第40話 昴の逃避行

昴はわりと思い立ったら即行動に移すようなところがあり、ビデオを見た翌日に、私立観応私塾高校のグラウンドへと足を運んでいた。昴が辺りを見渡すと普段通りに練習をしていたため、容易に先生を見つけることができた。


「先生――」

「――堺!?堺じゃないか!!」


「はい、ご無沙汰してます」

「元気にしてたのか?あれから心配してたんだぞ」


「すみません、顔を出そうとは思ってたんですけど、なんだか来づらくて」

「そうか、サッカーの方はどうなんだ?まさか辞めたりはしてないよな」


「はい。フットサルをやってて、楽しんでプレーできてます」

「そうか、今年のトライアウトも受けるんだろ?日頃の練習の成果を見せてくれよ!」

「トライアウトはーーもう受けてないです」


「何!?プロになるの諦めたのか?」

「諦めたっていうか、社会人として職務を全うすることにしたんです」

「お前、そんなんで本当にいいのか?大事なもの、見失ってやしねえか?」


「えっ!?」

「チームに居た頃のお前はそんな奴じゃなかったはずだ。夢、忘れちまったのか?」

「俺、先生のように立派な社会人になりたくて、警察官として頑張って行くことにしたんです」


「馬鹿野郎!!俺はお前にそんなことを教えた覚えはねえぞ。若いのにもう隠居暮らしか?甘ったれんのもいい加減にしろ!!」


「先生――」

「お前はチームの誰より強かった。昔のこと、全部忘れちまったのか?大学に行けず、夢を追えなかった荒木のことを。あれほど泣いて、お前に夢を託した窪田のことを。お前は全部忘れちまったのか?」


「そんな――俺はただ、世の中の役に立ちたくて――」

「御託は聞きたくねえんだよ。負け犬みたいになっちまいやがって。あれほど『自分のやりたいことをやれ』って口を酸っぱくして教えたのに!!それは、お前が望んだ人生だったのか?」滝川は尚も熱弁を奮う。


「失礼なんだよ。周りの人にも、『自分自身にも』な。できなくなってからなら仕方ねえ。けどな、お前にはまだその『可能性』ってもんがあっただろ。なんで、それを捨てちまうんだよ。なんで、もっと自分を信じられねえんだよ!!」


話しながら先生が涙声になってしまったので、忍びない思いで一杯だった。

「もう一回考え直してみろ。悩みがあったら、またいつでも来い」


引導を渡してもらうつもりだった。だが、こうも期待を掛けられては引くに引けない状況であった。結局、昴はどうしていいか分からなくなってしまった。


それから途方に暮れながら歩いていると、頻りに昴に視線を送ってくる人物がいた。身長180cmほどで細身だが体格がよく黒髪のソフトモヒカンがよく似合っていた。


「昴――昴だよな?」

「勘九郎――」


「やっぱり。10年ぶりだよな。今何やってんだよ、みんな心配してたんだぞ」

 タイミングが良いのか悪いのか。先ほど話した荒木 勘九郎と道端でバッタリ出くわしてしまった。


「俺――プロになれなかった」

「そんなことはもういいよ。今は何やってんだ?懐かしいな。俺、この近くの消防署で働いてるんだ。今日これから時間あるか?ちょっと飲みにでも行こうぜ」


「静岡で警官やってる。カッコ悪りーよな、あんな大見え切ったってのによ。お前に合わす顔なんてねーよな」

「何がカッコ悪いんだ?汗水垂らして働いて、立派な事じゃないか。サッカーはまだ続けてんのか?」


「フットサルクラブで細々とやってる。瑞希がマネージャーになってくれて」

「瑞希!アイツとまだ続いてたんだな。良かった、それ聞いて安心したよ」


「――瑞希とは別れた」

「そんな――何があったんだ?」

「あいつとは喧嘩ばっかでさ。付き合うのが嫌になったんだ」


「あんなに大事にしてたじゃないか、宝物のように。お前の一番大切な人だろ?」

「そんなんじゃねえよ。女は泣かすもんだろ?掃いて捨てるほど居るんだしよ」

「何言ってるんだよ?どうしちまったんだ」


「もういいんだ――」

「昴、お前――」勘九郎は憐れむように昴を見つめた。

「弱くなったな。女子供は泣かさねえって、口癖のように言ってたのによ。昔俺らが嫌ってた大人そのものじゃねえか。あの時のお前は死んじまったのか?」


「俺はプロになれなかった。俺にはもう夢も希望もねえんだよ」

「はっ、いい言い訳を見つけたな。続ける時はそれに勝ちたいと思うもんだ。お前は負けてんだよ、他ならぬ『自分自身』にな」

「お前に何が分かるってんだよ!!」


「俺が憧れたお前はそんなダセェ奴じゃなかった。見たくなかったよ、そんな『姿』」

「なんだよ、何熱くなってんだよ。ダセェのはお前だろ」

「熱くなって何が悪い。真剣にやっている人を笑うのは、日本人の良くないところだ。ホントどうしちまったんだよお前」


「どうもこうもねえよ――終わったんだ、俺は」

「それで瑞希に悪いと思わねえのか?」

「いらねえんだよあんな女」

「じゃあ俺がもらってもいいのか?」


「何!?」

「いいんだな?」

「――いいわけねえだろ!!」

それから二人は約10分間、心行くまで殴り合った。共に疲れ果てて仰向けに倒れ込んだ後、徐に勘九郎が昴に話し掛けた。


「どうだ?スッキリしたか?」

「ああ。悪かったな。巻き込んじまって」

「気にするな、昔の誼みだろ。それより、そのフットサルチームってどんな感じなんだ?」

「かなり強いんだけど、結局はみんなで和気藹々って感じかな。今、アタリンも同じチームに居て、一緒にプレーしてるんだ」


「そうなのか?なんだ、それなら俺も誘ってくれれば良かったのに」

「あんなことになった後だろ。言い出しづらくってさ」

「まあそれもそうか、なあ、俺もそのチームに入れてもらってもいいか?」

「多分いいと思うよ。俺はもう戻れそうにないから、アタリンに話つけとくよ」


「まだそんなこと言ってんのか?また昔みたいに3人でやれるんだぞ」

「チームメイトの一人とも大喧嘩しちゃって。もう戻るの無理そうなんだ」

「まあそう言うなよ。それより、フットサルってミニサッカーみたいなもんだよな?ちょっとルール違うって聞いたけど――」


「だいたい、そのイメージで合ってるけど、細かいとこが結構違うんだよな。今から軽く説明するよ」

それから昴は、フットサルのルールをかいつまんで5分ほどで説明した。

「ざっとまあ、サッカーとの違いはこんなとこかな」

「分かりやすかったよ。これで試合に出ても安心だな」


「背番号はどうする?つけてみるか、10番。お前ならみんな納得すると思うぞ」

「冗談はよせよ。つけられる訳ねーだろ」

「まあそれはそうだよな。9番でいいよな?現役の頃からそうだし」

「ポジションはどうする?俺もお前もフォワードだが決定力はお前の方が上だよな」


「そういうことにしといてくれると助かるよ。お前の方が体力あるし、今回は譲ってくれよな、ピヴォ」


「いいぜ、後から入った訳だしアラでも十分ゴールは狙えるしな。それで行くか」

意外とあっさり譲ったので拍子抜けしたが、これも勘九郎なりの気遣いなのだろう。その後は与太話に花が咲いたのだが、今日はもう遅いということで岐路に就いた。



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