出したパスに蓮が合わせ、飛び出した昴にパスを通す。
そしてそのまま堤に対し左に反転する形で前に向き直り、左足でシュートを放った。この追加点で4対1となる。
「上出来じゃねえか、蓮。いいパスだったよ」
「ありがとうございます。いい流れだったので連動できました」
これで昴はこの試合ハットトリックを達成したことになり、そのことで上機嫌となった。だが、ブレイカーズもこのままむざむざとやられる訳にはいかない。坂本のスルーパスを皮切りに堤が強烈なシュートを放ち、これまで意気消沈であったブレイカーズが息を吹き返す。
カウンターに失敗したバランサーズからボールを奪取し、逆にチャンスとなった所へ瞬時に堤が抜け出し、手を挙げてフリーだということをアピールするが、垣谷はそれに合わせず城崎にパスを回してしまった。
明らかに不満を募らせた堤はふーっとため息を吐く。後衛まで戻った堤に城崎がパスを回すと、堤は一瞬立ち止まると2秒ほど目を閉じて怒りを爆発させた。
「やる気ねえのつまんねえんだよ!!」
そう言った堤は勢いよく走りだし、昴、蓮、保を一気に抜き去ってから弾丸シュートを放ってきた。恐らく10秒台前半は出ていただろう。味蕾が慌てて手を伸ばしたが、その勢いに乗ったシュートを止めることができなかった。
「くっ――」昴は悔しそうに顔を歪める。
「ドンマイ、昴」保は少し気を遣って声を掛ける。
「わりい、気い抜いてたよ」
「今のは仕方ないな。まだ2点も勝ってるし、大丈夫だろ」
「ありがとう。けど、もう絶対抜かれないようにするよ」
一瞬の隙を突かれたとはいえ、完全に止められなかったことに対して昴は意気消沈の様子であった。そして、“もし堤と互いのチームが逆だったら、自分にはブレイカーズを勝たせることができるだけの実力があっただろうか“とも考えた。
自分が上手いんじゃない、ただチームにタレントが揃っているだけなのでは?そう思うと、急にちっぽけな自尊心にひびが入ってしまうのであった。そして、その4分後、ホイッスルが鳴り響いて試合が終了した。快勝だが、バランサーズにとって少々後味の悪い終わり方となってしまった。
試合後、気になることがあったのか、昴が保に話し掛ける。
「保さん、凄い入念にストレッチするよね。プロの選手みたいじゃん」
「キング・カズみたいに長くやりてえからな。試合後のケアは大事なんだよ」
「社会人は時間との戦いもあるもんね。職場でだってしんどいしこと多いし」
「社会ってのは厳しいもんなんだよ。人に馬鹿にされるのも仕事のうちさ」
「保さん、仕事やめたくなる時ってないの?」
「やめねえよ。一人でいるうちには気付かなかったんだけど、子供ができると働き続ける理由ってのができるんだ。家族の顔を見たら疲れなんかふっとんじまうよ」
「そういうもんなのかな。まあ、転職のチャンスなんて精々30歳までだろうし」
「チャンスなら死ぬまであんだろうがよ。年齢にかこつけて諦めんなら、それくらいの気持ちだったってこった」
「けど、もしダメだったら――頑張ったことが無駄になったらどうすんの?」
「ダメだったらなんて考えてもしょうがねーよ。必死で喰らいついて行くんだろ?最初から上手くいくことなんてねーんだよ」
「俺、自信ないな――。堤みたいに絶対的な武器があるわけじゃないし」
「全部持ってるヤツってのが居いないように、何も持ってないヤツってのもまた居ないもんなんだよ。自分の持ってるモンを活かしきれよ」
「自分の持ってるモンか~」
「まあ考え込んでも仕方ねえよ。やってみなけりゃ0のまんまだろ。やったら何か少しくらいは変わるもんなのさ。そういうのを成長って言うんだよ」
「保さん、やっぱいいこと言うね。流石は教師」
「そうだろ?結局は何を取るかってことなんだよ。夢のために頑張るのか、目先の本当は大切でないことに時間を盗られてしまうのか。人から何と言われようと努力し続けるヤツがプロになれるんだ」
「俺でも――そうなれるのかな?」
「そりゃそうさ。きっと頑張ってるヤツってのは、神様が見捨てずに助けてくれるもんなんだよ。それを信じて頑張るしかない。暗闇を歩くのは怖いことだけど、手探りでもいい、前に進んだヤツだけがその栄光を勝ち取れるんだ」
「身に染みたよ――今の言葉」
「背伸びしてんなよ。等身大で、ありのままの自分でいいんだよ。人間できることなんて限られてるんだ。どんなに頑張ったって空は飛べねえよ。けどな、ジャンプして届くくらいのところなら、それは高望みでもなんでもねえだろ?」
「そうだよな。俺、なんでいつもこんなにビビってたんだろ」
「やるだけやってみろや。悩んでんのバレバレなんだよ。受けるかどうか迷ってんだろ?トライアウト。高く跳ぶためには一度深くしゃがまないといけないんだ。今まではその時期だったってことだよ。夢――掴み取ってみせろよ」
「夢――か」
“夢って、どうやったら叶うんだろう?”
昴はこの時から、それが頭から離れないのであった.
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